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死から一回、逃げてみる

一緒に料理

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 フジワラも自殺を考えている。その事にはやはり納得できず口を開こうとした時にミキトくんがウッドデッキの方から声をかけてきたので言葉を発するのを止めた。
「アユムさん、結構色々大変な事になっていました」
 フジワラの視線を受けてミキトくんは慌てたように首を振る。
「里の方は大丈夫です!
 慈悲心鳥崖の方が少し崩れただけです。
 久刻ヒサトキ様も無事という話です。
 でも末時スエトキの方で土砂崩れおこしていてそちらが完全不通状態になっています。
 慈悲心鳥崖の方も安全を見て封鎖となっています。そのためどっち方面も現在通行止めになってしまって」
 崩れたのは、あそこの崖だけではなかったようだ。
「末時?!」
 ミキトくんは顔を顰めて頷く。
「かなり酷い状態で……国道の方が広い範囲で壊れてしまい完全不通状態なようです。道路その物が崩壊していて復旧にも時間かかるのではとも言われています」
 フジワラはミキトくんの言葉に立ち上がる。
「末時って国道から少し離れているよね? それでなんで国道が?」
 この末時がどこなのかも分からないので、私はそうなのかと聞くしかなかったが、フジワラには違和感を覚える不思議な状況だったようだ。
「あの辺り、かなり広範囲にメガソーラーを設置してたじゃないですか。あそこが崩れたそうで」
 フジワラは目を見開いている。少しふらつくようにカウンターに手をつく。
 私は心配になり声をかけようよした時に、また地震がくる。身構えるが先ほどのよりも軽くすぐに収まった。
 私とミキトくんは揺れが収まっても周囲を見渡していたが、フジワラはじっとカウンターの一点を見つめたままだった。
「……あそこのソーラーの下ってホテルの寮とかアパートがあったけど……」
 ミキトくんはフジワラの言葉を聞き、眉を寄せ悲しそうな顔をする。
「かなり悲惨な状況だと聞いてます。
 通信も出来ない状態だったから通報とかも遅れたとか……アユムさんあそこに知り合いがいるんですか? ってそうかアッチでも仕事されてましたものね……情報入ったらすぐにお知らせしますから」
 ミキトくんはフジワラを元気つけるようにそっとその身体を触る。フジワラは何かに耐えるように拳をギュッと握りしめた。
「お友達が心配なのは分かります現場はかなり酷い状況らしく、あっち方面は絶対行くなと連絡が来ています。辛いと思いますがここで待機してください。
 裏道も昨日までの豪雨と地震で地盤が緩んでいる可能性があるので動くのは少し危険そうですから使うなと言われています! ほら、あの辺り結構地盤元々ヤバいじゃないですか……。
 アユムさんに万が一の事があったら大変ですから絶対動かないで下さいよ!
 情報何か聞いたらすぐきますので!」
 黙り込んだままになったフジワラにそう語りかけてからミキトくんは去っていった。
「大丈夫?」
 無表情になったフジワラに私はソッと話しかけるけど返事はない。フジワラは自分のリュックを掴みソファーの方に移動する。
 ソファーに座り、タブレットを取り出しネットの情報を調べているようだ。
 私もスマホを取り出し、今日の地震について調べてみる事にする。
 ネットニュースで今いる地方で震度六の地震があったということと、家具の転倒により怪我をした人が緊急搬送されたというニュースしかない。
 SNSでは部屋が地震で大変な事になったとかまだ比較的平和な内容しかない。
 二ヶ所封鎖され沿岸道路は完全使用禁止になってるらしいという情報はある。
 あの慈悲心鳥崖が崩れ落ちてごっそりなくなっているというツィートも発見した。やはりあそこにいたら崖崩れで大変な事になっていたようだ。
 テレビでも遠方から映した崖の様子を知らせてくれるものも出てきていた。
 十一久刻の像は確かに無事なようで前の崖が無くなっているのに関わらず、変わらず海を見つめている。
「大変なニュースが飛び込んできました。
 ーー県のーー市で大規模な土砂崩れが発生した模様です。それにより末時町は壊滅的な状況にあるようです」
 淡々と地震の時のライブカメラ映像や視聴者投稿という写真を流し続けていたテレビが、突然緊迫した空気を流し出す。
 フジワラの視線がゆっくりとテレビに向けられ、その目が見開かれる。
