紅葉に消える恋(キャラ文芸短編集)

倉木元貴

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紅葉に消える恋 第1話

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 美里の秋は、毎年決まって鮮やかだった。
 一晩で色が変わったように見えるほど、紅葉は燃えるように濃く、風が吹くたび、さらさらと落ち葉が舞い上がる。それはまるで、森そのものが息づき、季節を奏でているかのようだった。
 
 紗夜は、秋祭りの支度を終え、手に持った鞄を抱え直しながら夕暮れの道を歩いていた。
 橙色の光が木々の隙間から漏れ、道を照らしたり陰らせたりする。その緩やかな明暗の揺れが、紗夜の胸を少し落ち着かなくさせる。
 ──今年の秋は、なぜか胸騒ぎがする。
 そんな予感を抱えながら歩くうち、紗夜はふいに足を止めた。
 
 森の奥、木々が立ち並ぶ影に、ひとりの青年が立っていた。
 まだ昼の名残がほんのり色こく残る空を見上げて、白い吐息をこぼしている。
 村では見かけない顔だ。それだけでなく、彼の佇まいそのものが、どこかこの世のものではないような、不思議な気配を纏っていた。
 
 風が吹き、紅葉がひとひら、ふたひらと青年の肩へ舞い落ちる。
 その瞬間、紗夜の胸に小さな痛みが走った。
 懐かしいような、けれど初めて会ったような──矛盾した感覚。
 自分でも説明できない気持ちが胸の奥をそっと揺らす。
 
 青年がふとこちらを向いた。
 視線が重なった途端、紗夜の身体が少しだけ強ばる。
 けれど彼の表情は驚くほど柔らかく、どこか寂しげに微笑んだ。
 
「……君も、この森に呼ばれたのかい?」
 
 その声は、不思議と風の音に溶けるような響きをしていた。
 問いの意味は曖昧で、答えられない。
 しかし、紗夜の胸は、なぜかその言葉を“知っている”ように感じていた。
 
「……呼ばれた、というのは?」
 
 紗夜が尋ねると、青年は少しだけ視線を逸らした。
 まるで、言葉の選び方を探しているように。
 
「森は、必要な人を呼ぶんだ。風が、紅葉が……それから、季節の隙間が」
 
 意味はよくわからない。
 けれど、嘘をついてるようには思えなかった。
 
 青年は続けて言う。
 
「君が祭りの準備を終えて、この道を通ることも。僕がここに立っていることさえも……全部、森の気まぐれだよ」
 
 そう言って微笑む彼の目は、どこか寂しげだった。
 紗夜は胸の奥が少し熱くなる。
 どうして──この人の寂しさが、こんなにも自分の心に触れてしまうのか。

「また、会えるのでしょうか?」
 
 気づけば、紗夜の口が勝手に動いていた。
 言葉にした途端、頬が熱くなる。なぜこんなことを言ってしまったのだろう。
 
 青年は驚いたように瞬きをして、それから柔らかな微笑みを浮かべた。
 
「……紅葉が散りきるまでは、きっと」
 
 それは約束としても予告ともつかない、不思議な響きを持っていた。
 
 青年は風にふわりと揺れるように背を向けると、紅葉の奥へと歩いていった。
 その後ろ姿は、夕暮れの木漏れ日に溶けていくようにも見える。
 
 まるで──本当に風の化身であるかのように。

 紗夜はしばらくその場に立ち尽くし、胸の奥に残った名もない感情を確かめるように深く息を吸った。
 森の匂いが、どこか甘く感じられる。
 
 ♢♢♢
 それから紗夜は、夕暮れの時間になると、森へ足が向いてしまうようになった。
 偶然を装ってはいるものの、心のどこかで期待している自分がいる。
 
 そして本当に、青年はそこにいた。
 紅葉の下に、静かに佇んでいる。
 
「今日も……いるんですね」
 
 紗夜が声をかけると、青年はどこか照れたように微笑む。
 
「呼ばれたからね。……君に、かもしれないけど」
 
 その言葉に胸が跳ねた。
 けれど、目を逸らすのは紗夜の方だった。
 
 風がひと吹きし、落ち葉が舞う。
 赤、橙、黄が混じった葉が、二人の間にひらひらと舞い落ちる。
 
「──あ、あの……お、お名前を聞いてもいいですか?」

 青年は頷くこともせず答えた。
 
「藍《らん》。タデアイの藍」
 
「私は──」

「知ってる。紗夜」
 
 名前を知られていることの違和感よりも、紗夜にはその光景がたまらなく愛おしく思えた。
 
「紗夜は、祭りの歌を覚えているかい?」
 
 青年がふいに問う。
 
「え……子供の頃の歌なら、少しだけ」
 
「聴かせてくれる?」
 
 頼まれるまま、紗夜は小さく、村に伝わる古い調べを口ずさみ始めた。
 秋祭りの時に歌う、緩やかな旋律。
 風とともに揺れるような歌詞。
 
 青年は目を細めて耳を傾ける。その表情は、懐かしさと寂しさを半分ずつ抱えたような顔だった。
 
 ──どうして。
 どうしてあなたは、そんな顔で歌を聴くの?
 
 歌い終えた後、青年はぽつりと言った。
 
「ありがとう。……人の歌声を、こんな近くで聴いたのは久しぶりだ」
 
 その言い方があまりにも不自然で、紗夜の胸がざわめく。
 けれど、問いただすことはできなかった。
 
 夕陽が沈みかけた頃、青年はふっと空を見上げた。
 
「もう行かなきゃ」
 
「どうして……夜までいられないの?」
 
 紗夜が勇気を出して尋ねると、青年は少しだけ肩を震わせた。
 それが笑いなのか、哀しみなのか、判別できない。
 
「夜は──僕にとって、あまり良くない時間なんだ」

 意味はわからない。
 けれど、彼が嘘をついているようには思えなかった。
 
「また、会える?」
 
 紗夜が問うと、青年は夕暮れの中で微笑んだ。
 
「紅葉が散りきるまでは……きっと」
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