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連鎖の果てに

明確な殺意

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 スマフォを手に取りアラームを止める。ディスプレイには七月十一日の文字。それにまた溜息をついていると高橋から連絡がくる。LINEのスタンプで「おはよう♪」と脳天気な挨拶。
「おはよう! また今日だけど頑張ろう」
 そう返してみる。
「はい! 頑張ります!」
 そういうメッセージと『ハイ!』と片手を挙げ笑った猫のスタンプが返ってきた。
 この雰囲気だと、今日は会社に普通に来ると思って良いのだろうか?
 鈴木のTwitterをチェックしながら会社に向かうが変化はなし。
 もうループ現象について話し合うべきことが尽きてからは、朝待ち合わせる事もしなくなっていた。警察に鈴木を止めてもらう事も難しくなったこともある。
 あと、俺が高橋と一緒にいることが辛くなってきたから。電車の時間を変えたりルートを変えたりして出勤するようになった。少しでも生活に変化が欲しいからと高橋には言い訳をしている。
 それでも会社につく時間は前と変わらず始業三十分前には職場にいてコーヒーサーバをセットして淹れたての珈琲を楽しみ、パソコンに向かい自分とグループにきたメールをチェックして対応が必要なものは処理する。
 高橋は俺の十分程後に来て同様の作業をするのが通常の流れ。
 いつも高橋が来る時間になっても現れない。
「佐藤さ~ん! 高橋ちゃんから電話よ」
 始業五分前に山田さんのそんな声がする。それは高橋からの一時間程遅れるという電話だった。
 高橋は会社の人には寝過ごしたと言い訳していた。しかし俺は高橋が六時に起床していた事を知っている。
 高橋は何で遅刻したのか、二人きりになった時に聞いてもただ、謝るだけで理由を一切言わなかった。そして今日も鈴木は動くことはなかった。
 次の日の高橋は遅刻はしなかったが、始業ギリギリでやってきて、少し寝過ごして慌ててやって来たと皆には笑って答えている。この日も鈴木の動きはなし……。
 更に次の日はいつもよりかは遅いが常識範囲で会社に高橋は出社した。そして無邪気な笑顔で俺に挨拶をしてくる。鈴木は沈黙したままだった。
 高橋はその後遅刻する事は無くなる、しかし鈴木は全くネット上で動かなくなる。そこに違和感しか感じない。
 高橋は毎日のように俺を夜ご飯に誘ってきて俺は三日に一度はそれに応じるという形て付き合っていた。
 一見今までと変わりないループ現象発生後の平和な日常。少し今まで異なるのは鈴木の話をあまりしなくなったこと。その話題を異様に高橋が嫌がるから。
 鈴木が動かなくなって十日目。起きて直ぐに着替えて家を出る。高橋からはいつものようにLINE連絡は来ている。
 向かうのは白昼夢で何度か見た鈴木のアパート。あの夢の通りの街を歩き、そしてあのアパートに辿り着く。時間は七時十一分。山手線を挟んで逆にある鈴木の家は電車の乗り換えも面倒な事もあり、思った以上にくるのに時間がかかったようだ。
 俺は階段を登り二階の鈴木の部屋の前にいく。鈴木の家の鍵はセキュリティーの甘いタイプ。鍵穴からドライバーを突っ込みある部分を弄れば簡単に解除することが出来る。素人でも直ぐに開ける事ができる程だった。
 しかしピッキングするまでもなく玄関の鍵は開いていた。俺は手袋を嵌めた手でソっとドアを開けて中に入る。
 鍵を閉めようとしたが壊れているようで空回りするだけで鍵のかかる手応えがなかった。
 部屋の中は静かなもので人のいる気配はない。俺はリビングを通り寝室へと向かう。そこに高橋はいなかった。しかしそこに広がる光景にオレは溜息をつくしかない。
 両腕はベッドヘッドの柵にバンザイした形で結束バンドで固定された男がいる。頭には何枚ものレジ袋を被らされていて顔は見えないが、その男の着ている服は白昼夢でみた鈴木のものと同じ。鈴木の部屋であるし鈴木であることは間違いないだろう。
 その袋は首の所をガムテープでグルグル巻きにされている。
 首に巻かれたテープは首全体にガチガチの状態で巻かれている。テープによって気道も圧迫されているように見える。
 被せられたレジ袋だけでなく首に巻かれたガムテープも鈴木の呼吸を阻害していたようだ。
 暴れたのだろう、手首は結束バンドにより皮膚が擦れたことにより破れ血で濡れていた。
 ソっと身体を触ってみるが全く動かない。既に死んでいる。
 袋を被されたままでは余りにも可哀想に思えた。外してやろうと首のガムテープを外そうとするが何重にもカッチガチに巻かれており手袋の手では外せない。
 また刃物を使うと、首を傷つけそうだ。俺はせめて顔は出してやりたいと余計な事を思ってしまった。
 そしてリビングにあったハサミでレジ袋を切り顔を出し愕然とする。
 鈴木の苦悶の表情が凄まじかったからではない。
 逆に鈴木の顔は見えずどういう表情をしているのかは分からない。なぜなら目・口・鼻どころか皮膚そのものが見えない程に顔全体にもガムテープが縦横無尽に張り巡らされていたから。
 口に何か詰められているのらしくその辺の形も不自然に膨らんでいる。口に詰め物をされて塞がれ、起きることは無いのに目は塞がれている。鼻も洗濯バサミか何かで挟まれた状態でガムテープで止められているようだ。この状態で充分窒息出来るレベルである。
 にも関わらず更にレジ袋を数枚被せた。かなり苦しかった筈。
 この状況から感じるのは高橋の鈴木に対する明確な悪意と殺意。俺は何も言えず何も出来ず後ずさった。
 なんとか気を取り直しここを出ることにする。激しい憎しみを込めて殺された鈴木の死体と、一秒でも同じ空間にいたくなかったから。
 駅への道を歩いていると、俺が鈴木を殺している白昼夢が次々と浮かんでくる。
 更に頭が軋むような痛みを覚えてくる。このままだと倒れそうだ。俺は駅前にあるファーストフードの店に飛び込みアイスティーを注文して席に座り頭を抱えた。
 この日はとてもではないが会社で仕事をする気分になれず、高橋と顔を合わせることもしたくない。結局頭痛を理由に休む事にした。
 高橋はLINEで俺の体調を案ずるメッセージを何度も送って来る。お見舞いまで来ると言うので、病院に行って薬もらってくるからと断った。
 そして改めて今回の事を考える。