 ヘリコプターから映したと思われる現場の映像は異様な光景を映し出していた。
 山の岩肌からごっそりと削り取られたように抉れており、それが海へと繋がっている。
 ズームされた画像では今にも落ちそうになっている建物や車、剥き出しになった断面から鉄筋や管やらが突き出している。
 そこで作業している車両のサイズからかなり広範囲の場所が崩れ落ちたことが察せられた。
 崩れてきた土砂と共に流された建物はそのまま下を走っていた道路を破壊して海へ落ちていったらしい。
 一緒にテレビを見ているフジワラの様子を確認すると、フジワラは微動だもせずに、ただジッと画面を見入っている。まるで銅像のように表情も動かない。フジワラは十一久刻の銅像に戻ったのか心配になる。
「フジワラさん? 大丈夫?」
 恐る恐る声をかけると、フジワラはゆっくりとこちらを向く。
「……不思議な気分だ。
 昨晩俺はあそこにいた。あのまま俺はあそこにいれば良かったのか……」
 それは私の質問に答えたというより独り言のようだった。でもその言葉で察する。この被害にあった場所は、フジワラの恋人が住んでいる場所だということを。
「まだ分からないよ、あなたの知り合いはこの時間出かけていたかもしれないし……」
 何故かフジワラは苦笑して頭を横にふる。そして何も答えなかった。大きく深呼吸をして立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォータを取り出し飲んだ。
 フジワラは瞑想するかのように目を閉じもう一度深呼吸をしてゆっくり目を開ける。
 私の視線に気がついたのか。こっちを見てくる。
「……それで貴方はどうしますか?」
 近所で大規模災害が起こり周囲は緊急自動車が走り回っている。これほど自殺に不向きな日はないだろう。救援活動に忙しい彼らの仕事を増やせない。
「どうもこうも様子を見るしかないですよね?」
 フジワラは物憂げに首を動かす。
「そうなりますよね」
 そう答えてからフジワラは視線をテレビへと向ける。
 映画でも楽しめるような大きなサイズのもののために、少し離れていても画面の中の悲惨な状況はよく見える。
 流石にテレビのため遺体とか映し出されることはないが、砂場の山を子供が乱暴に削ったようにえぐれており、建物の欠片が散らばっている。
 そんな状態だと中にいた人がどのような状況なのか想像するのも恐ろしい。私は視線を逸らす。
「地震の問題もですが、私は時間が二度も戻った理由も知りたいです。
 貴方がこの変な現象を起こしたわけではないの?」
 私の言葉にフジワラは驚いたように目を見開く。
「何をどうやったらこんな事ができると!? 見ての通り普通の人間だよ」
 普通と言ったら普通にも見えるが、私には秘密を何か抱えた不思議な人間に思えた。
 フジワラはタブレットに視線を戻し調べ物を再開してしまう。
「じゃあ、あの崖は? なんかミステリースポットとか言われていたみたいだけど」
 フジワラは大きく溜息をつく。
「まあ、そういう類が好きな人からは色々言われている場所ではあるみたいだね。
 でもあの神社はこの辺りの人は皆あそこで七五三しているような感じで普通に近隣住民からも愛されている場所。
 伝承とかでは色々奇怪なことが起こったとされているけど、少なくとも近代において変なことが起こったなんて聞いたことない」
 確かに行ってみて怖い雰囲気なんか全くなく、むしろ明るく気持ちの良い神社だった。
「でも昔あそこは処刑場だったとかで」
「……そういう事もあったようだけど、呪いとか怨霊とか馬鹿馬鹿しい。少なくとも俺はおかしなモノなんて見た事ないですよ」
 フジワラは画面から顔も上げもせずに面倒くさそうにそんな言葉を返してくる。
 私自身も幽霊とか超常現象と信じている方ではない。しかし今現在、自分の身に実際おかしな現象が起きているだけに、あらゆることが無関係に思えない。
 しかしこれ以上色々聞くことを躊躇われた。
 なんか地滑りの事件が発覚してからフジワラと私の間に壁が出来たように感じた。
 元々仲良かった訳ではないが、フジワラが自分の世界に引きこもってしまった感じ。
 別れたばかりの恋人が事故に巻き込まれた可能性があると聞いたばかりなので、仕方がない事ではある。
 今できることはネットのあらゆるツールを使って彼女の安否を確認するので必死なのだろう。
 いくつかの電話をかけ相手の無事確認しつつ、末時の方の情報を調べている。

