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合同合宿会 21
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それでも、布団でじっと目を瞑って眠れる時を待った。が、一向に眠れる気配はなかった。次第に喉が渇いて水を一杯飲みに台所まで降りた。コップに水を一杯注いでいると、階段を降りてくる足音が聞こえた。時計は確認していないけど、今は多分深夜だ。こんな時間に誰が? と思っていたが、何となく予想がついた。そしてその予想は当たった。
「今回は私が後だから起こしてないよね?」
そう、山河内さんだ。
「じゃあ、今回は僕が。ごめん起こした?」
「ううん。私も眠れなかっただけ。何だか変なやり取りだね」
「そうだね」
そして変な間が生まれた。
「そうだ。山河内さんも水飲む?」
「うん。一杯貰う」
そんなわけで、僕は新たな紙コップを手に取り、一杯の水を注いで山河内さんに手渡した。
「はい」
「ありがとう」
紙コップ一杯の水を飲み干して山河内さんは言った。
「ねえ、また、前みたいに二人で星を見に行かない?」
僕の返事は決まっていた。
「もちろん」
「歌恋達には内緒だよ。見つかったら何言われるか分かんないから」
「うん」
僕らは、二人でそっと扉を開いて外に出た。外は曇っているわけじゃないけど、月明かりは薄くライト無しでは歩くのは困難なくらい暗かった。
「月が出てなくて暗いからここまでにしよ」
そこは僕らがバーベキューをしていたところ。変に灯りをつけて誰かを起こすのもまずいから、判断としては妥当だ。
「見て見て、海の方に木星が見えるよ! あ、西の方は夏の大三角形が見るよ!」
山河内さんは子供のようにはしゃいでいた。僕はその光景を微笑ましく眺めていた。
ちなみに言っておくが、変な目をして見てはいない。そう至って普通の目で見ていた。
「夏だけど思ったより肌寒いね」
「そうだね。上着でも持ってくればよかったね」
こんな時にさりげなく膝掛けの一つでも貸せる男がモテるのだろうけど、モテない僕はもちろんそんなものは持ち合わせていない。何なら、半袖半ズボンで上は一枚しか着ていない。物理的に貸し出せるものが、手持ちには何もないのだ。
「私ずっと海が嫌いだったんだ」
唐突に山河内さんは身の上話を語り出した。山河内さんの昔話が聞けるのなら、一言一句聴き逃さないように耳を二倍にでも三倍にでも大きくして聴きたいものだ。
「それでずっと、ここに来ることを反対していたの?」
「うん……」
「そうなんだ。でも、少しわかるよ。僕も山と海だったら海の方が嫌いだな」
「へえー。それはどうして?」
「だって海って、暑いし、着替えが大変だし、それに、わいわいした人がたくさんいるじゃん。僕はそういう人は苦手だから、海は好きじゃないね」
僕の話を聞いて、山河内さんはクスクスと笑っていた。
「それで歌恋が苦手なんだね」
山河内さんはとんでもないことを言った。
僕の立場を考えれば、ここは全力で否定をしないといけないけど、今は如月さんはいない。ここでひと笑い取るのも悪くないと、山河内さんの言葉を肯定してみせた。
「そうなんだよ。自分が陰側のキャラクターだから、わいわい系の陽側のキャラクターとは反りが合わないんだよね」
案の定山河内さんは笑ってくれた。だが、僕はそんなに面白いことを言っているだろうか。僕自身が言った言葉ではあるが、本当につまらないことを言ったなと自覚はしている。
まあ、山河内さんが笑ってくれるなら何だっていけど。
「また私に秘密を知られちゃったね!」
そんなことをそんな顔で言われたら、誰だって心臓の鼓動が早くなるに決まっている。
僕は心臓の音を誤魔化すために立ち上がり、深呼吸をし、「よしっ!」と呟いてから山河内さんに言った。
「僕の秘密を言ったのだから、今度は山河内さんの番だよ。海が嫌いだって言ってた理由聞いてもいい?」
山河内さんは目を逸らし、俯きながら小さく頷いた。
「簡単に言えば、憧れがあったからなんだ。憧れがあったから、反抗心で来たくなかったんだ」
「うん? つまり……どういうこと?」
「登久島県って海なし県じゃないでしょ。だけど、私は海に行ったことがなかったんだ。遊泳できる海が遠いわけでもないのに。ずっと、親に反対されてて。小さい頃は何度も何度も『連れて行って』って言ったんだけど、この歳になるまで結局一度も行ったことがなかったんだ。初めてだから、どんなふうに遊べばいいのかとか何も知らないから、取り残されるのが怖かった……」
山河内さんの話を聞いていると、僕の悩みなんて本当にちっぽけなものなんだ、と思い知らされる。
面倒ごとは避けてきて、楽観的に人生を歩んできた僕がどんな言葉をかけるべきか、正解なんてないのだろうけど、楽観を演じて山河内さんの悩みの解決の糸口になるのなら、僕はいくらでも楽観的な人間になろう。
「で、初めての海はどうだった?」
「すごく、楽しかった……」
