サトウヒロシ

白い黒猫

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イカれた世界の真ん中で……

家族の分まで幸せに

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 その後マスコミは影山レジャーランドの安全管理体制をいかにもな感じで責め、被害者を大袈裟な程憐れみつつ……無遠慮に被害者の近所の人などのインタビューコメントを流し続けた。
 佐藤の家族と仲良くしていたという隣人は化粧をしっかりした妙によそ行きの姿でテレビに映っていた。
『それはもう、絵に描いたように素敵で、見るからに幸せそうな家族でした。それなのに何故こんな事に……』
 涙を拭う動作をしてコメントをする。

 過去の三回の災害の時と同じ。
 佐藤の家族に死をもたらした悲劇の事故で、テレビや世間はお祭り騒ぎのように盛り上がる。
 さらに影山レジャーランドはネットにはオカルト的な様々な気持ち悪い噂を流され利用客も激減。経営難に陥っていったようだ。
 結果廃園と追い込まれてしまった事で、人々の感心も薄れ事故の原因も謎のまま放置された。
 誰もこの事故も、俺の家族を死に追いやった災害の事も覚えてすらいないのか、もう話題にすらしない。
 世間の人は能天気にテレビでオメデたいニュースがあれば『良かった』といって笑い、哀しい事件があれば『可哀想』と顔を顰める。
 脊髄反射で、日々あらゆる出来事を流していく。そんなものだ。

 俺はというと、影山レジャーランドの事故の十六ヶ月後に結婚をした。
 相手は【阿傍恵子】。佐藤の義理の妹。
 男女の縁とは不思議なもので、佐藤によって家族との縁を壊された二人が出会い、共に同じ傷みと想いを共有することで結ばれたという訳である。
 俺たちには子供も生まれ、喧嘩をしつつも、子供を育て成長を楽しむ、悪くない人生を過ごしている。
 そして俺達の息子が二歳になるまでの間に佐藤は再婚して子供を作り、妻子を事故で失うという事をまた繰り返し……今に至る。

「牛頭さん!」
 仕事をしていると俺の名を呼ぶ声がする。
 声のした方向を見ると佐藤がいた。手には御祝儀袋。
「第二子誕生おめでとう。
 二人目は娘だって? もうスッカリ立派なパパだな。羨ましいよ」
 俺は、少し寂しげだが朗らかに笑いかけてくる佐藤に笑みを作る。
 コイツは同僚としてだけでなく、俺達夫婦が義理の兄と義理の妹であるからか相場より多めのお祝いを贈ってくる。
『気を遣わなくて良いのに』と言葉を濁して断っても、『お願いだ! 贈らせてくれ!』と必死な様子で言われると突き返す事も出来ない。
 しかも社内だと尚更だ。
 それに佐藤は会社で誰よりも俺の結婚と子供の誕生も心から喜んでくれているようだ。
 そんな本気のお祝いの言葉を受けるのは俺としては悩ましい所がある。
 妻は勿論、佐藤からのお祝い金を、ゴキブリよりも嫌悪する。
 佐藤の祝儀袋を燃やし、金はサッサと銀行に預け事務的にお返しをして流すという事をしてきた。

 今回も佐藤からの御祝儀袋を妻に渡すと、彼女は露骨に目を釣り上げ顔を歪める。
「いつも通りお金は明日銀行に入れて、ロンダリングしてくるわ!」
 妻はそう言ってお金を袋から出し金額を確認して袋をサッサとシュレッダーにかける。
 その欠片をゴミ袋に早くも入れ替えているのをみると、明日の朝一で捨てる気だろう。
 家から佐藤を感じさせるものをなくしたいのだ。
 佐藤は妻にとって疫病神以外の何者でもない。そんな様子を見て俺はつい笑ってしまう。  
 妻は笑った俺をチロっと睨みつけてくる。
 俺は肩を竦め『お前はいつも笑っていろよ~。女の子はその方がカワイイし幸せを呼ぶから』腕に抱いていた先月生まれたばかりの娘に話しかける。
 頬を優しくつつくとキャッキャと笑う。その娘の笑顔でリビングが和む。
 妻に赤ん坊を渡してから、お茶をいれて来ることにする。
 娘は妻の腕の中で眠ってくれたようで、長男が寝ている隣の部屋のベビーベッドに運ばれた。
 リビングで改めて夫婦二人で向き合う。お祝いでもらったカフェインレスのお茶を二人で飲み、同時にフーと息を吐き微笑み合った。
 少し開けた襖の向こうから穏やかに寝ている子供達の気配。
 大した話をしている訳ではないけど夫婦のまったりとした時間。
 何でもない事だが幸せを感じる。

