フェイタリズム

倉木元貴

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地学部合宿会 18

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 コテージに着くと、男女で別のコテージに分かれて、着替えを済ませて、女子のコテージの前で集合した。ここからの流れは、大方、如月さんの時と変わらず、男子が主にバーベキュー台の設置、炭起こしを行い、女子は食材の準備に分かれた。
 男子は当然ながら、男子唯一の三年生である山本先輩が仕切っていた。
 
「男子は六人いるから、炭起こしと台の設置に三人ずつ分かれよう。どっちが良いか希望はあるか?」
 
 きっと岡澤君辺りも手を挙げるだろう、そう思って手を挙げていたら、岡澤君も中村君も、僕を見るだけで他は何もしていなかった。
 
「中田君。どっちがいいの?」
 
 一番に手を挙げてしまった手前、悩むに悩めない。どちらが良いと言われても、正直どちらでもいいから、余りもので良かったのに……。何で僕は手を挙げてしまったのだろうか。
 先輩たちがどちらを苦手としているか、が重要になってくるけど、山本先輩はどちらもできそうだし、石川先輩は逆に何もできなさそうだし、楠木先輩に至ってはどちらともないとしか言えない。どっちを選べばいいんだ。
 悩んだ末に僕は炭起こしを経験があるからと話して、炭起こしの班になった。炭起こしの班は、楠木先輩と岡澤君と僕。バーベキュー台の設置は、山本先輩と石川先輩と中村君に決まった。
 
「炭起こしの班になってしまったけど、去年の合宿会以来、炭起こしなんてしてないから、全然頼れない先輩だから。ごめんね」
 
 楠木先輩はできないことの言い訳としてそう前置きをした。
 
「大丈夫です。ついこの間、炭起こししたばかりなので」
 
「それは助かるよ。先輩だけど、後輩を頼っちゃうよ」
 
「任せてください」
 
 そう言ってみたものの、前は如月さんが付きっきりで教えてくれていたから、できたみたいなものだから、極めて自信があるわけじゃないけど、多分大丈夫だと思う。
 如月さんに教わった通り、炭を箱から取り出して、大きさを三段階に分けた。
 こんなことになるかもと思って家から新聞を持って来ておいてよかった。おかげで、荷造りに苦労したけど、まさか新聞を使うなんて、誰も思っていないもんな。
 一人コテージの中に私物の新聞紙を取りに来ていると、誰かが階段を上がって来る音が聞こえていた。
 数分で終わるからと、戸締りはしていなかったが、こんな白昼堂々と泥棒に入るやつがいるなんて想像もしていなかった。
 階段を上がって来ていたのは岡澤君だった。
 
「どうしたの。何か忘れ物?」
 
 岡澤君はいつもに増して真剣な表情を浮かべていた。
 
「『どうした』って訊きたいんはこっちや。大智、山河内さんとなんかあったんか?」
 
 鈍感ではないけど、バカだからそんなことには気がつかないかと思っていたけど、意外とバレていたんだ。
 さて、なんて弁明をしようか。岡澤君になら真実を話しても大丈夫かな。いや、ダメだな。岡澤君は口が軽い。どこかで話してしまうかもしれない。友達の話という前置きがこんな時には便利だけど、それは自分の話だって白状しているようなことだし、この場では使えないよな。ここはひとまず惚けてみるのがいいな。
 
「何のこと?」
 
「惚けるなや! ここにもんて来る時に、大智一人離れておったやん。ほれに、山河内さん全然話せへんし、空気めっちゃ重かったねん。そないなことになっとったら、誰やって気付くやろ」
 
 つまりは、岡澤君は山河内さん側の態度の変化で今回のことに薄々勘づいているということか。発端が山河内さんだと言うのに、全く贅沢な人だ。山河内さんは何に悩むことがあると言うのだ。先に嫌ったのは山河内さんだ。サボったことの非は認めるとして、関係悪化の原因は山河内さんの態度だ。謝罪はするなら受け入れるけど、関係改善には注力なんてするつもりはない。もうこのままが一番良いのだ。
 
「ちょっと言い合いになっただけ。心配しなくても大丈夫だよ。このまま……」
 
 僕がまだ話している最中だったのに、岡澤君はそれを遮って、自分の話を始めた。
 全く自分勝手だ。
 
「いけるんやったら、何でお互いそんなに距離とってんねん! いけてないけんやろ!」
 
 岡澤君はここに来てからずっと興奮していた。今も声を荒らげ、息を切らしていた。
 
「ほっておいてくれてかまないよ。これは僕と山河内さんの問題だから。関わらないでほしんだ」
 
 これは半分嘘だ。
 関わらないでほしいと言う部分だけは本心だが、それは巻き込むことが申し訳ないからではない。本当に関わってほしくないからだ。誰かにつべこべ言われて行動をとりたくないから。山河内さんと話をしたくないからだ。どうせ岡澤君も話し合えとか言うだろうから。
 
「大智がそう言うんやったら、何も言わんとくわ」
 
 岡澤君はそう言って、一人階段を降りていった。僕は、新聞を手にして、もうコテージを出ても大丈夫だったが、岡澤君と距離を取るためにコテージで休憩していた。窓から岡澤君を眺めて、そろそろいいだろうと、僕も階段を降りていった。
 外に出て扉に鍵を閉めて、扉の前でもう一度休憩を挟んだ。岡澤君の歩く速度は遅くはないけど、追いつかないように。
 ゆっくりと歩くのもいいけど、意図的にゆっくり歩くの嫌いんんだよな。
 スマホを見ながら、十七時四十二分と表示されている画面の数字が、十七時四十五分になればここを離れることにした。あまりにも遅すぎると、先輩からサボっていると思われかねないから、三分ぐらいが丁度いいのだ。
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