「だったら、それでいいんじゃないの? 僕だって海は三回目で最後に行ったのは五年前だけど、どんな遊びをしたかなんて碌に覚えていないよ。砂のお城を作りたくて頑張っていたけど、結局、山しか作れなかった。こんなことしか記憶にないよ」
「何それ、かわいいね」
そう言って、山河内さんは笑っていた。
「今回は私が後だから起こしてないよね?」
そう、山河内さんだ。
「じゃあ、今回は僕が。ごめん起こした?」
「ううん。私も眠れなかっただけ。何だか変なやり取りだね」
「そうだね」
そして変な間が生まれた。
「そうだ。山河内さんも水飲む?」
「うん。一杯貰う」
そんなわけで、僕は新たな紙コップを手に取り、一杯の水を注いで山河内さんに手渡した。
「はい」
「ありがとう」
紙コップ一杯の水を飲み干して山河内さんは言った。
「ねえ、また、前みたいに二人で星を見に行かない?」
僕の返事は決まっていた。
「もちろん」
「歌恋達には内緒だよ。見つかったら何言われるか分かんないから」
「うん」
僕らは、二人でそっと扉を開いて外に出た。外は曇っているわけじゃないけど、月明かりは薄くライト無しでは歩くのは困難なくらい暗かった。
「月が出てなくて暗いからここまでにしよ」
そこは僕らがバーベキューをしていたところ。変に灯りをつけて誰かを起こすのもまずいから、判断としては妥当だ。
「見て見て、海の方に木星が見えるよ! あ、西の方は夏の大三角形が見るよ!」
山河内さんは子供のようにはしゃいでいた。僕はその光景を微笑ましく眺めていた。
ちなみに言っておくが、変な目をして見てはいない。そう至って普通の目で見ていた。
「夏だけど思ったより肌寒いね」
「そうだね。上着でも持ってくればよかったね」
こんな時にさりげなく膝掛けの一つでも貸せる男がモテるのだろうけど、モテない僕はもちろんそんなものは持ち合わせていない。何なら、半袖半ズボンで上は一枚しか着ていない。物理的に貸し出せるものが、手持ちには何もないのだ。
「私ずっと海が嫌いだったんだ」
唐突に山河内さんは身の上話を語り出した。山河内さんの昔話が聞けるのなら、一言一句聴き逃さないように耳を二倍にでも三倍にでも大きくして聴きたいものだ。
「それでずっと、ここに来ることを反対していたの?」
「うん……」
「そうなんだ。でも、少しわかるよ。僕も山と海だったら海の方が嫌いだな」
「へえー。それはどうして?」
「だって海って、暑いし、着替えが大変だし、それに、わいわいした人がたくさんいるじゃん。僕はそういう人は苦手だから、海は好きじゃないね」
僕の話を聞いて、山河内さんはクスクスと笑っていた。
「それで歌恋が苦手なんだね」
山河内さんはとんでもないことを言った。
僕の立場を考えれば、ここは全力で否定をしないといけないけど、今は如月さんはいない。ここでひと笑い取るのも悪くないと、山河内さんの言葉を肯定してみせた。
「そうなんだよ。自分が陰側のキャラクターだから、わいわい系の陽側のキャラクターとは反りが合わないんだよね」
案の定山河内さんは笑ってくれた。だが、僕はそんなに面白いことを言っているだろうか。僕自身が言った言葉ではあるが、本当につまらないことを言ったなと自覚はしている。
まあ、山河内さんが笑ってくれるなら何だっていけど。
「また私に秘密を知られちゃったね!」
そんなことをそんな顔で言われたら、誰だって心臓の鼓動が早くなるに決まっている。
僕は心臓の音を誤魔化すために立ち上がり、深呼吸をし、「よしっ!」と呟いてから山河内さんに言った。
「僕の秘密を言ったのだから、今度は山河内さんの番だよ。海が嫌いだって言ってた理由聞いてもいい?」
山河内さんは目を逸らし、俯きながら小さく頷いた。
「簡単に言えば、憧れがあったからなんだ。憧れがあったから、反抗心で来たくなかったんだ」
「うん? つまり……どういうこと?」
「登久島県って海なし県じゃないでしょ。だけど、私は海に行ったことがなかったんだ。遊泳できる海が遠いわけでもないのに。ずっと、親に反対されてて。小さい頃は何度も何度も『連れて行って』って言ったんだけど、この歳になるまで結局一度も行ったことがなかったんだ。初めてだから、どんなふうに遊べばいいのかとか何も知らないから、取り残されるのが怖かった……」
山河内さんの話を聞いていると、僕の悩みなんて本当にちっぽけなものなんだ、と思い知らされる。
面倒ごとは避けてきて、楽観的に人生を歩んできた僕がどんな言葉をかけるべきか、正解なんてないのだろうけど、楽観を演じて山河内さんの悩みの解決の糸口になるのなら、僕はいくらでも楽観的な人間になろう。
「で、初めての海はどうだった?」
「すごく、楽しかった……」
「だったら、それでいいんじゃないの? 僕だって海は三回目で最後に行ったのは五年前だけど、どんな遊びをしたかなんて碌に覚えていないよ。砂のお城を作りたくて頑張っていたけど、結局、山しか作れなかった。こんなことしか記憶にないよ」
「何それ、かわいいね」
そう言って、山河内さんは笑っていた。
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