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正体(第2話)
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放課後の校舎は、少しだけ静かになる。
部活の声が遠くから聞こえてくるけれど、教室の中は空っぽで、廊下には誰もいない。
この学校では、3年生になると、日直が各特別教室の見回りをする。部活のある生徒からは「時間がもったいない」と、毎年のように文句が噴出しているが、長年この状態で、教師も田舎だから数少なく、大半の生徒が受け入れている。部活をサボりたい時には、大義名分として都合よく使われてもいる。
何よりも、昼休み以外は行くことが禁止されている屋上に、唯一公認で行くことができるから、部活をしていない生徒には人気がある。
山と川に囲まれた田舎だから、高い建物はない。この辺りで一番高い建物が学校だ。地上3階建て。これが一番高い。だから、この屋上からは、山の影に隠れるまでの夕陽がよく見える。
私もそうだけど、家に帰っても特にすることのない生徒には、少しの時間の暇つぶしにちょうどいい。
吹き抜けていく風は、夏前だとは思えないくらい冷たく、耳が赤く染まっていた。
「さむ……」
その時だった。風に混じって、音が聞こえた。
誰かの歌声。声は男。でも、どこか聞き覚えのある歌声。
私は、足を止めた。
屋上の隅、出入り口の影に、誰かがいた。
──鳴沢健助《なるさわけんすけ》。
耳にイヤホンをつけて、歌っていた。
その歌は、先週の金曜日にラジオで聞いたばかりの曲だった。
「君の声が残っている」──あのフレーズが、彼の口から紡がれていた。
私は息を呑んだ。信じられなかった。
でも、あの声、あの歌詞、あのメロディ。間違いなかった。
──まさか、鳴沢が……エクスネク?
心臓がドクドクと音を立てていた。呼吸も荒くなっていったのがわかった。
知りたくない現実かもしれないけど、仕事はしないといけない。
「鳴沢!」
人が来ることを想定していなかったのか、鳴沢は飛び上がった。
「鳴沢。もう閉めるから、閉じ込められたくなかったら、場所移してくれない?」
「あ、うん。ごめん……」
イヤホンを外し、丸めてポケットに突っ込んで、小さく会釈した。
何も言わずに離れようとする鳴沢を、呼び止めた。
「鳴沢……さっきの歌──」
血相を変えて、鳴沢は逃げていった。
追いかけようかとも思ったけど、追いかけて何するんだと、頭が整理しきれなかった。
「──何で、逃げるんだよ」
♢♢♢
翌朝、私は落ち着いた気持ちで教室に入った。心愛も莉里も、いつも通りだったけど、私は聞かずにはいられなかった。
鳴沢の前の席、笹川がいなかったから、座って、鳴沢に言った。
「鳴沢。昼休み話したいことがあるから、時間ちょうだい」
鳴沢の顔は揺れていた。
言葉を発する前に、嫌な気持ちが滲み出ていた。
「い、嫌です……」
教室がざわついていた。
「やい、玲那、振られてやんの」
茶化すように心愛が言った。
「は⁉︎ そんなんじゃないし!」
「何ムキになってるの? あれー、玲那ちゃん顔赤いよ~」
「お前が変なこと言うからだろ!」
「おこだね。玲那ちゃん。そんな八つ当たりしなくても。私だって傷つくよ」
「だからそんなんじゃないって!」
「はーい。みんな席につけー」
鳴沢が、学校に来るのが遅かったから、担任の亀嶋が来てしまった。
「少し話するくらい、いいでしょ?」
呟いた言葉に鳴沢は何も言わなかった。おまけに、完全に窓の外を見て、聞こえないふりをしていた。
こんなやつが、本当にエクスネクなのか?
