赤い太陽

杉 薫田

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第7章

午後12時45分  (関東テレビ)

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「TOKYOお昼ですよ!」の番組は、東京オリンピック関連の話題を差し置いて、道路の大渋滞と原因解明に視点が置かれて番組が進行していた。

 番組プロデューサーの山田は、ヘリコプターレポーターの真下から送られてくる空撮情報と合わせて オリンピック開催の話題を伝えるために 神宮外苑の新国立競技場に出向いていた若手レポーターの野田真理との中継を結び 地上からも都内の大渋滞の様子と混乱ぶりを伝えてもらうこととした。

 3月に竣工したばかりの新東京国立競技場は、多く使われた木材からでる木の香りがテレビ画面を通じても漂ってくるような雰囲気を伝え、5月の新緑の樹々に囲まれた競技場周辺には街灯にオリンピックの五輪の旗と青い江戸小紋を題材にしたシンボルマークが描かれた小旗がはためき、競技場を取り囲むように置かれたフラワーポットには色とりどりの花が咲き始めていた。 7月のオリンピック開会式を会場全体が、今か、今かと待っているかのような華やかな雰囲気が伝わってくる時間が流れているようで、新競技場の廻りでは車の大渋滞を横目に、神宮外苑の新しく整備されたジョッキングコースをカラフルなスポーツウェアで身を包んだ多くの市民ランナーたちがジョッキングする姿も映し出されていた。

「レポーターの真理ちゃん、新東京国立競技場のお昼時間の様子はどんな感じですか?」
 番組MCの矢代が中継の野田に向けて呼びかけた。

「矢代さん、新国立競技場が完成してから 初めてこのオリンピック公園にやってきたのですが、やっぱりすごい施設ですね。学生時代には、何度か以前の国立競技場に来たり、プロ野球観戦で神宮の森に来たことがあったのですが、全く雰囲気が変わっていて、新しく整備されたこの競技場の様子を見ると胸がわくわくしてきます。オリンピックの開会式には8万人近い観客を呼び込むといわれていますが、その見た目や競技場全体から漂ってくるような木の香りは新時代の競技場が完成したことがよくわかりますよ!」
 レポーターの野田は 新しいオリンピックの顔ともいえる施設を前に興奮気味に話し始めた。

「ところで真理ちゃん 都内はあちらこちらで大渋滞していると聞いているのですが、新国立競技場の周辺の道路も渋滞していますか?」
 デレクターの堀内からの指示を受けて MCの松井が野田に大渋滞している都内の話題を向けた。

「はい、この新国立競技場の周辺でも道路は大渋滞になっています。」

「先ほど車で新競技場を見学に来たという人の話を聞きましたら、車のカーナビゲーションが狂っていて道に迷ってしまったって話している人が何人か居ましたよ。」
 野田のレポートは 大渋滞の発生の原因が カーナビの不調であることがはっきりとわかってきた。

 番組の進行状況をDスタジオの片隅で見ていた報道局次長の木村は確信を持って太陽フレアの発生が日本に大きな影響を及ぼし始めていることが分かった。

「太田、あれから何かわかったか?」

「ああ、大変な状況になり始めているぞ・・・・」
 太田は この1時間余りの取材で手に入れた情報を木村に話し始めた。

「宇宙航空研究開発機構のJAXAにいる知り合いを捕まえて聞いてみたんだが、かなり大きな太陽フレアが昼前に発生して JAXAも関係機関も大混乱になっているらしい。政府内でも緊急の対策会議が招集された様で、内閣は自衛隊や警察、消防などにも非常態勢を取らせ始めたとのことだ。」

「そんなに大変な事態なのか?」
木村は想像以上に大変な事態になり始めていることに改めて驚き、この太陽フレア発生のニュースは今後ますます重要事案として対応していかねばと考え始めた。

「確実な数字ではないが、太陽フレアの規模はX62というとてつもないエネルギーの放出があったらしい。この数字がどのような物なのかはまだ詳しくわからないが、地震の規模で言うのなら マグニチュード9ってところらしいぞ・・・」
太田は太陽フレアの規模を地震に例えて 木村に伝えた。

「地震のマグニチュード9なんて あの東日本大震災の時の規模じゃないか、そんなに大変なことなのか?」
木村は笑いながら 太田の発した地震の例えに言葉を返した。

「いや、本当に今回の太陽フレアの規模は 地震でいえばマグニチュード9いや10以上の衝撃なのかもしれんぞ、台風でいえば風速100メートルのスーパー台風が世界中を襲っているようなものかもしれん。」
太田の声は電話口からも緊張して切実な口調の声だった。太田は口早に畳みかけるかのようにわかっている状況を説明した。

「今回の太陽フレアの発生の影響で通信衛星や気象衛星、GPS衛星などの多くが機能停止になり始めて、JAXAもNASAとの情報共有の連絡が海底ケーブルが中心となっているらしい。世界中の通信回線も多くがダウンして制限が出始めているみたいだ。」

「今、都内で発生している大渋滞もこのGPS衛星の故障でカーナビが機能不全になっているのが原因に間違いない。混乱はこれからまだまだいろんなところで大きくなりそうだ。 気象衛星を使った天気予報も難しくなるだろうし、携帯電話も通じなくなるかもしれん、GPS衛星と言うのは今じゃ位置情報の把握でもっとも重要な機能だからな、日本が打ち上げた最新のGPS衛星だと地上で5㎝程度の距離まで把握できるというから、この精細な位置情報に頼っている技術は今じゃ無数にあるからな・・・」

