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14話 セックスのお口直し

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「突き当たりのデパートまでお願いします。」 

完全に歩ける距離だが 
タクシーに乗せてもらえるのは嬉しかった。 

彼はタクシーの中ではまた手を繋ぐよう誘ってくる。 

(彼は手を繋ぎたいから 
わざわざタクシーに乗るのか?) 

そう思うぐらい、 
一種の芸能人のお忍びデートみたいな気分で 
ワクワクした。 

タクシーを降りて 
デパートの最上階にあるレストラン街に行った。 

彼のおすすめの寿司屋は満席だった。 
彼は仕事に戻るまで時間があまり残ってないので 
他の店に行くことにした。 

「じゃあどうする?」 
「じゃあ鰻にしよ。」 
「うん。」 

店の前に着くと満席だったが、ちょうどひと組の客が 
出てきたので待たずに入店できた。 

「僕、ひつまぶしにしようかと思うけど。」 
「私、うな重。」 
「うな重にするの?」 
「うん、別にひつまぶしでもいいよ。」 
「いいよ。じゃあ今回はうな重にしよう。」 

さちこはもちろん梅と竹のコースは 
値段の安い梅コースでいいと思っていた。 

店員を呼ぶと彼は何も聞かず「竹2つ」と注文した。 

竹コースはひつまぶしより少し値段が高かった。 
さちこはひつまぶしより安いから梅コースのうな重を 
選んだのに返って高くなってしまったことが 
少し申し訳なかった。 

もちろん竹コースは美味しかったし 
量も大満足だった。 

不完全燃焼のセックスのお口直しは完全にできた。 

彼はさちこの来月のバイトのシフトまで 
聞いてきたのに次会う話は言い出さなかった。 

「ねえ、次会うとしたら来週?再来週?」 
「来週は忙しいから再来週かな。」 
「ふーん。わかった。 
でも会いたくなったらでいいよ。」 
「なんでそんなこと言うの?」 
「だって、次会うの言い出さないから 
会いたくないのかなと思って。」 
「会いたいです。すごく。」 
「なら良かった。」 
「会いたいに決まってるでしょ。」 
「ねえ、良かった?どうかなと思って。」 
「うん、良かった。もっと会いたくなった。」 
「へへ。良かった。」 

(そりゃそうだろ。 
あんなにすぐ出す奴初めてだわ。) 

「そろそろ行こうか。」 
「うん。」 
「ちょっと時間あるから散歩しよ。」 
「うん。」

彼はレジでお会計する時、店員に話しかけた。 

「ひつまぶしって東京でもあるんですね。」 
「え?」 
「いや、ひつまぶしって普通東京はないかなと思って。」 
「あーそうなんですか。 
私、よくわかってなくてすみません。」 
「いえいえ、そうですか。 
すいません変なこと言って。 
すごく美味しかったです。」 

(いやいや、さっき食べたのうな重だよね? 
そんなにひつまぶし食べたかったんか?) 

「ありがとうございます。またお越しくださいませ。」 

店員さんは新人バイトらしく、 
かつ鰻には詳しくなかった。 
しかもうな重を食べた彼にひつまぶしの話をふられて 
<美味しかったです>とトンチンカンな感想を 
述べられて困惑していただろうが 
愛想はすごく良かったことに驚いた。 

前回の加賀料理の店員さんもだが、 
高級料理店で働く店員さんは 
突然訳のわからないうんちくを語る客の相手に 
慣れているのだろうか。 

さちこから見ると 
決して彼は愛想の良い話し方ではないが、 
お相手をしている店員さん達が皆愛想がいいので 
彼の人柄がいいからなのか、 
貫禄がある風に見えるからなのか、 
さちこは不思議であった。 
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