 このループ現象は謎が多いが、確かな事はいくつかある。イレギュラーな動きをする人と関わらなければ人は同じ行動をする。
 そして同じ行動するという中に、俺達もそこに含まれる。起床時間はどうやっても変更が出来ない。六時に起床する俺と高橋。そして八時少し前に起きる鈴木。
 この為に世界に存在しているのに、俺たちに対して鈴木は何も出来ない無抵抗な時間が生まれる。確実に鈴木を止めるには就寝時間を襲うのがベスト。
 鈴木が暴走しテロ行為を繰り返すようになり、解決策として俺たちか導き出したのは鈴木を動けなくすること。
 だとしたらどう動きを止めるのか? 白昼夢の中の俺は、殺すという手を使うことにしたようだ。
 縛りあげて動けなくすれば良いようにも思えるが、鈴木も俺達と同じで零時超えたら記憶を持ったまま次の日には蘇る。
 一日縛られ身動きが一切取れないという苦痛の日々をひたすら繰り返すと人はどうなるか……。
 想像していただけたら分かると思う。意識のないまま殺した方か親切なのだ。
 白昼夢として見える分岐した俺たち三人の未来。
 高橋に手を汚させたくなくて俺が手を下していた事もあった。最初はナイフを使い、思った以上に飛び散り大量に流れる血に慄いた。
 部屋に充満する血の臭いと洗ってもなかなか取れない汚れそれに辟易した。勿論人を殺してしまったというら恐怖もそこにあり、俺は鈴木の部屋で一日一人で震え続けてずっと手を洗っていた。
 鈴木も無防備だが、無抵抗な訳ではない。自己防衛反応は出来るようで首を締めると締めている手を取り外そうとした動きをする。その為に最初は手間取った。
 効率的に殺すにはどうするべきか? 拘束して殺すのが最適という道にたどり着いた。
 拘束して枕で窒息死。それが手間もかからず少ない道具を用意するだけですむ方法で、それにおちついた。俺はだんだん事務的に鈴木を殺す事を心がけるようになる。

 高橋の今日とった方法は俺とは明らかに異なる意思があった。そこに明らかに強い敵意と殺意がある。攻撃することが目的。
 何故会ったこともない人にそこまでの殺意をもてるのか? 
『ヒロシ、君はどうしたいんだい? その子を』
 脳内に響く日廻永遠の声。
『君は優しすぎるのだろうね。
 そして鈴木も高橋も救いたいと考えているようだが、そんな傲慢な考えは捨てた方が良い』
 日廻永遠の声は、俺の状況を把握して語っているように聞こえる。

 今日という日の中で俺は日廻永遠と会話しているかのように。
 俺は改めて日廻永遠についてネットで調べてみる。日廻永遠は法律的にはまだ死亡していない。
 まだ遺体どころか乗っていた飛行機の機体の破片も見つかっていないから。その為か彼が所属していたデザイン事務所も家族も失踪宣告を行っていない。
 一年経過しこれからそういった手続きを協議していく予定と展示会の説明書きにあった。
「俺は宙ぶらりんな状態で、皆に迷惑をかけているんだな」
 状況を説明した俺に、悲しげな表情でそう答えた日廻永遠の姿が浮かんでくる。
「かと言って。今の俺を君の世界で生きていると証明する事は難しい」
 更に思い出してきた日廻永遠の言葉。この記憶から導かれる事。やはり事故前に日廻永遠と会ったのでは無い。七月十一日今日に会っている。

 俺はゆっくりと顔をあげる。どこに行けば良い? 日廻永遠と……。
 日廻永遠は全てを知っている。彼と会えば今日という謎も解ける! 
 俺は何処に行けばいいのか? どこに行けば日廻永遠と会えるのか? 俺は考える。
 暗い空間の中……俺は日廻永遠と向き合っている…… 

 感じるノイズ……
 モニター…… 
 簡易なソファー 

 俺は日廻永遠のFacebookを見つめる。昨年の七月十一日を最後に途切れたコメント。

『パリにて偉大なる建築物からのパッションも楽しみたい。
 あと久しぶりに会う友との楽しいワインの一時も楽しみ』

 そういう文章が空港の写真に添えられていた。
 それに寄せられる大量の追悼メッセージ。
 メッセンジャーが目に入る。

【貴方は何処にいるの?】

 俺はついそう送ってしまう。一人で抱えきれなくなってきた事態。誰かに聞いて貰い相談してもらいたかったから。
 馬鹿な事をしている。そう苦笑していたらポップアップで日廻永遠のアイコンがスマフォに表示される。

【宙!
 無事なのか? 良かった】

 クリックするとそういうメッセージが来ていた。俺は身体がゾワゾワと震えるのを感じる。それは喜びなのか恐怖なのか分からない。

【日廻さん! 貴方に逢いたい!
 何処に行けば逢えますか?】

 直ぐに返事が帰ってきた。俺はそれを読み直ぐに立ち上がり店を飛び出した。
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