「それに JAXAの担当者の話だと 一番懸念される事態は大停電の発生らしい。 なんでも大規模な停電が東京を襲うかもしれないそうだ。東京というより 日本全国、いや世界中で一斉に大規模な停電が発生してもおかしくないとのことだから、もし本当に大停電が発生したら、とんでもない事がおこってしまうぞ・・・ブラックアウトだ」

「停電、大停電が起こるのか?」
 木村は太田からの説明で この先 大停電が発生するかもしれないという事態に言葉を詰まらせた。

「停電と言ったら あの3.11の東日本大震災の時を思い出すからな、福島の原発の事故も、元はと言えば原発で停電が発生して、原発の制御のための電源が全喪失したことが原因なのだろう? あの悪夢の二の舞が起きないとは限らない事態になるかも知れん。」
「太田、できる限りの資料を俺にメールしてくれないか? すぐにニュースを組み立てる準備をするから!」

「NHKの社会部が内閣の非常収集会議の情報をつかんでいるらしいから 早々にスクープの形でスーパーを流す可能性が高い、うちの局でも流せるように準備をした方が良いぞ。NHKに後れを取るのもしゃくだしな、ニュースとなるとNHKの情報収集力は侮れないからな・・・」

「判った、すぐに手を打つよ、特別番組の編成も今考えているところだから、それと番組のコメンテーター席に座ってもらうことに協力してもらうから、よろしくな。」
 木村は太田との電話を切ると腕時計の時刻を確認した。 あと数分で午後1時を迎えようとしていた。

 「TOKYOお昼ですよ!」は正午から午後1時50分までの生番組で、いまから緊急編成をすれば この話題を番組の中に組み込むことが出来る。 おそらく他局でも政府での緊急閣議召集のニュースを基にして 太陽フレアの状況を取材しようと躍起になっているであろうから、わかりやすく太陽フレアの事を伝えることができるかが視聴者を呼び寄せる鍵となることは間違いなかった。 木村は 近くにいた部下を集め 太田から聞いて得た太陽フレアの情報をまとめて、どのような形でニュースに反映するかを模索し始めた。インターネットに書かれているような語彙の検索をはじめ、過去の関連情報や事故、事件の情報を集めるように指示を出して、コメンテーターとしてのゲストを解説委員として迎え入れたいところだが、地震や風水害などと違って専門の解説委員など すぐには呼び込めないであろうことは予想できた。

 とりあえずは局内で今一番詳しいであろう 太田をコメンテーターの席に座らせ番組を進行しようと考えた。

「山田君、1時30分ころから今回の大渋滞の原因を番組に組み込むから、これから起きる人類にとっては初めての大災害が発生する序章かも知れないから・・・」

 木村は番組プロデューサーの山田に対して太陽フレアの発生における緊急事態の状況を伝えて、太田から教わった知る限りの情報をレクチャーした。それを聞いた山田も木村の話を聞く中で、ただ事ではない事態が現在進行中であることを知り困惑を隠せない顔を見せたのだった。
 今まで考えたこともなかった宇宙からの大災害の到来はなぜかSFの映画の中に身を置いた 空想物語の中にいるような気持にさえなるのだった。
 政府での緊急閣議が召集されたのが12時40分頃だったので、ちょうど2時頃には記者会見が開かれるのではないかという予感が木村の頭をよぎった。

「木村部長、NHKが1時30分から緊急特番を入れるようです。うちも大至急ニュース編成をまとめましょう。」
 ニュース番組の編成全般を見ているプロデューサーの山田が、他局から得た情報を仕入れ、緊急番組編成の提案をしてきたのはそんな時だった。

「NHKはさすがに早いな。政府からはまだ何の発表もないのだろう。記者クラブで今開かれている緊急閣議の状況をつかんだのかな?」
 木村はNHKの動きの素早さに舌を巻いた。うちの太田が今回の情報を得たのも遅いとは思わなかったが、NHKはすぐにニュースソースにプロジェクトチームを組んだのだろうかとさえ感じられた。

「まあ、NHKはかっての教育テレビにあたるEテレ部門では民放を寄せ付けない科学部門のノウハウも持っているし、関係者とのつながりも深い物を持っているからな・・・」

 木村は自虐的にNHKのすごさを今更ながら感じる事となったが、今回の事態においては、視聴者に適格な情報を提供できる体制とどれだけ事態の深刻さを番組の中で伝える事ができるかに成果が問われることとなるであろうと考えていた。予想されるように、大停電が引き起こされるとするのなら、その対処方法やこれからできる物の準備や心の置き方、または災害時における注意などマスコミとして可能な限り冷静に対応できる指針をテレビ放送を通じて伝えていかねばならない使命が課せられることだろう。

 プロデューサーの山田が他局から手に入れた状況を説明した。

「首相官邸に詰めている首相番が手に入れた情報では、今回の最も中心的な役割は国立天文台と宇宙航空研究開発機構・JAXAの研究員が担っているようです。」

 確かに太陽フレアという身近な太陽と言う存在が引き起こした現象を解説し、視聴者、国民に対してこれから起こりうる数々の特異な状況を予想する中で伝えていくことは大切なのであろうが、今後もっとも重要な視点は 文明社会の根源である電気と言うエネルギーが断絶しうる可能性が高く、社会が大混乱する可能性があるという事だろうと木村は感じていた。これから構成する番組の形は、この大停電の襲来と言う点に絞って伝えていくことが最も大切であろうと感じ始めていた。

「誰か 関東電力の確かな動きを知ることのできる筋を持っている奴はいないか?」
「広告関係からでもいいから、関東電力と大至急つないでくれるルートを確保してくれ!」

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