 十三時超えたあたりで、被災した地域の住民で、その時間離れていたために無事だった人物の情報が流れてき始める。
 どうやら、その地域は、近くの温泉街で働いている人の寮やら単身アパートがある地域だったようで、ホテルの寮に関しては交代時間だったこともあり被害者は住民の人数の割に少なかったようだった。少ないとはいえ一つの町が丸々流れているから、被害は小さいとは言えない。
 救出されたという人も遺体もまだ見つかっていない。それだけ状況は良くないようだ。
 被害にあった集落のかなりの部分というか、ほぼ全体が海へとながされてしまっていることと、また他所から来た単身者が多く住む場所だけに人間関係も希薄。
 誰がどの辺に住んでいるのかという情報が少ない事も捜索を難航させているらしい。
 その為に被災した可能性のある人の特定も出来ていない。
 連絡が取れなくなった人がいないかという情報を募っている状態。
 フジワラの様子を見ると、彼女はその生存確認できた中にはいなさそうだ。
 地図で調べると今不通になっている道は、私が今朝ホテルから崖に来る時に通った道だった。
 フジワラとあのまま崖から離れるために進んでいたらもしかして危なかったかもしれない場所。
 そう考えるとゾッとする。
 私は繰り返し流れてくる被災場所の映像をなんとも言えない気持ちで眺めつづけるしかなかった。
 ため息を大きくついて、フジワラに視線を戻す。
「フジワラさん、お腹空きませんか?」
 そう声をかけると、フジワラは私の存在を、思い出したように顔を向けてくる。
 一時間ぶりに目があった気がする。
「ゴメンなさいお腹空いてましたよね。何か作りますね」
 フジワラは苦笑して立ち上がる。
 私を気遣う言葉と同時に、逆に作るという言葉に私は驚く。
 強引に思い出とした恋人とのあまりにも違う反応だったから。

『お腹空いた~!
 え? そうめんはちょっと気分ではないかな~、俺炒飯がいいな~そうだ! 目玉焼きも乗せて!』
 部屋で寝転んでスマホでゲームしながらこっちも見ずに答えてくるアイツと真逆の反応。

「いや、フジワラさん大変でしょ? 私作りますから」
 キッチン部分に向かうフジワラを慌てて私は追いかける。
「なんか巻き込んでこんな所に連れてきてしまったから。
 せめてものお詫びに何か作りますよ……って言ってもいかにもバーベキューの材料しかないな……」
 キッチンにきて冷蔵庫を空け中を改めて確認して、何か考えているようだ。
 私も横から除くとサシが美しく入った肉や、立派な海老やら貝や魚が並んでいる。
 肉は焼けばいいとは思うけど。何やら高級そうな丸ごとの魚とか、海老をどう調理すれば良いのか私は分からない。
 ムール貝もあるけどバーベキューセットということは、焼けばいいものなのだろうか? 
「魚介系を先に使った方が良さそうか。
 今はバーベキューという、気分でもないよね? まあ適当に何か……リクエストありますか?」
 私は顔を横に振る。
 今まで恋人の身勝手なご飯のリクエストにイラついてきていたから何も言えない。
 慌てている私をよそに、フジワラは食材を躊躇うことも無く出してカウンターに出して並べる。
 そう言えばセットに、何やら冊子が付いていてそれにレシピ的なものがあったようなことを思い出し手に取る。
 私が豪華食材を使った調理例を読んでいるあいだにフジワラはまな板や、鍋を取り出して着々と準備を始めている。
 手馴れた感じで魚のヒレなどを取り除き鱗も取っていく事にも驚くしかない。
「お魚捌けるんですか?!」
「一人暮らしをしているとやらざる得ないしね。
 この辺りに住んでいると頂くことも多いから魚の扱いも慣れました」
 一人暮らししているから魚が捌けるようにはならないと思うが、フジワラはなんて事ないように答え手際よく腸を出していく。
「何か手伝わせて、手持ち無沙汰だし、こういう所で何もしないと言うのも落ち着かないから」
 性格上こういう時に何もしないでニコニコ待ってるなんて事出来ないのでそう声を掛けてしまう。
 内心邪魔なのではとも思ったが……。
 フジワラは気を悪くする様子もなくニコリと笑みを返してくる。
「じゃあ、サラダとかお願いしても良いですか?」
 それなら問題なく出来るし、フジワラの邪魔もしなくて済みそうである。
 キッチンも広いから二人で作業しても問題ない。
 私は頷き冷蔵庫からレタスやなんかオシャレなプロッコリーや房についたミニトマトなどを取り出す。肉だけでなく野菜もなんか高級そうだ。
「あっミニトマト六個程コチラに貰えませんか?」
 私は頷き、房からトマトを外し、洗いその中から六個お皿に乗せてフジワラに渡す。
「ありがとう」
 フジワラは笑顔をお礼を返してくる。
 会ったばかりの人と、一緒に並んで仲良さげに料理を作る。
 私は何をしているのだろうか?
 私はこの土地に何しに来たのか忘れてしまいそうなである。

