フェイタリズム

倉木元貴

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地学部合宿会 12

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「分かったから、さっさと行って探してくる」
 
「はい……」
 
 石川先輩は此花先輩の圧力に屈して、太陽が照りつける砂浜を、ふらふらと走りながら石を探しに行った。
 
「じゃあ、他の人はどんな石を拾ったのか見せてくれる?」
 
 そう言った此花先輩に乃木先輩が挙手をし応える。よほど自信があるのか、公然と堂々とした態度を取っていた。
 
「私はこの石です!」
 
 乃木先輩は白い布に包んでいた、灰色の石を見せびらかしていた。
 ここまで用意しているあたり、すごい石なんだ、と勝手に期待をしていたが、見るからにそこら辺に落ちている石ころだった。
 でも、乃木先輩がここまで自信を持って見せるものだから、きっとすごい石だろう。
 
「何の石?」
 
「分かりません!」
 
 そのコントのようなやり取りに「ふっ」と笑いが漏れてしまうが、他の誰にも気づかれることはなく、僕も笑っていないフリをしていた。
 
「見せてもらってもいい?」
 
「どうぞ!」
 
 此花先輩が石を受け取り、山本先輩と共にじっくりと石を眺めていた。
 先に山本先輩が見るのをやめて言った。
 
「砂岩だな」
 
 それに合わせて此花先輩も言った。
 
「砂岩だね」
 
「砂岩でしたか~。で、どんな石ですか?」
 
 乃木先輩は普段からこんな感じの人物だが、今日は一段とボケの道を走っていた。
 
「う~ん……そうだね……」
 
 言葉に詰まっていた此花先輩に、山本先輩が助け舟を出していた。
 
「その辺の海辺にある代表的な石だよ」
 
 山本先輩のその言葉を聞いて、乃木先輩の自信と言うものが音で聞こえそうなくらいに崩壊していた。
 
「あ、でも、たまに化石が見つかったりして、貴重な石でもあるんだよ」
 
 此花先輩が必死にフォローをするが時すでに遅しだろ。初めは胸を張っていた乃木先輩も今や猫背のようになっている。
 僕の思考とは裏腹に乃木先輩は立ち直した。
 
「化石! そんなものが! 早速割ってみてもいいですか、このせん!」
 
 乃木先輩は子供のように目を光り輝かせ、この花先輩に言っていた。此花先輩は困った様子で乃木先輩を必死に止めていた。
 
「クレちゃん。貴重な石かもしれないから割らないでね……」
 
「はーい。わっかりました!」
 
 気づけばいつもの、明るくて、元気で、うるさい乃木先輩に戻っていた。
 此花先輩は本当に乃木先輩をあやすのが上手い。どっからどう見てもトラブルメーカーでしかない乃木先輩が、此花先輩にだけは絶対服従していて、乃木先輩が意見を言っているところさえ見たことがない。考えられる原因としては二つ。去年の一年間で此花先輩に相当調教されたのか、それとも、もっと幼い頃からの知り合いで、初めから姉のように慕っていたか。今のところは、後者の可能性が高いな。地学部でこの二人だけ、お互いのことを渾名で呼び合っている。他の人が、二人が呼び合っている渾名を、使っているところは見たことない。これは間違いない。二人は昔からの馴染みなのだ。
 だからと言って、それがどうしたんだと言う話だが、これは僕の悪い癖だ。本当にどうでもいいことに関しても、必ず自己解決しないと体がむず痒くなって気持ちが悪のだ。ただ、安心して欲しい。さっきも言ったが、僕はあくまで自己解決なので、他人は巻き込まないし、この答えだって乃木先輩や此花先輩に訊いて、答え合わせをするつもりなどさらさらない。だから、そこまでめんどくさい人ではないと、自分では思っている。
 こう考えている間にも、石の発表会は続いていて、僕の知らない間にほとんどの人が発表を終えて、残りは僕と岡澤君と中村君になっていた。
 考え込んで人の話を聞かないのは、めんどくさい以前に人間的問題があるとは自覚しているが、これが治せないのだ。だから悪い癖。
 僕が悩んでいる間に岡澤君が手を挙げ、拾った石について発表を始めていた。
 
「ほな次は、僕がいかせてもらいます。えー、僕が見つけた石は、多分、玄武岩やと思うんですけど、どうですか?」
 
 発表というよりも、この石は何なのかを此花先輩や山本先輩に訊いていた。
 
「うん。確かにこれは玄武岩だね」
 
「でも、目でしっかり確認できるくらい粒が大きいからドレライトだな」
 
「ド、ドレライト? それは貴重な石かなんかですか?」
 
「貴重ってわけではないけど、粗粒の大きさがそれぞれ異なっているから、同じの見つけるのは困難だぞ」
 
「世界に一つしかないかもしれないってことね」
 
「ほんなら、レアな石ってことですね!」
 
 此花先輩があやし上手のなは乃木先輩だけではなかった。岡澤君もまんまと掌で転がされていた。
 岡澤君の発表が終わって、此花先輩の背後には「ゼーゼー」と、息を切らした石川先輩が戻ってきていた。この人もまだ発表をしていないのをすっかり忘れていた。
 そんな石川先輩は帰ってきて早々、石を見せびらかしていた。
 
「持ってきましたよ。見てください。ドレライトですよ」
 
 この場の空気は冷たく固まっていた。
 
「あの、先輩。すんません。今さっき僕が、同じの出してもうて、今発表終わったとこなんです」
 
 岡澤君の言葉を聞いて、石川先輩は、静かに地面に座り込んだ。
 
「……ああ、そう」
 
 当事者でない僕にも気まずい空気が漂っていた。
 この後の発表なんて地獄だよな。と思いながら、中村君の方を見てみると、僕と同じことを思っているのか、目が合ってその途端に視線を下にずらしていた。
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