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フレンチ・ロースト
予兆
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月曜日職場に行くと、佐藤部長と澤ノ井さんに呼ばれ仕方が無く近付く。というのは二人のなんともニヤニヤした表情が気持ち悪いので。澤ノ井さんは佐藤部長とは癖のあるどおし仲は良いようだ。佐藤部長がこの澤ノ井さんの性格を気にしないところが、他の営業からみて澤ノ井さんの扱いの困っている所とも言える。
「おはようございます。気持ち良い朝ですね。実は直ぐにミヤジマさんに呼ばれているのですが」
ニッコリと笑い先に忙しい事を伝えておく。
「いや、そんなに手間取らせる話ではないから。
……ナカマメ会の次年度会長を君がする事になったから、頑張ってね」
俺は軽く言われたら言葉に引き攣るしかない。
「どういう事ですか? 次年度からリーダーになるばかりの俺がなんでイキナリ会長ってオカシイでしょうに!」
【ナカマメ会】は【中堅マメゾン社員交流会】の略称で、リーダーからチーフまでの地位の人間が横の繋がりをもって会社を盛り上げようという会。一般企業でいう所の主任から主査にあたるつまりは中間管理職というキツイ立場の人間が集まって意見を交換することで団結して会社を盛り上げていこうという集まり。
「ああ、それな。ナカマメ会の会長は【会長】という名の【雑用係】だから一番下っ端がやるのが風習なんだよ。議事進行だけでなく、予算書などいった面倒な書類の作成提出とか雑用が主な仕事だから問題ないよ」
なんだそれ。もう説明で【雑用】とか【面倒な】って言葉が入っているし、やりたくないという気持ちしか湧いてこない。
「他に適任者いるのではないですか?」
「君が一番似合うと思って推薦しておいた」
間髪いれずにそう言う言葉か帰ってくる。もう俺に話が来る前に決定していた事項なようで俺は大きく 溜息をつく。
席に戻って状況を鬼熊さんに話したら苦笑された。
「私も過去にやったけど、結構色々面倒よ! ソレ。頑張って!
でもそういう細かい作業って清酒くんは得意だから大丈夫よ!」
そう笑顔で流されてしまった。こうして身近に経験者がいるのならば、まだ恵まれているともいうことかもしれない。
ミヤジマ食品をはじめ四件程周り夕方にマメゾンに戻る。気分転換に商品企画部へと立ち寄る事にした。多分煙草をする人にとっての喫煙室と同じで、此処は俺にとっての憩いの空間。行くと歓迎してもらえるし、久保田さんなり高清水部長が美味しい珈琲を振る舞ってくれる。昨年引き抜かれ商品開発にいる徳丸さんの話も聞けて楽しく、最近は広報戦略部ではなくコチラに来ている事が多い。徳丸さんは顧問という形で会社にいる、彼自身がある有名な喫茶店のオーナー兼社長で今後マメゾンが立ち上げるスペシャリティー珈琲専門のカフェの運営のアドバイザーとして参加している。個の力で珈琲の世界を作り上げてきた方だけに話が面白い。今日は高清水部長と徳丸さんと久保田さんと一緒に珈琲を飲んでいた。
すでに【ナカマメ会】の一員である久保田さんに、今朝の突然の任命を愚痴ると何故か久保田さんは喜びお祝の言葉を言われてしまった。
「単なる雑用という話ですがね」
そう返すと、久保田さんはニコニコ笑って顔を横にふる。
「それは澤ノ井さん流の激励の言葉だよ。
