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シティーロースト

いなくても大丈夫

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 ミーティングルームで俺と鬼熊さんの前で手下てがは珍しく暗い顔している。俺も内心面白くない気持ちを隠し手下の言葉を待つ。
 「俺、自信ないですよ。その新グループでやっていくの」
  鬼熊さんから聞かされた内容に手下はかなり動揺していた。
  マメゾンで業務用コーヒーサーバーの新開発した。数種類のコーヒードリンクが技術なしで作れるというもので、喫茶店等でドリンクを提供する事を前提につくられたもの。
  そのサーバーのレンタル事業を担当するチームへのメンバーの一人として、手下の名前が上がったのだ。
 「最近ようやく営業というものが出来てきたばかりですよ! それだけにこの仕事は俺には荷が重いです」
  新規開拓が中心となる状況だけに手下としても不安も多いのは当然だ。コチラとしてもやっと使えるようになってきた仲間を取られるのは痛い。
 「鬼熊さん当然断るつもりですよね? 俺達も手下に抜けられると痛い」
 「今直ぐという訳ではないし、来年ウチのグループに一人入ってくるからそちらは問題ないわ」
  手下はその言葉に傷ついた顔をする。
 「新入社員でしょ? 入るのは。そんなのが手下の代わりにならなるわけない。他の人に俺の顧客を任されないですよ」
  手下は少し嬉しそうな顔をして俺を見つめてくるが、鬼熊さんは俺の心を見透かすようにこちらを見て笑った。そして手下に視線を戻す。
 「強制するつもりはないわ。でも貴方なら出来ると思われたから選ばれたの。どちらにしても今後は商品についての研修には参加してもらうわね」
  鬼熊さんがゴネればまだ潰せた話だったが、そうはしなかったようだ。業務に関して鬼熊さんは、佐藤さふじ部長に近い感覚をもつ。情深いようで、こういう人事に関してはドライである。
  それで話は終わりと言う感じで解散を言われてしまうと手下も何も言えなくなる。不安からすっかり暗い表情になっている手下に続いて部屋を出ようとしたら鬼熊さんに引き止めてきた。仕方がなく俺だけ戻り先程の席でなく話しやすいように前に座る。
 「もう分かっていると思うけど、貴方の異動はないわよ」
  俺は苦笑して頷く。分かっていたからショックもない。
 「色々裏で動いているのは知っているけど」
  ニヤリと意味ありげに鬼熊さんは笑う。
 「別にコソコソ何かしているつもりはないですが」
  異動願いを出しているし、ハッキリと希望を周囲には伝えている。そして堂々と他の部署の人と仲良くしているだけだ。
 「その曲げない意思は素晴らしいと思っているわよ。
  でも今回の事で私の気持ちも分かってくれた? 必死に育てても他所に部下取られる悔しさを。しかも他の人とは違って貴方は自分から出て行きたいと言う薄情さだからムカツキはその倍よ!」
  鬼熊さんは、今迄一生懸命育てた部下をこうやって取られ続けてきたからのこの冷静さなのだろう。
 「感謝していますよ、鬼熊さんには言葉にしきれないくらい。それに鬼熊さんと仕事出来なくなるなるのは寂しいですが、逆に何時までも巣立たない部下も嫌でしょ」
 「感謝しているならもっと敬意をもって接してね」
  二人で笑い合う。しかし直ぐに鬼熊さんは顔を引き締める。
 「貴方の仕事の仕方というか、感覚的なもの見ると営業的ではないわね。個性的で個人的。
  確かにそう言う意味では貴方に向いている部署はここではないのかもしれない」
  やはり談笑だけで終わらなそうだ。お叱りの言葉がくることを覚悟して姿勢を正す。
 「それは貴方の良さであり、それが実績として結果を出しているから悪い事ではないのよ。ただね会社としてはそのやり方は少し改めた方が良いわよ。
  貴方がこの部署から出ていくつもりならば特にね」
  俺はそう、言われ戸惑うしかない。
 「……俺はそう特別な事していないでしょう」
  鬼熊さんは笑う。ダメな生徒を、見つめる女教師のように。
 「貴方が手下を手放すの嫌がったのも、あの子なら貴方が影響を維持しまま継承していけるからでしょ? でもこの営業部としてはそれではダメなの。確かに個の力は大切よ、でも一人が抜けたら他の人が困るやり方での仕事は止めて欲しい。また課を超えてまだコチラに変なしがらみを残すようなやり方は困る。
  貴方は全てを抱え込み過ぎるから。仲間と仕事を共有して動かす事が本当に下手。それは致命的な欠点よ」
  そこまでも独善的な仕事の仕方をしているつもりはない。鬼熊さんに報告はしているし、手下もコキ使っている。そう言葉でも答えるが鬼熊さんは苦笑する。
 「貴方はマメゾンと顧客ではなく、清酒くんと顧客という関係で仕事している。
  貴方一人が把握して動く部分が多過ぎる。それではダメなの。貴方がいなくなったら他の人は貴方のように動く事も出来ない」
 「別に俺は、仕事を一人占めしようなんて」
  鬼熊さんは頷く。
 「それは分かっている。責任感強いからキチンと細かい所まで気を使いお客様の面倒みてしまう。また人に説明してやってもらうより自分で動いた方が早いから自分で動いてしまう。でももう少しチームを意識して動い……」
  その時俺のポケットのスマフォが震える。こう言う時だから無視していても震え続ける。バイブレーションにしていても結構音が響くものである。止まない事から電話のようだ。
 「出たら?」
  そう言われ『失礼します』といいスマフォを出しディスプレイを見ると『清瀬秀政』と表示されている。俺は別の意味で、鬼熊さんの前で出て良いものかとその顔を見てしまう。それで席を立ち少し離れ電話に出る。
 『あ~出てくれた♪ 良かった!!』
  大声が聞こえて、思わずスマフォを耳から話す。後ろの騒がしさからロッカールームからかけているみたいだ。鬼熊さんにも聞こえたのだろうコッチ見て『え?』と小さく声を出す。
 「お久しぶりです。どうかされました?」
  バレてそうだが、そう話を切り出す。
 『あのさ初芽さんちの猫、今ウチで預かってるんだけど、餌まったく食べてくれないんだ。
  でさ、アイツが好きな食べ物とか知らない?』
  俺は思わず鬼熊さんを見てしまう。鬼熊さんはハアとため息をついた。
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