 視線を隣の部屋からテーブルに置かれたままの剥き出しの数枚の万札に移動させる。
 妻も俺の視線を追ったのか、お札を見て顔をまた顰める。
「アイツを恨めしく思うのは仕方がないけど、祝いの想いは素直に受け取ってやれよ」
 妻は俺の言葉に信じられないという感じで眉を寄せる。
「そりゃ俺もまだ怒りや恨みは消えてはいない。
 だってアイツの所為で俺は家族を失った。
 でもそれ以上に今は憐れに思える」
 黙りこんだまま何も言わない妻に、俺は笑いかける。
「何故……何度も家族を失ってきているのに、更にそれを繰り返す危険を犯すのか?
 何故ここまで被害者を増やし続けるのか? そこは気持ち悪いと思うし、許し難い。
 しかしそれだけアイツは必死なのだろうな。
 当たり前の幸せを手に入れようと」
 結婚して家族を作る事だけが幸せではないし、家族がいるから幸せになるわけでもない。 
 しかしそういったホームドラマをいつも序章の段階で、何度も打ち切られてしまう佐藤洋の家族に対する飢餓感がどれ程のものなのか?
 誰にも理解することなど出来ないだろう。
 俺の責めている視線や、チクリとした言葉を受け泣きそうな痛そうな顔を返してくる所からも、アイツが度重なる家族の死に何にも感じてない訳ではないのが分かる。
 寧ろ哀しみを心の中で蓄積させていっているだけで癒えることもないのだろう。
 俺の家族の墓にも毎年命日に花を手向けにきているし、妻の姉の墓にもそうだ。
 もう義兄や義妹とも言えない関係の俺たちの子供の成長を、遠くから見つめこうして祝ってくるのも、彼にとって俺達の子供は、愛した妻の名残であり、彼の子供が生きていればこうなっていた未来の姿でもあるのだろう。
 自分には手にいれられなかったものを、俺達は易々と築きあげ未来を創っている。
 そういう意味で俺達の復讐は成功しているとも言えるだろう。
「むしろさ、俺が怖いと思っているのは周りのヤツらだ」
 妻はいつになく佐藤を語る俺を心配そうに見つめてくる。
「一見善意に満ちた優しい集団のようで、俺はこの世でもっとも質の悪い残酷で無責任な野次馬にしか見えない。
 会社の仲間の結婚も不幸もTVに流れるニュース程度の興味しかない。
 他人事として『あ~めでたいね~』『可哀想にね~』と楽しんでいるだけ」
 妻は自分の姉夫婦が亡くなった時、葬儀場まで押し掛け悲劇の姿をカメラに収めようとしたマスコミや、佐藤に八つ当たりした彼女を人良さげに笑顔でとりなそうとした会社の奴らの事を思い出したのだろう。
 顔を少し曇らせる。
「俺もそういう意味では同罪でもあるか。
 佐藤は最初に妻子を亡くした後、妹と付き合った。
 その時アイツは結婚する事を躊躇っていたんだ。
 しかし俺は『お前がいつまでも哀しんでいる事は、亡くなった家族も喜ばないよ。だから家族の分まで幸せになれ』と言ってアイツの背中を押した」
「それは貴方が悪い訳ではない。貴方は違う!」
 妻は口を挟むが俺は首を横にふる。
「そして妹も死に俺はアイツを恨んだ。
 でもその状態を妹が喜ばないとも思い、君の姉との結婚話がきている時も、悩んでいたアイツに言ってしまった。
『お前が不幸のままだと妹は報われない。だから今度こそ幸せになれ! そうしたら許してやる』と」
 妻は顔を横にふる。
「それは、軽い気持ちとか面白半分で言った言葉ではないじゃない!
 貴方は妹さんを想い、そしてあの佐藤の事も本気で想って言った言葉」
 俺はその妻の言葉に苦笑しつつも頷く。
「でも皮肉な事に、結果アイツらと同じ事を俺はした。
 俺は当時、妹や君の姉についでアイツの近くにいただけに、アイツの気持ちも分かっていた。
 アイツは孤独に震え、失ってしまった家族を想い、慟哭していたよ。
 アイツに今度こそ温かい家族を作ってやることで救いたい妹の気持ちも誰よりも理解していた……。
 しかしそれが佐藤にさらなる悲劇を与え苦しめただけだ」
 妻は立ち上がりテーブルを回り俺の横に座りその手を握ってきた。
 その温かさに自分は一人ではない事を感じ、少し気持ちが楽になる。
「会社や周囲の奴らの残酷さに呆れてくる。
 その後も『君は幸せになるべきだ。亡くなった家族の為にも』という残酷な言葉をかけながら縁談を持ちかけ、佐藤を結婚させ続けていく。
 家族に飢えている佐藤は再び失う恐怖に震えながらも、今度こそと結婚を繰り返す。
 態と佐藤を苦しめ楽しむ為にやっているように感じてしまうのは俺だけかな?
 むしろ俺や君のようにいつまでも責めている事の方が、優しい行動に思えてしまう」
 妻はフフと笑い頷く。
「優しいというか、まともな感覚というべきね。
 だから私は貴方と一緒にいられるのかも。
 貴方に巡り合わせてくれた事については佐藤に感謝しないとね」
 妻はそう言って俺に甘えるように凭れてくる。
 リビングのテレビは相変わらず政治家の不祥事を糾弾したと思えば、動物の赤ちゃんが生まれたとはしゃぐ。
 某国がミサイルをまた発射したと深刻ぶった顔で伝え、様々な事でバカみたいに大騒ぎしている。
 俺はリモコンに手を伸ばしその騒音をオフにした。

 この世界って何なのだろうか?
 かなり深刻な事も、他愛のない事も、同じ重さで流されていく。
 皆が躁状態で、それらにいちいち大騒ぎして過ごしている。
 イカれていて莫迦みたいな現実世界。殆どの人間がそんな狂った世界の中で普通に生きて楽しんでいる。
 しかし佐藤にとってはどうだろうか? まるで孤地獄のような場所だ。
 積み上げても、積み上げても壊される賽の河原の子供のように、アイツは家族を作りあげては壊される事をただ繰り返していく。
 さっさと心を壊してしまえば楽なのに。

 そんな事を考え、俺はフフっと笑ってしまう。妻が俺を不思議そうに見つめてくる。
「いいね。こんな狂った世界の中でも、こうして同じ気持ちと想いで向き合える同士がいるって」
 妻が嬉しそうに笑い、俺を抱きしめキスをしてくる。
 子供は良い子にスヤスヤと眠っている。
 だから俺達は、大人の時間を過ごすことにする。この狭い世界での幸せを抱きしめる。
 明日からも狂った世界で生きていく為に……。
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