あのさ、ナカマメ会の会長って実は歴代結構な面子がやってきているって知っていた? その昔は白鶴部長もそうだし、澤ノ井さんもしかり、マメゾン出世街道の入り口ともいわれているんだ」
穏やか久保田さんの前だと、変に斜に構えたり生意気な事いったり突っぱねる事もできず『それは、』と濁した返事しか返せない。
佐藤部長と澤ノ井さんに目をかけてもらっているのは分かる。だからここは素直に喜ぶべきなのだろう。ただ俺のやりたいことを一つ飛び越えた先の事を求められている気もして、若干戸惑ってしまう所もある。
「出世か~俺ってどの方向をこの会社で目指しているんだろうな。イマイチ色々ピントこない」
久保田さんはそんな俺を面白そうに見ている。
「澤ノ井さんと違って、君は意外とそういう所は無欲だから面白いよね。澤ノ井さんみたいに逆にアソコまでハッキリしているのも気持ち良いというか羨ましい気もするけど。君のそういう所に俺はなんか好きだよ」
俺は珈琲を一口飲んで肩を竦める。澤ノ井さんの今回の人事は部長二人の思惑と澤ノ井さんの出世欲が合致した結果のようだ。男だから会社で認められるのは嬉しい。それに出世して上にいけばそれだけ自分の意見も通しやすくなり、自分の思うように物事を動かせるようになるのは楽しいとは思う。しかし、だからといってゆくゆくは取締役とかになりたいのか? というと悩んでしまう。今は目の前の事にイッパイイッパイというのもあるし、そんな自分が想像できない。
「まあ、こういう大企業の中も、それならではの面白さはあるから、それを今は楽しんだら。
まっマメゾンで学べる事を吸収で出来るだけ吸収して、会社を利用するだけして。あとは自由にやるのもいいさ。俺みたいに。
久保田くんは清酒くんをガツガツしてはないといったが、情熱を向けている方向が澤ノ井くんとは違うだけだ。一途だし自分の心に素直で貪欲だ」
俺は徳丸さんの言葉に首を傾げる。
「誉めているんだよ。それにそういう君の事を気に入ってるし。いい事だと思う。俺は応援している。
もし独立して何かやりたいとか考えているなら相談にのるよ。いくらでも」
俺はその言葉に、固まってしまう。心臓が一瞬ドキリとした。
「徳丸さん、そういう誘惑とか引き抜き勧誘行為は止めてください」
徳丸さんの言葉に俺が反応する前に、高清水部長が苦笑して話に割り込んでくる。俺はそのやりとりを聞いているうちにやっと苦笑いという表情を作ることが出来るようになる。
「流石に独立とは、考えていませんよ、今は。
それよりもマメゾンで色々やってみたいこともありますし」
内心の動揺を隠しそう応えることにする。
「今はね」
徳丸さんの言葉に俺は二コリと笑う。
「それよりも、会社用の珈琲サーバーですが。今ガラスサーバーなのですが、あれどうにかなりませんか? あの方式だと保温というより珈琲に煮詰めるだけですぐに不味くなる。ポットタイプのモノに変更するのってどうなのでしょうね。ポットタイプの方が煮詰まる事もなく味も保てそうに思うのですが――」
不自然に話題を変えてしまったのは何故だったか。考えもしていなかった事だったがそれを徳丸さんに言われてしまったことで思った以上い俺は動揺していた。その言葉になぜそこまで心が揺れたのか? この時は無理やり気付かない振りをした。
