三十五センチ下の○○点

白い黒猫

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三十五センチ下の発火点

最終地点

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 十二月に入った週の最初の土日に俺は、大学時代の友人である園に誘われ北海道にスキーに来ていた。メンバーは大学時代につるんでいた園と幾原と俺の三人。スキー好きの園は、最初の滑りは大学時代の友人と行くと決めているらしい。
 この旅行企画を園がもってくるのも、友情からというよりも肩慣らしの為だろう。スキーが好きでそれなりに滑れるとはいえ、オフシーズンを挟むと勘もやや鈍るし、最初の時は筋肉痛というオマケもついてくる。それを気の置けない友達と行うことで、彼女とのスキーをスマートなものにしようとしていると睨んでいる。まあ男三人のこのメンバーでのスキーも楽しいから、俺も文句はないのだが。

 流石、北海道と言うべきだろう。関東との気温差が生半可ではない。しかも空港降りた段階でもう雪がチラついていた。西日本は冬になっても暖冬気味という状況だっただけに、予想以上の寒さに若干気分が萎えるのを感じた。そのいかにも寒そうな風景を携帯で撮る。
『北海道はめっさ雪降ってるよ~!!
 寒さも半端ないない!!』
 スキー場に向かうバスの中で、先程撮影した写真をつけて、そう月ちゃんにメールをする。
 友人の幾原が、その様子を目ざとく見ていて嫌らしく笑う。
「おっ、もしかして彼女?」
 俺は返事するのも恥ずかしい事もあり、肩をすくめる。幾原はそれをシッカリ肯定と判断したらしく、ニヤニヤ顔をさらに大きくする。
「珍しいよな、おまえがイソイソとメールするなんて、皆お前があまりメールをくれないって拗ねてたぞ」
 園が会話に加わってくる。実は今までの彼女は、皆こいつの紹介だった。正確に言うとコイツの彼女の友達というのだろうか? それだけに色々相談を受けていた事もあり、下手したら俺よりも彼女の事を詳しいかもしれない。
「じゃなくて、あの子らが細かすぎるだけだろ、話があるなら会った時にすればいいのに、さらにメールで細かくやりとりしないといけないの?」
 園が、大げさに溜息をつくふりをする。
「お前は分かってないよ! 会ってない時も愛を感じていたい、その時間を楽しみたいんだよ! 恋愛中って」
 正直会っているときが一番楽しいし、その時間を満喫すればいいものでは? そう思うのは俺だけなんだろうか? 幾原を見ると苦笑いしている。
 まあ園は恋愛至上主義で、恋愛に関してはいつも全力に楽しもうとする。だからこそ、彼は側にいない時間も、そうして楽しんでいるのだろう。性格もマメだし。コイツなら、彼女をほっとくとか、不安にさせるなんて事は絶対しないんだろう。逆にウザい程構って飽きられるというのが、園の恋愛の流れである。何事も適度が良いようだ。
 女性といえば、月ちゃんはどうなのだろうか? 俺以上にマイペースで寂しいからメールをしてくるというより、『見て! ワイルドなノラネコを見つけた!』『この募集案内、凄いよね! 時給が0円から1200円だって!』とか、ただ面白いもの見つけたから送ってくるという感じで、こっちの返事があろうがなかろうが一行におかまいなしに見える。

 今週末、俺が旅行で会えないといっても残念な顔もせず、『友達とセレブなデートなするんだ♪』と予定をサッサと決めてはしゃいでいた。さっきから、『ブラピも食べたという世界で一番美味しいモーニング』の画像だとか、『素敵過ぎるステーキ♪』等の写真が送られてきて、寂しがっているようにも見えない。寧ろ楽しそうだ。
 俺も寂しがっている訳ではないけれど、少しは寂しがって欲しいなと逆に思ってしまう自分に気が付く。

 間もなくバスはホテルに到着する。荷物を置き、三人でそのままゲレンデに飛び出しす。とはいえ、最初こそ三人で中級コースを楽しんでいたが、慣らしは終わったとばかりに園は、ガンガン滑る為に一人上のコースへと消えて行った。俺と幾原も中級程度で様々なコースに向かい楽しむが、久しぶりの運動と、寒さでだんだん身体が辛くなってくる。二時間チョット後には暖かい喫茶店で、コーヒー飲みながら温ぬく々ぬくしていた。そういえば、月ちゃんはこうしてコーヒーを飲むことを『コポコポしていました』という不思議な表現をするのを思い出す。

 飲み物にはまったく拘らない俺だけど、こうして思いっきりスキーを楽しんでこうして暖かいものを飲みながらコポコポするのもいいなと思ってしまう。
「お前さ、何コーヒーのんでニヤニヤしてんの? 気持ち悪い」
 幾原がそんなに俺に酷い事を言ってくる。
「いや~思いっきり楽しんだなと思って」
「まあなぁ~でも明日以降、筋肉痛に苦しめられそうだけどね」
 ニヤニヤと幾原が笑う。あえてこういう言い方をするのがコイツの特徴。たしかに運動なんて日常的にまったくしてないだけに、筋肉痛は確実だろう。普段からスポーツクラブで鍛えている園くらいなのかもしれない、その洗礼をうけないで良いのは。

 するとスマフォが震えメールが届く。園は一番の上まで行ってしまったらしい。戻るのは遅くなりそうだからといった内容だった。
 俺達は園を待つのを止め、先にホテルに戻り、大浴場を満喫することにした。お風呂を上がったときに園からそろそろ戻るというメールがきたので、部屋ではなくホテルのロビーで待つ事にする。

