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フルシティロースト

その立ち直りの早さが頼もしい

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 今日は十二月にしては暖かく天気もよかったのでドゥーメチエのパンとスタンドで購入した珈琲を手に公園でランチをすることにした。
 彼女が出来ると付き合いが悪くなるというが、その逆もあるようだ。人寂しいか、いつもよりも人と積極的に関わっている俺がいる。移動の件で悩んでいる手下の相談にのってやったり、ポン酒の会のメンバーと食べにいったりという時間を過ごしている。またその反動でこうして一人になりたい心境も強く、真逆の欲求に揺れる俺の情緒はまだ不安定のようだ。
 俺がランチを持ってペンチに座るとグレーのチビ猫が茂みから顔を出し、ジーとコチラを見つめてきた。そしてパンを出すとトコトコと近づいてきてベンチの前にチョコンと座りニャーと啼く。中のチキンを少し千切り投げると嬉しそうにソレを食べる。そしてチラリと見上げさらに強請る。毎日合うわけでもないが、それなりに交流を深め公園にいるこの灰色のチビ猫とは、まあ仲良くなれた気がする。いわば同じ釜の飯ではないけど、ランチを分け合う関係になっていると思うのだが、撫でようとするとスッと逃げて、今度は少し離れた所でランチを食べるOL の所へとトコトコ行ってしまう。そこが、その猫と俺との距離の限界なようだ。
 気ままで自由それでしかも頭よくチャッカリしている、それが猫というもの。その行動は見ている分には面白い。今日は十二月だというのに暖かく、お腹が満足したのか陽だまりを見つけ毛繕いしてから昼寝している。猫を好きではないが、猫のこういった生き方は楽しそうに思う。
 あのスモーク毛の猫はシッカリ初芽についていき今も側にいて初芽に甘えているのだろう。勝負するのも変だけど、初芽に関してはマールの方あらゆる意味で、勝っていた。相談もされていたし、彼女を癒していたのかもしれない。猫にも負ける存在だったと嘆くなは流石に卑屈過ぎるだろうか?
 俺は離れた所でスヤスヤと心地よさそうに眠る猫を珈琲飲みながら苦笑しながら見つめていると、会社の携帯が震えてディスプレイを見ると見慣れぬ携帯の番号が表示されていた。
「マメゾン第二営業部の清酒です」
「久しぶりです。棚瀬です。高澤商事の」
 思いもしなかった相手に少し驚く。しかも会社にではなく、携帯にかけてくる意図が分からなかった。高澤商事は担当も変わり関れなくなってしまい訪問する事はしてない。だから俺に直接連絡をとりまた橋渡しを頼みにきたというのだろうか? あの馬鹿はもういないとはいえ、初芽を苦しめ続けてきた事で高澤への俺の感情は最悪になっている。初芽が抜けて棚瀬部長も大変なのだろうが、紹介したとして誰が担当するのか? そこにも不安がある。俺からみてハッキリいって棚瀬部長以外、いけ好かない輩ばかりの会社である。
「……ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
 当たり障りのない言葉を返すと、棚瀬部長の笑い声が聞こえる。
「変に構えないでくれ、君には迷惑かけたのは分かっているだけに、厚かましく何か頼もうとは思ってないから安心して。少し話したい事あって良いかな?」
 俺は若干の戸惑いを覚えつつ、今夜会う約束をして電話を切る。
 ゴミをまとめ立ち上がる。そして持っていた包みをゴミ箱に放り込み公園を後にした。