心に妙な疼きを感じながら、営業に戻る。机の上に前任者から届いた【ナカマメ会】の資料が届いていた。いつもの終業処理を終わらせ、その資料に目を通して、気持ちを必死にマメゾンへと戻していく。改めて自分の会社での立ち位置というのを考える。営業以外のメンバーの発言は営業しかしらない俺にとって新鮮で面白い。正直一般会員としてもナカマメ会が面倒だと思っていたが、思ったよりも色々面白いのではないかと思えてきた。
過去の議事ログ等を読んでいると、あっという間に時間が経っていた。気が付くと営業二課で残っているのも俺一人だった。伸びをしてから資料箱に戻し封をして、机の下に一旦仕舞う。そして閉室作業を行ってから会社を後にした。
帰りの電車でスマフォをチェックしていて首を傾げる。今日はLINEに煙草さんからの連絡が朝の挨拶以降ない。まあ取材とか忙しい時はメッセージも少なくなるのだが、朝以降何も連絡ないのは珍しい。しかも今日はドゥー・メチエに取材した後だけにその報告を煙草さんなら絶対してきそうなのに。
【ただいま! 俺は今会社帰りです】
そうメッセージを送ると、以外な事に【お疲れさまです】と可愛く挨拶する猫のスタンプが速攻帰ってくる。ついスタンプでなく煙草さんの声を聞きたくて通話ボタンを押してしまう。
『おかえりなさい! 清酒さん。お疲れさまです』
煙草さんの明るい声になんかホッとして心が温かくなる。
「ただいま。煙草さんは今、大丈夫だった?」
『はい、お家でノンビリしていただけなので! 清酒さんはこんな時間まで大変ですね』
気遣ってくる言葉が気持ち良い。
「仕事というか、来年度から引き受ける仕事の資料読んでいただけなので。
それより、煙草さんこそお疲れさま。今日も取材などもあって大変だったのでは」
そう聞き返すと、何故か不自然な沈黙が降りる。
「煙草さん? どうかした? 何かあったの?」
『いえいえいえいえいえ! 何も! 大丈夫です! はい!』
テンション高くそう返してくる感じが、なんか不自然である。
「今日はドゥー・メチエさんを取材だったよね? 何か問題でもあったの?」
「いえ! 何も! はい! 何も……」
この異様な返しの速さは何なんなのだろうか?
『おっしゃっていた通り素敵なパン屋さんでした。お客様にも愛されているし、店長さんも優しくて良い方でしたし。そ、それにお土産に試作のパンまで頂いてしまって。それも美味しくて――』
俺が何かを聞く前に、煙草さんは本日の取材の様子をダラダラと話し続ける。それを聞いている分には何もなさそうだけど、いつもの明るさが感じられず淡々と状況を説明してくる様子がなんか変である。
「煙草さん、元気ないように感じるけど、本当に大丈夫?」
話が途切れた所でそう聞いてみると『ウ』と声が聞こえる。
『大丈夫です。ただ今日の取材張り切りすぎて挑んだので疲れてしまったみたいで。素敵なお店だったので、いい紹介記事にしてみますよ! はい!』
いつになく口は重いのに、不自然にハキハキした口調の煙草さん。今日の所はソッとしておいた方が良いのかもしれない。
「だったら、早めにゆっくり休んだほうがいいよ。もう今日はお休みなさい」
そう言うとスピーカーの向こうからフフという声が聞こえる。
『はい! ありがとうございます。でも、清酒さんの声聞いてなんかホッとしたというか元気出ました。今日はこのまま寝て、やる気チャージして明日に備えます!』
少しいつもの明るさのある声が帰ってきて俺もホッとする。
「良かった。俺も煙草さんのカワイイ声を聞いて元気出たよ。今夜はいい夢を見れそうだ」
『ぇ……ぁ。ソンナ事……いえ、良かったです。清酒さんも元気になったのなら。
そうですね、頑張らねば!