 何をそんなに気をつかうんだと思うのだがドライヤーで髪の毛を乾かすのに時間が掛かっている幾原を置いてさっさとロビーにいくと、お土産売り場を見つける。俺は体格がいいので何処いても目立つ。幾原も分かるだろうと土産物屋へと入る。

 なんかこういう地方には変なキャラクターグッツなどあり、それを探すのも面白いものなのだ。
 お土産売り場のカウンターに、『蟹の配送承ります』という文字が目に入る。
『北海道! 北海道といったら蟹だよね~』
 月ちゃんの言葉を思い出す。確か年賀状を出すということで、住所を交換したばかりで携帯にソレが登録されていたような。
「お土産ですか? コチラの蟹は信頼のおける業者から仕入れたもので自信をもって良い蟹をお届けできますよ! 空港とかで買うものとは、モノが違いますから」
 土産物屋の店員がそう声をかけてくる。
 蟹送ったら、どういう顔をして喜んでくれるのだろうか? こないだの誕生日のお礼もしたいし。
「じゃあ、二セットお願いできますか?」
 俺は実家と月ちゃんの家に、お土産としてそれぞれ送ることにした。
 配送票を書いていると、お風呂から上がってきたらしい幾原が近づいてのぞき込んでくる。
「何してんの?」
「おみやげに蟹でも送っとこうかと」
 俺は見たら分かるであろう事を説明する。
「ふ~ん……」
 俺はその他に北海道らしいキャラクター商品をいくつか買ったが、幾原は空港で適当なモノを見繕う事にしたらしく何も買わなかった。
 結構土産物屋で時間を使ったと思うのだが、園はまだ戻ってこない。風呂に入って喉渇いたという事で、ラウンジにある喫茶店に入って待つことにする。皮肉屋だけどどちらかというと陽気な幾原が妙にシリアスな顔をしている。
「あのさ……」
 コーヒーを飲みながら、幾原が声かけてくる。何故か神妙な表情をしている。
「お前さ、もしかして結婚近いとか?」
 思いもしなかった言葉をかけられて、俺はポカンとしてしまう。
「は? なんで?」
 幾原は照れているかのような、困っているかのような表現に困る顔をする。
「さっきの蟹を送った相手って、彼女だろ?」
 俺はまあ間違えてはいないから、頷く。それが何で結婚近いという事になるだろうか?
「パッと住所みた感じアパートとかでなさそうだったし、彼女とその家族にそういったモノを送るって、そういう事なのかな? と。それくらい家族ぐるみの近しい付き合いしているって」
 家族くるみって、月ちゃんの家族構成は知っていても、それがどんな人達なのかも知らない。その言葉を伝えると幾原は苦笑する。
「お前って、行動的なのか? 何も考えてないのか分からないよな。まっ、頑張れや!」
 何を頑張れというのだろうか? 俺はよく分からずに首を傾げる。そうしたら園が戻ってきて話題も変わり、その事についてよりつっこんだ事も聞けなかった。

  ※   ※   ※

 幾原にそう言われた事の理由を、俺は数日後に良く分かる事になる。
 蟹を喜んでくれた月ちゃんは、お礼に美味しいという鰻を送りたいと申し出てきた。鰻は大好きだし嬉しい! でも調理器具もまったくないマンションに送られても困る。そこで俺は実家に送ってもらうことにした。その旨を、すぐに会社から母親に連絡する。
 母親は、月見里さんという人物から蟹のお礼に鰻を送ってくるという話を、妙にテンションを上げて聞いていた。鰻がそんなに嬉しいのだろうか?
「渚もとうとう、片付く日がくるのね~♪」
 何が言いたいのだろうか?
「やはり、息子はさっさと実家から追い出すに限るって本当ね。そうすると、自然に女性を求めるって! これでやっと子供が一人片付くのね~肩の荷が一つ降ろせるわ♪」
「片付く?」
 母は『何言っているの!』 と笑う。
「結婚よ! 子供の結婚を見守って、親として使命を終わらせ自由になりたいのよ」
 結婚って……。ここでも考えてもいなかった話をされて俺は呆然とする。
「結婚って、そんなまだ……」
 すると電話の向こうのトーンが下がるのを感じる。
「まさか、遊びで付き合っていると言わないわよね!」
「いやいや、真剣には付き合っているよ」
 その言葉に、電話ごしでも母親がニコニコしだしたのを感じる。
「でもさ、オカンは相手がどんな人でもいいの? そんな無条件で喜んでいるけど」
 ケラケラという笑い声が聞こえる。
「その辺りは、アンタを信頼しているから。……というより、この先アンタのような息子に彼女が再び出来るかの方が不安だから! 少ないチャンスをモノにしてもらいたいという所かしら?」
  えらい言われようだ。
「彼女にいきなり私からお礼の電話しても驚くだろうから、貴方からちゃんとお礼いうのよ! 『家族みんなで美味しく頂きました。家族みんな大喜びしてました』って!」 

 来客があったとかで、母親はそのまま電話を切ってしまう。俺は電話をもったまま呆然としていた。結婚? 俺と月ちゃんが?
『おかえりなさい!』
 俺がマンションの玄関開けると、エプロン姿の月ちゃんが笑顔で飛び出してくる様子を、チョット想像してしまう。とたんに恥ずかしくなり俺は首をブルブルと横にふった。
「結婚か~」
 俺は会社の廊下で、つい呟いてしまった言葉に慌てて周りを見渡す。良かった誰もいない。
 結婚どころか、チャンとした世間一般のカップルらしさを目指している状況だ。いきなり乗り越えて結婚って問題考えられるはずもない。
 その前に、このお子様な無邪気過ぎる関係をなんとかすべきなんだろうな? 俺はもう一度大きく溜息をつく。

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