 モヤモヤした気持ちのままJoyWalkerへと足を踏み入れる。煙草さんは笑顔で迎えてくれるが、俺は首を傾げてしまう。
「どうかされました? 少し元気ないですが」
 煙草さんは、ビックリした、顔で俺を見上げてくる。その表情は『何故分かるの?』と書いてある。彼女の笑顔の繕い方が下手なわけなく、明るく歓迎の意図を伝える笑顔をちゃんと作っていたが、俺が編集部に入った時、煙草さんの表情がわかり易く落ち込んでいる様子だったので流石に察する事ができた。
 別にほっとけば良いのだが、つい聞いてしまう。手下の件でもそうだが、人の悩みに接している間は、自分の心のウダウダから気を逸らす事が出来るし、この能天気な子が真剣に何悩んでいるのか? という事も気になってしまったから。
 煙草さんは恥ずかしそうに俯く。
「お恥ずかしいです。いい大人が」
 まあ年齢的に大人なのだろうが、俺には彼女が若く見えるので『大人』という言葉に違和感を覚える。かといって幼いと思っている訳ではないのだが……。
「いえ、何となく元気ないように見えただけですから」
 チラリと俺を見上げる。そしてハアと溜め息を吐き困ったように笑う。
「いえ、そんな大した理由ではないんです。自分の未熟さが歯痒いだけで」
 俺が首をかしげて煙草さんを見つめると『ン~』と小さく声上げて溜め息をつく。
「今日来年の三月号の企画会議があったのですが。私の出した案だけが稚拙というか情けない内容で。なんでこんなに凡庸なアイデアしか出ないのかと。他の方は聞くだに面白そうな企画あげてくるのに……」
 馬鹿にしたのでは無いが、なんかその顰め面して話す様子が可愛くてフッと笑ってしまう。仕事に打ち込む姿勢もなんか健気に見えて微笑ましい。煙草さんは俺が笑った事で、俺の顔をジッと見上げてくる。こうしてジッと人を見つめてくる所がやはり猫っぽい。
「まあ編集長たちも、まだそこまで期待してないんではないですか? 使えるのがあればそれでよしという感じだと思いますし」
 煙草さんは俺の言葉に「う」と声をあげる。言い方悪かったかもしれない。
「君に能力がないというのではなくて、まだ圧倒的に経験が足りないですよね。他の編集者は最低でも五年以上のキャリアをもっているのですから発想力や企画力が劣るのは当然ではないですか?」
 煙草さんは真剣な表情で俺の話を聞いて、その内容について考えているようだ。こんなに真剣に話を聞かれると、なんか語りたくなるものである。
「今、煙草さんがすべき事は、編集者としての感覚を磨くことなのではないでしょうか? アウトプットするよりもインプットすることが重要ではないですか。知識やノウハウを蓄積する時期な気がします」
「感覚を磨く為に蓄積……
 あの清酒さんは、どうされてきました?」
 俺の言葉に素直に頷き、煙草さんは真剣な顔でそう聞いてくる。まさかそんな風に逆に質問されるとは思わなかった。
「え、私は営業ですから」
 煙草さんはニコリと笑う。
「編集長と田邊さんがよく言っていますよ。清酒さんは持ち込んでくる情報やネタがいつも面白いって。情報と人を繋ぐ感覚が鋭いと!」
 キラキラとした瞳でそう言われると少し恥ずかしくなる。
「そう言ってもらえているのは嬉しいですが、私のそう言った事は新しいモノを作り出したり発見したりと言うことではなく、物事を対話に活用しているだけの事ですから」
「それも、私の仕事と同じですよね。ゼロから何か作っているのではなくて、今あるものから物事を、チョイスして人の心に響くように見せている意味では」
 そこまで俺は大層な仕事しているつもりはない。人脈とか情報をただ繋いでいるだけである。
「……まあ、私の場合は人の話をよく聞くという事ですね?
 あと色んな面白そうな事を日常で拾っておくという感じでしょうか? 美味しい店とか、面白い場所とか、するとそれぞれのお客様にそういえば、『こんなお店ありました』『そこのラーメン旨かったですよ』とか話のタネとして使えますし」
 『成程!』 と感心したように頷かれ尊敬の眼差しをされると非常に擽ったい。
「ありがとうございます。なんか奮起しました! 自己嫌悪している間があれば、知識や技能身に着けて自分を磨けってことですよね! 頑張ります!」
 男としてまだまだで、恋人に見放され振られ、自分の未熟さ情けなさに自己嫌悪してくさってただウダウダしていたのは実は俺の方。
 相談に乗っていた筈が、足踏みしてしまった俺より先に、あっさり煙草さん道を見つけ歩きだそうとしている。
「どうかされました? 単純なヤツって呆れられちゃぃました?」
 俺は慌てて顔を横に振る。
「いや、煙草さんは逞しいなと感心してしまいました。私も負けてられませんね」
 煙草さんはキョトンとした顔をするが、直ぐにニッコリと笑う。
「逆ですよ! 清酒さんがスゴイから、私も引っ張られ頑張るんです! だから私は必死で追い掛けていますから清酒さんは今の調子で進まれてください!」
 煙草さんと話をしているといつも感じるのだが、この子には俺という人間に見えているのだろうか?
「このペースならアッという間に迫られてしまいそうだ」
「そのレベルまでいけたら本望です! 清酒さんが振り向いたら私が、思った以上に近くにいて驚かれるように頑張ります!」
 煙草さんはなんかこういう比喩的表現がなんか面白い。思わず素で笑っていた。笑ったことで、なんかチョットだけだけど楽になった。元々煙草さんが努力家である事を忘れていた。求める部署への移動も出来ず苛立ち、初芽の事を引き摺っている間に、煙草さんはアクティブに仕事をして様々なモノを吸収して立派な社会人になっていたように思う。俺がアドバイスするまでもなく、彼女は凹んでも躓いてもすぐに起き上がり前に歩いていける子なんだろう。
 相談を受けていながらこう思うのもオカシイが、何に対してかは分からないが頑張らないと! と奮起することはできた。
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