二人で【この今週】を頑張って乗り越えましょう!』
赤くなって照れまくっているのが電話越しでも分かって笑ってしまう。しかし【この今週】と態々言う所をみると、何か正念場的なものが今週煙草さんにはあるようだ。
「そうだね、俺は煙草さんを応援しているから頑張って乗り越えて」
『はい! 私も清酒さんを応援しますから! 頑張って下さい』
俺は何を頑張れば良いのだろうか? とりあえず仕事を頑張る事にしようかと考える。電話を切り一人に戻り、チョッピリ寂しさを感じた。するとスマフォが震える。
煙草さんとのLINEを見るとココアの写真が送られていた。
【外寒いですよね。温かさのおすそ分けです】
続けてきたメッセージに夜道で一人ニヤついてしまう。
【ありがとう、ごちそうさま。
心が温まったよ。家までポカポカして気持ちでかえれそうだ】
そうするとニカっと笑った猫のスタンプが返ってきた。それが煙草さん自身の笑顔に重なってより可愛く見えた。
「おはようございます。気持ち良い朝ですね。実は直ぐにミヤジマさんに呼ばれているのですが」
ニッコリと笑い先に忙しい事を伝えておく。
「いや、そんなに手間取らせる話ではないから。
……ナカマメ会の次年度会長を君がする事になったから、頑張ってね」
俺は軽く言われたら言葉に引き攣るしかない。
「どういう事ですか? 次年度からリーダーになるばかりの俺がなんでイキナリ会長ってオカシイでしょうに!」
【ナカマメ会】は【中堅マメゾン社員交流会】の略称で、リーダーからチーフまでの地位の人間が横の繋がりをもって会社を盛り上げようという会。一般企業でいう所の主任から主査にあたるつまりは中間管理職というキツイ立場の人間が集まって意見を交換することで団結して会社を盛り上げていこうという集まり。
「ああ、それな。ナカマメ会の会長は【会長】という名の【雑用係】だから一番下っ端がやるのが風習なんだよ。議事進行だけでなく、予算書などいった面倒な書類の作成提出とか雑用が主な仕事だから問題ないよ」
なんだそれ。もう説明で【雑用】とか【面倒な】って言葉が入っているし、やりたくないという気持ちしか湧いてこない。
「他に適任者いるのではないですか?」
「君が一番似合うと思って推薦しておいた」
間髪いれずにそう言う言葉か帰ってくる。もう俺に話が来る前に決定していた事項なようで俺は大きく 溜息をつく。
席に戻って状況を鬼熊さんに話したら苦笑された。
「私も過去にやったけど、結構色々面倒よ! ソレ。頑張って!
でもそういう細かい作業って清酒くんは得意だから大丈夫よ!」
そう笑顔で流されてしまった。こうして身近に経験者がいるのならば、まだ恵まれているともいうことかもしれない。
ミヤジマ食品をはじめ四件程周り夕方にマメゾンに戻る。気分転換に商品企画部へと立ち寄る事にした。多分煙草をする人にとっての喫煙室と同じで、此処は俺にとっての憩いの空間。行くと歓迎してもらえるし、久保田さんなり高清水部長が美味しい珈琲を振る舞ってくれる。昨年引き抜かれ商品開発にいる徳丸さんの話も聞けて楽しく、最近は広報戦略部ではなくコチラに来ている事が多い。徳丸さんは顧問という形で会社にいる、彼自身がある有名な喫茶店のオーナー兼社長で今後マメゾンが立ち上げるスペシャリティー珈琲専門のカフェの運営のアドバイザーとして参加している。個の力で珈琲の世界を作り上げてきた方だけに話が面白い。今日は高清水部長と徳丸さんと久保田さんと一緒に珈琲を飲んでいた。
すでに【ナカマメ会】の一員である久保田さんに、今朝の突然の任命を愚痴ると何故か久保田さんは喜びお祝の言葉を言われてしまった。
「単なる雑用という話ですがね」
そう返すと、久保田さんはニコニコ笑って顔を横にふる。
「それは澤ノ井さん流の激励の言葉だよ。
あのさ、ナカマメ会の会長って実は歴代結構な面子がやってきているって知っていた? その昔は白鶴部長もそうだし、澤ノ井さんもしかり、マメゾン出世街道の入り口ともいわれているんだ」
