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レディ・フロストの夏の始まり
しおりを挟む私の名前はレディ・フロスト。魔導師よ。
自慢じゃないけど腕はいいほう。
王都では人に言えない仕事をしてたこともあったけど、今はこの街の裏路地を拠点に楽しくやってるわ。
旅人として傭兵派遣所に登録しておけば、仕事にはおおむね困らないしね。
仕事の内容? それは言えないけど、人の欲望なんてどこも変わらない、とだけ言っておくわ。
『魔導師急募。必須能力・氷の呪文。繊細なコントロールのできる方。委細は面談にて』
そんな募集を傭兵派遣所の掲示で見かけたのは、初夏に入った頃だった。
ピンときたわ。この簡素な文面、なにか隠したい事情があるってね。
私はその依頼書を剥がして、面談場所として書かれていた裏路地のバーへ向かった。
薄暗い店に人気はなかった。旅人らしき戦士と魔導師が奥のテーブル席に座っているけど、二人連れのくせに向かいの席を空けている。
どうやら彼らが依頼人のようね。
「ここ、いいかしら?」
私はグラスを片手に空いた椅子を引いた。
なにか言われる前に、手の中にたたんでいた依頼書をテーブルに置く。
「…………!」
戦士が椅子を勧めるしぐさをした。
腰の長剣に手こそかけていないけど、ずいぶん据わった目で私を見るのね。隣の彼も魔導師みたいだけど、おトモダチには頼めないことかしら。
私は彼らの手元に目をやった。
一抱えほどの浅いカゴに『何か』が入っているけど、布がかけられて中は見えない。
「それで、何がお望み?」
私は彼らに笑いかけた。
ーーーー才能にあふれた剣士の腕をもぎ取るのも、不老不死を気どる老獪な魔導師の血を凍らせるのもお安い御用。
ただし相応の対価はいただくわ。
こんな店を待ち合わせに指定するあたり、その程度の覚悟と報酬はあるんでしょう?
戦士がカゴにかけていた布を取った。
「この果物を氷漬けにしてほしーんだけど」
「この果物を氷漬けにしてほしい!?」
私は思わず復唱した。
オレンジ、ベリー、キウイ、その他色々、カゴには鮮やかな果物が詰め込まれている。
よく見たらそこの八百屋のカゴじゃない。ご贈答用の。
「うちの神官がカゼひいてさ。シャーベットなら食えるとか言うんだよ。このハンパな時期に」
「あ、あら……雪解け早いのよね、この街……」
気づけば自分でもよくわからない相づちを打っていた。
落ち着くのよ私。よくあるフェイクよ。表向きは平和な仕事で実力を測って、追加で依頼される仕事が本命のパターンね。
私はクスリと笑った。
「病人へのお見舞いにしては、量が多すぎるみたいだけど…………?」
「どーせあいつ二、三口しか食えねーからな」
「残りは俺らが食うから全部やってくれ」
「目的とおこぼれが逆になってるわよ!?」
明らかに病人に向かない果物とかあるし。
ベリー3粒だけ凍らせてくれ、なんて言われたらぶっ飛ばすけどカゴいっぱいは多いわよ。アホの男子か。
「い、いいわよ、やってあげる……………一応聞くけど、そのお友達は他人の魔力でできた氷を食べるのは気にしない人なのね?」
戦士が隣を見た。
「ンなのあんの?」
「さぁ」
「『他人がしぼった果物ジュースを飲みたくない人』くらいにはいるわよ」
戦士と魔導師は口を閉じた。そして同時に言った。
「言わなきゃわかんねーよ」
「死にゃしねえよ」
「聞いてきなさいかわいそうだから」
「……しょーがねえな」
戦士は席を立った。マスターに一言断ってから店を出て、向かいの宿屋に入っていく。
「……………宿、そこなの?」
「ああ。表通りに連泊は無理だが、路地一本引っ込んだくらいなら妙なヤツも少ねえからな」
ああ~~~~~~~~~安いわよねそういう宿~~~~~~~!!
徒歩圏内の飲食店でこの店選んだか~~~~なるほど!!!!
「おい、どうした!?」
「……気にしないで……自分のカンの衰えを知ったのよ……」
私はテーブルにうずくまって額を押さえた。
もう裏路地に居るべき人間じゃないのかもしれないわ。嗅覚的にも、空気的にも。
数分と待たずにドアベルが鳴って、戦士がテーブルの前に戻ってきた。
「おう。どうだった?」
「『レディを困らせちゃダメだろ!!』って」
「YESかNOかを聞いてきなさいよ」
戦士が魔導師から私に視線を移す。
「『あなたが不快でなければオレは気にしません、よろしくお願いします』だってよ」
「いい神経してるわ」
私は乱れてきた前髪を払った。
「まぁいいわ。あたって死んだって話は知らないし」
「第一号オメデトって言っとく」
「そんなヘマすると思う?」
私は笑った。
物入れから新品の聖水を出して封を切る。
教会は推奨してないとはいえ、旅人の間では非常用の飲み水としても通っている水だ。空気中の水分よりもずっと衛生的だろう。
果物のすぐ上で聖水を撒いて手をかざす。
「真冬よ」
聖水は果物を濡らす前に低温の霧になり、かごの中の果物たちは一つ残らず薄い霜に包まれた。
ついでに逆の手に氷柱を作り出す。
「こっちは保冷剤代わりね。まとめて革袋に入れてれば明日まで持つでしょ。一応、食べる前に洗うのよ」
「ありがと」
「どういたしまして」
ずいぶん素直な返事するのね。とは、面食らって言えなかった。
「書いてた代金な」
と、手のひらに収まるほどの袋が渡される。
私はぼうっとそれを眺めた。
「……開けねえのか?」
「そうね……いえ、見るけど」
私はヒモを解いた。中身は依頼通りの額だった。
報酬はその場で確認しないと、銅貨のかわりに石が詰まっていることだってある。そんなすれた常識はもう、遠い世界のルールのように感じていた。
グラスに残っていたカクテルを一口飲む。
「……シャーベット屋でも始めようかしら」
「食わねーヤツがいるんじゃねーの?」
「なら表通りのジューススタンドが流行るわけねえだろ。勝手だ勝手」
フン、と魔導師が肩をすくめた。さくさくと小気味よい音を立てて冷凍ベリーが噛み砕かれる。
「いやそれお友達のでしょ。何さっそく食べてんのよ」
「うまいなこれ」
「あんたも。早く持ってってあげなさい」
私はグラスをあおって立ち上がった。
軽く手を上げた彼らに、愛想程度に手を振り返して店を出る。
まずは裏の仕事から足を洗おう。それから表通りに土地を買おう。……いえ、どうせならこの辺りのエリアにしようかしら。安いし。
表通りのきらびやかな店と競り合わなくても、人の欲望なんてどこも変わらないのよ。
裏路地にひっそりたたずむ、レディ・フロストのシャーベット屋。
悪くないわ。
案外ああいう生意気な子たちが常連になるのかもしれないわね。
さっきのつまみ食いの様子を思い出して、私はくすくす笑った。
end.
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