私の中で、新たな疑問が生まれた。
♢♢♢
1時間目の休み時間も、2時間目の休み時間も地の利を利用して、どこかへ逃走した。
特別教室には鍵がかかっていて、入ることはできないから、逃げる場所は必然的に絞られる。校舎も狭く、全階10分あれば回れるのに、いない。
まさか、外に逃げたか。それともトイレか。
どっちにしろ、探すのが困難だ。
諦めて教室に帰ると、鳴沢は何もなかったかのように、席についていた。
「鳴沢!」
私がそう言った瞬間に、チャイムが鳴った。
「なる──」
「近藤。席に着け」
亀嶋にまた邪魔されて、私は席に着いた。
♢♢♢
もう、鳴沢を捕まえることができるのは、昼休みしかない。勝負を決めるなら、このタイミング。
案の定、鳴沢は昼休みに入った途端に、教室を飛び出すように逃げて、どこかに消えた。
まさかトイレでご飯を食べるなんてことはしないだろうから、それなら行き先は絞られる。昼休みに人の少ない場所。それは……
“屋上──”
この時間、田舎の風は山から降りてくる強風にさらされる。時間帯によれば、ゆっくりご飯を食べることさえもできない。この辺りに高い建物がないから、もろに影響を受ける屋上は、今となっては誰も寄りつかない場所になった。
屋上に出る前に、深く呼吸をした。
鳴沢がエクスネクだとして、それを信じたくなかったから。だって、あの歌を作った人が、こんな地味で、話さない人だなんて。でも、あの声に間違いはなかった。
屋上は、相変わらず風が強かった。煽られた髪の毛が、探すのを邪魔するかのように暴れていた。
髪の毛の隙間から見える限りは、鳴沢はいなかった。でも、鳴沢を見つけた。強い風の中、微かに歌声が聞こえた。
鳴沢の声だった。エクスネクの歌だった。
「鳴沢!」
どれだけ叫んでも鳴沢には届かなかった。それもそのはず、屋上は風が強いし、鳴沢はイヤホンをして、目を瞑って、歌っていた。
そんな鳴沢のイヤホンを半分奪って、隣に座った。
「──こ、近藤さん⁉︎」
「これ、エクスネクの歌だよね? なんで鳴沢が知っているの?」
「そ、それは……」
「鳴沢がエクスネクなの?」
「………………」
「何か言ってよ」
「答えたくない」
「何で?」
「『何で?』って、答えたくないから、答えない」
「私たち会話してるんだよね? これ、全然会話になってないよね? で、知られたくないから、話したくないの?」
「………………」
「放課後、校門の前で待ってて。用事終わったらすぐ向かうから」
鳴沢にそう言い残して、屋上を後にした。
屋上の階段で、心愛に会った。
「愛の告白でもしたの?」
「だから違うって」
何か、面倒なことが起きそうな予感がしていた。
部活の声が遠くから聞こえてくるけれど、教室の中は空っぽで、廊下には誰もいない。
この学校では、3年生になると、日直が各特別教室の見回りをする。部活のある生徒からは「時間がもったいない」と、毎年のように文句が噴出しているが、長年この状態で、教師も田舎だから数少なく、大半の生徒が受け入れている。部活をサボりたい時には、大義名分として都合よく使われてもいる。
何よりも、昼休み以外は行くことが禁止されている屋上に、唯一公認で行くことができるから、部活をしていない生徒には人気がある。
山と川に囲まれた田舎だから、高い建物はない。この辺りで一番高い建物が学校だ。地上3階建て。これが一番高い。だから、この屋上からは、山の影に隠れるまでの夕陽がよく見える。
私もそうだけど、家に帰っても特にすることのない生徒には、少しの時間の暇つぶしにちょうどいい。
吹き抜けていく風は、夏前だとは思えないくらい冷たく、耳が赤く染まっていた。
「さむ……」
その時だった。風に混じって、音が聞こえた。
誰かの歌声。声は男。でも、どこか聞き覚えのある歌声。
私は、足を止めた。
屋上の隅、出入り口の影に、誰かがいた。
──鳴沢健助《なるさわけんすけ》。
耳にイヤホンをつけて、歌っていた。
その歌は、先週の金曜日にラジオで聞いたばかりの曲だった。
「君の声が残っている」──あのフレーズが、彼の口から紡がれていた。
私は息を呑んだ。信じられなかった。
でも、あの声、あの歌詞、あのメロディ。間違いなかった。
──まさか、鳴沢が……エクスネク?