穏やか久保田さんの前だと、変に斜に構えたり生意気な事いったり突っぱねる事もできず『それは、』と濁した返事しか返せない。
佐藤部長と澤ノ井さんに目をかけてもらっているのは分かる。だからここは素直に喜ぶべきなのだろう。ただ俺のやりたいことを一つ飛び越えた先の事を求められている気もして、若干戸惑ってしまう所もある。
「出世か~俺ってどの方向をこの会社で目指しているんだろうな。イマイチ色々ピントこない」
久保田さんはそんな俺を面白そうに見ている。
「澤ノ井さんと違って、君は意外とそういう所は無欲だから面白いよね。澤ノ井さんみたいに逆にアソコまでハッキリしているのも気持ち良いというか羨ましい気もするけど。君のそういう所に俺はなんか好きだよ」
俺は珈琲を一口飲んで肩を竦める。澤ノ井さんの今回の人事は部長二人の思惑と澤ノ井さんの出世欲が合致した結果のようだ。男だから会社で認められるのは嬉しい。それに出世して上にいけばそれだけ自分の意見も通しやすくなり、自分の思うように物事を動かせるようになるのは楽しいとは思う。しかし、だからといってゆくゆくは取締役とかになりたいのか? というと悩んでしまう。今は目の前の事にイッパイイッパイというのもあるし、そんな自分が想像できない。
「まあ、こういう大企業の中も、それならではの面白さはあるから、それを今は楽しんだら。
まっマメゾンで学べる事を吸収で出来るだけ吸収して、会社を利用するだけして。あとは自由にやるのもいいさ。俺みたいに。
久保田くんは清酒くんをガツガツしてはないといったが、情熱を向けている方向が澤ノ井くんとは違うだけだ。一途だし自分の心に素直で貪欲だ」
俺は徳丸さんの言葉に首を傾げる。
「誉めているんだよ。それにそういう君の事を気に入ってるし。いい事だと思う。俺は応援している。
もし独立して何かやりたいとか考えているなら相談にのるよ。いくらでも」
俺はその言葉に、固まってしまう。心臓が一瞬ドキリとした。
「徳丸さん、そういう誘惑とか引き抜き勧誘行為は止めてください」
徳丸さんの言葉に俺が反応する前に、高清水部長が苦笑して話に割り込んでくる。俺はそのやりとりを聞いているうちにやっと苦笑いという表情を作ることが出来るようになる。
「流石に独立とは、考えていませんよ、今は。
それよりもマメゾンで色々やってみたいこともありますし」
内心の動揺を隠しそう応えることにする。
「今はね」
徳丸さんの言葉に俺は二コリと笑う。
「それよりも、会社用の珈琲サーバーですが。今ガラスサーバーなのですが、あれどうにかなりませんか? あの方式だと保温というより珈琲に煮詰めるだけですぐに不味くなる。ポットタイプのモノに変更するのってどうなのでしょうね。ポットタイプの方が煮詰まる事もなく味も保てそうに思うのですが――」
不自然に話題を変えてしまったのは何故だったか。考えもしていなかった事だったがそれを徳丸さんに言われてしまったことで思った以上い俺は動揺していた。その言葉になぜそこまで心が揺れたのか? この時は無理やり気付かない振りをした。
心に妙な疼きを感じながら、営業に戻る。机の上に前任者から届いた【ナカマメ会】の資料が届いていた。いつもの終業処理を終わらせ、その資料に目を通して、気持ちを必死にマメゾンへと戻していく。改めて自分の会社での立ち位置というのを考える。営業以外のメンバーの発言は営業しかしらない俺にとって新鮮で面白い。正直一般会員としてもナカマメ会が面倒だと思っていたが、思ったよりも色々面白いのではないかと思えてきた。
過去の議事ログ等を読んでいると、あっという間に時間が経っていた。気が付くと営業二課で残っているのも俺一人だった。伸びをしてから資料箱に戻し封をして、机の下に一旦仕舞う。そして閉室作業を行ってから会社を後にした。
