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番外編(ショートストーリー)
弓月先輩と神矢の年末年始
しおりを挟む暁星国際野球部では例年、12月28日が年末の練習納めだった。
当日は普段使用している部室や道具への感謝をこめ、掃除や手入れも行う。
そして、その翌日から新年の3日までは、帰省休みとなる寮生がほとんどだった。
寮で荷物をまとめていた弓月は、それを運び出そうと部屋の外に出て、ふと、人けのない廊下を眺めた。
ひんやりとした空気の中に、音もなく長い廊下が続いている。
(……なんや、いつもうるさいくらいやのに、誰もおらんようになるとさびしいもんやな)
弓月は冬期間の自主トレプランに合わせ、他の部員より帰省を一日遅らせていた。
冬期はおもに基礎体力を向上させる大事な時期でもある。
決して長くはない高校生活のすべてを賭けてプロを目指している弓月には、帰省して大切な家族と過ごす時間すら惜しむ気持ちがあった。
しかし、弓月がすぐには帰省しないことを知って、自分も残って練習したいと言い出した神矢には、すぐに帰省するよう諭していた。
(あいつのうちは年末年始が書き入れ時や言うし。力自慢の息子が帰らんでどうすんねん)
神矢は果樹農家の実家から重要な戦力として見込まれていた。
そんな男を帰してやらなくては、神矢の家族にも申し訳が立たない。
(年末年始も休みなしで働くんやろなぁ思たら、ちょっと気の毒やけどな)
弓月はくすっと笑うと、自室のドアに鍵をかけ、キャリーケースを引いて玄関に向かった。
最寄りの駅から弓月の実家までは、新幹線など公共交通機関を利用して、片道4時間ほどだった。
帰省ラッシュのど真ん中で、その日の午後は駅も新幹線の車内も大混雑だった。
窓際の指定席に乗り込み、最初は外の景色を眺めていたが、やがてそれにも飽き、特に目的もなくスマホを取り出した。
普段ゲームもやらず、動画も見ないので、なんとなくネットのスポーツ記事を眺め、それで本当にやることがなくなってしまった。
最後にLINEを起動して、なにかメッセージがないか確認した。
チームメイトやクラスメイトからの他愛ない年末のあいさつや、弟や妹からの「いつ帰る?」メッセージがいくつかあり、弓月も暇つぶしがてら、それらにひとことふたこと返事をした。
(……あいつからは……)
(……あらへんな)
一応神矢ともLINE交換はしていたが、神矢は本当にスマホを持ち歩かない男だったので、数か月経った今も、まだ一度もメッセージのやり取りをしたことがなかった。
そもそもこれまでは毎日顔を合わせていたのだから、必要なかったといえばそれまでなのだが。
しかしこれから数日は、本当にたった数日に過ぎないのだが、神矢の顔を見ることがない日々を過ごすことになる。
神矢と出会って以降は、そうした状況が初めてだったので、弓月は少しだけ不思議な感覚にとらわれた。
ふと、車窓に目をやると、曇り空の下、流れていく街並みの中に、有名な弁当屋の看板が見えた。
(あ、あれ、広太が好きなやつやな……)
神矢はとにかく肉好きで呆れるほどよく食べる男だった。
あのデカい身体を維持するにはそこまで食べないと駄目なのかと、弓月が絶望するほどよく食べた。
そんな神矢が一番好きな弁当屋がその看板の店だったのだが、結構いい値段のする店だったので、奢ってやりたくても高校生の身ではなかなか叶わなかった。
(俺がプロになったら、吐くほど食わせたろ)
それを想像して、また弓月は小さく笑った。
隣の座席に座った年配の女性が弓月の方を見て、少し不思議そうな顔をした。
(……あかん)
あわてて口元を押さえると、弓月は誤魔化すようにバッグからスポーツドリンクのペットボトルを取り出した。
ふたを開けて一口飲むと、いつも通り甘酸っぱく薄味で、ちょっと物足りないのでゴクゴク飲んでしまう。
つい先日も、練習終わりに寮の自動販売機の前で勢いよく飲んでしまい、ちょっと唇から零れてしまった。
そして……。
その先のことを思い出し、弓月は急に頬が熱くなってくるのがわかった。
(……あいつ、もったいないゆうて、俺の口、舐めよって……)
周囲に人がいたにも関わらず、その視線をかいくぐるような、一瞬のことだった。
弓月の唇をペロッと舐めた神矢の、無邪気で罪つくりな笑顔に、弓月は思い出しても背筋がぞくぞくしてたまらなかった。
(広太のアホ……!)
弓月は頬を染めたまま、ペットボトルに両手を添えて目の前に持ち、それを恨めしそうに見つめると、その飲み口にそっと唇をつけた。
ふと、座席テーブルの上のスマホからLINEの着信音がした。
やり取りのある相手は、今まで個別に全部通知オフにしていたはずなので、着信音がするはずはなかったのだが……。
(……え、まさか)
その予感に、弓月はドキドキしながらあわててスマホの画面を開いた。
神矢からのLINEだった。
(ほんまか……!)
神矢からの初めてのLINEに、弓月は驚きとうれしさに震える指でメッセージを開いた。
すると、その文面は……。
『実家でこき使われてほんましんどい(>_<)』
『ところで』
『4日練習はじめっすけど、3日の晩、一緒に近所の神社に初詣に行きませんか?』
「広太LINEやれたんや」とか「顔文字、ちょっとアレやな」とか、弓月の頭の中にいろんなツッコミが浮かんできたが、それらはすべてあたたかな喜びの波に押し流された。
弓月はしばらくその余韻にひたるように、やわらかなまなざしでスマホの画面を指で撫でていた。
やがて背筋を伸ばすと、弓月はLINEの画面に文字を入力しはじめた。
『ほな行こか。新年、楽しみにしてるで』
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