心臓がドクドクと音を立てていた。呼吸も荒くなっていったのがわかった。
知りたくない現実かもしれないけど、仕事はしないといけない。
「鳴沢!」
人が来ることを想定していなかったのか、鳴沢は飛び上がった。
「鳴沢。もう閉めるから、閉じ込められたくなかったら、場所移してくれない?」
「あ、うん。ごめん……」
イヤホンを外し、丸めてポケットに突っ込んで、小さく会釈した。
何も言わずに離れようとする鳴沢を、呼び止めた。
「鳴沢……さっきの歌──」
血相を変えて、鳴沢は逃げていった。
追いかけようかとも思ったけど、追いかけて何するんだと、頭が整理しきれなかった。
「──何で、逃げるんだよ」
♢♢♢
翌朝、私は落ち着いた気持ちで教室に入った。心愛も莉里も、いつも通りだったけど、私は聞かずにはいられなかった。
鳴沢の前の席、笹川がいなかったから、座って、鳴沢に言った。
「鳴沢。昼休み話したいことがあるから、時間ちょうだい」
鳴沢の顔は揺れていた。
言葉を発する前に、嫌な気持ちが滲み出ていた。
「い、嫌です……」
教室がざわついていた。
「やい、玲那、振られてやんの」
茶化すように心愛が言った。
「は⁉︎ そんなんじゃないし!」
「何ムキになってるの? あれー、玲那ちゃん顔赤いよ~」
「お前が変なこと言うからだろ!」
「おこだね。玲那ちゃん。そんな八つ当たりしなくても。私だって傷つくよ」
「だからそんなんじゃないって!」
「はーい。みんな席につけー」
鳴沢が、学校に来るのが遅かったから、担任の亀嶋が来てしまった。
「少し話するくらい、いいでしょ?」
呟いた言葉に鳴沢は何も言わなかった。おまけに、完全に窓の外を見て、聞こえないふりをしていた。
こんなやつが、本当にエクスネクなのか?
私の中で、新たな疑問が生まれた。
♢♢♢
1時間目の休み時間も、2時間目の休み時間も地の利を利用して、どこかへ逃走した。
特別教室には鍵がかかっていて、入ることはできないから、逃げる場所は必然的に絞られる。校舎も狭く、全階10分あれば回れるのに、いない。
まさか、外に逃げたか。それともトイレか。
どっちにしろ、探すのが困難だ。
諦めて教室に帰ると、鳴沢は何もなかったかのように、席についていた。
「鳴沢!」
私がそう言った瞬間に、チャイムが鳴った。
「なる──」
「近藤。席に着け」
亀嶋にまた邪魔されて、私は席に着いた。
♢♢♢
もう、鳴沢を捕まえることができるのは、昼休みしかない。勝負を決めるなら、このタイミング。
案の定、鳴沢は昼休みに入った途端に、教室を飛び出すように逃げて、どこかに消えた。
まさかトイレでご飯を食べるなんてことはしないだろうから、それなら行き先は絞られる。昼休みに人の少ない場所。それは……
“屋上──”
この時間、田舎の風は山から降りてくる強風にさらされる。時間帯によれば、ゆっくりご飯を食べることさえもできない。この辺りに高い建物がないから、もろに影響を受ける屋上は、今となっては誰も寄りつかない場所になった。
屋上に出る前に、深く呼吸をした。
鳴沢がエクスネクだとして、それを信じたくなかったから。だって、あの歌を作った人が、こんな地味で、話さない人だなんて。でも、あの声に間違いはなかった。
屋上は、相変わらず風が強かった。煽られた髪の毛が、探すのを邪魔するかのように暴れていた。
髪の毛の隙間から見える限りは、鳴沢はいなかった。でも、鳴沢を見つけた。強い風の中、微かに歌声が聞こえた。
鳴沢の声だった。エクスネクの歌だった。
「鳴沢!」
どれだけ叫んでも鳴沢には届かなかった。それもそのはず、屋上は風が強いし、鳴沢はイヤホンをして、目を瞑って、歌っていた。
そんな鳴沢のイヤホンを半分奪って、隣に座った。
「──こ、近藤さん⁉︎」
「これ、エクスネクの歌だよね? なんで鳴沢が知っているの?」
「そ、それは……」
「鳴沢がエクスネクなの?」
「………………」
「何か言ってよ」
「答えたくない」
「何で?」
「『何で?』って、答えたくないから、答えない」
「私たち会話してるんだよね? これ、全然会話になってないよね? で、知られたくないから、話したくないの?」
「………………」
「放課後、校門の前で待ってて。用事終わったらすぐ向かうから」
鳴沢にそう言い残して、屋上を後にした。
屋上の階段で、心愛に会った。
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