帰りの電車でスマフォをチェックしていて首を傾げる。今日はLINEに煙草さんからの連絡が朝の挨拶以降ない。まあ取材とか忙しい時はメッセージも少なくなるのだが、朝以降何も連絡ないのは珍しい。しかも今日はドゥー・メチエに取材した後だけにその報告を煙草さんなら絶対してきそうなのに。
【ただいま! 俺は今会社帰りです】
そうメッセージを送ると、以外な事に【お疲れさまです】と可愛く挨拶する猫のスタンプが速攻帰ってくる。ついスタンプでなく煙草さんの声を聞きたくて通話ボタンを押してしまう。
『おかえりなさい! 清酒さん。お疲れさまです』
煙草さんの明るい声になんかホッとして心が温かくなる。
「ただいま。煙草さんは今、大丈夫だった?」
『はい、お家でノンビリしていただけなので! 清酒さんはこんな時間まで大変ですね』
気遣ってくる言葉が気持ち良い。
「仕事というか、来年度から引き受ける仕事の資料読んでいただけなので。
それより、煙草さんこそお疲れさま。今日も取材などもあって大変だったのでは」
そう聞き返すと、何故か不自然な沈黙が降りる。
「煙草さん? どうかした? 何かあったの?」
『いえいえいえいえいえ! 何も! 大丈夫です! はい!』
テンション高くそう返してくる感じが、なんか不自然である。
「今日はドゥー・メチエさんを取材だったよね? 何か問題でもあったの?」
「いえ! 何も! はい! 何も……」
この異様な返しの速さは何なんなのだろうか?
『おっしゃっていた通り素敵なパン屋さんでした。お客様にも愛されているし、店長さんも優しくて良い方でしたし。そ、それにお土産に試作のパンまで頂いてしまって。それも美味しくて――』
俺が何かを聞く前に、煙草さんは本日の取材の様子をダラダラと話し続ける。それを聞いている分には何もなさそうだけど、いつもの明るさが感じられず淡々と状況を説明してくる様子がなんか変である。
「煙草さん、元気ないように感じるけど、本当に大丈夫?」
話が途切れた所でそう聞いてみると『ウ』と声が聞こえる。
『大丈夫です。ただ今日の取材張り切りすぎて挑んだので疲れてしまったみたいで。素敵なお店だったので、いい紹介記事にしてみますよ! はい!』
いつになく口は重いのに、不自然にハキハキした口調の煙草さん。今日の所はソッとしておいた方が良いのかもしれない。
「だったら、早めにゆっくり休んだほうがいいよ。もう今日はお休みなさい」
そう言うとスピーカーの向こうからフフという声が聞こえる。
『はい! ありがとうございます。でも、清酒さんの声聞いてなんかホッとしたというか元気出ました。今日はこのまま寝て、やる気チャージして明日に備えます!』
少しいつもの明るさのある声が帰ってきて俺もホッとする。
「良かった。俺も煙草さんのカワイイ声を聞いて元気出たよ。今夜はいい夢を見れそうだ」
『ぇ……ぁ。ソンナ事……いえ、良かったです。清酒さんも元気になったのなら。
そうですね、頑張らねば!
二人で【この今週】を頑張って乗り越えましょう!』
赤くなって照れまくっているのが電話越しでも分かって笑ってしまう。しかし【この今週】と態々言う所をみると、何か正念場的なものが今週煙草さんにはあるようだ。
「そうだね、俺は煙草さんを応援しているから頑張って乗り越えて」
『はい! 私も清酒さんを応援しますから! 頑張って下さい』
俺は何を頑張れば良いのだろうか? とりあえず仕事を頑張る事にしようかと考える。電話を切り一人に戻り、チョッピリ寂しさを感じた。するとスマフォが震える。
煙草さんとのLINEを見るとココアの写真が送られていた。
【外寒いですよね。温かさのおすそ分けです】
続けてきたメッセージに夜道で一人ニヤついてしまう。
【ありがとう、ごちそうさま。
心が温まったよ。家までポカポカして気持ちでかえれそうだ】
そうするとニカっと笑った猫のスタンプが返ってきた。それが煙草さん自身の笑顔に重なってより可愛く見えた。
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