 二人で協力した結果、テーブルにはフジワラが作った鯛とムール貝とキノコのアクアパッツァとスパニッシュオムレツに、私の作ったアスパラガスのチーズ焼きとサラダが並ぶ。
 入っていた野菜が良かったこともあり、単に切って合わせただけでも彩りもよくおしゃれに仕上がった。
 自殺をしそこなった二人がオシャレコテージで、地震避難中に作ったとは思えない明るく楽しげなテーブルを囲む。どういう状況なのか?
 それが、見た目の素敵さに負けない程美味しいかったから、逆にリアクションに困る。
「美味しいです。フジワラさんって料理上手で驚きました。しかもオシャレな料理作れるなんて……。
 料理の仕事もされているのですか?」
 元々冷めている性格もあるが、こういう時在り来りなコメントしか出てこないものだ。相手の年齢も分からないので敬語て感想を述べる。
 フジワラは少し照れた顔をして顔を横に振る。
「ここは田舎だから人が集まったら直ぐにバーベキューとかするから慣れているだけです。
 イベントの手伝いに駆り出されたりもするし……ところで今更なのですが、貴女のお名前は?
 なんとお呼びすれば良いのかと」
 私は自分が未だに相手に名乗っていなかったことに気が付き少し恥ずかしくなる。
「佐藤ひろです。東京から来ました」
 名乗りあったことで少しだけ距離が近づいた気はした。
 とはいえ訳ありな二人、互いのプライベートな事は話さず、この現象について話し合う。
 崖で死んだ後、今日の最初の状況に戻っているそこは二人とも同じだった。
 色々調べようにも今は道路は緊急自動車の活動のため一般自動車は利用出来ない。
 キャンプ場の入口に自衛隊の車両が待機している。
 ミキトくんの話だと、帰ろうとする人を戻らせているという。不用意に動き二次災害に会わないようにという配慮のようだ。
 他に危険な箇所がないかのチェックもされているようだ。
 余震の方は最初の方こそ何度かあったが、今は体感出来るものは無くなっているので、明日には解放され下り方面のみの通行になるが出ていけるようになるだろうと言うことだった。

 国道下りの途中に慈悲心鳥神社神社があるので、崖の様子も含めて調べてみようという話に落ち着く。
 地震もおさまってきたので夜はウッドデッキの方でバーベキューとワインを楽しんだ。
 私は今日は寝ていなくて、さらに身体も疲れていたこともあるのだろう。八時を超えたあたりから強烈な眠気が襲ってくる。先にベッドで休ませてもらう事にする。
 ベッドに入ってしまうともう、意識を保つことも出来なかった。そのまま眠りの世界に落ちていった。

   ※   ※   ※

 高校の放課後の教室。ほぼ横から太陽が全てをオレンジ色染めている景色の中で重男はスマイルマークのような明るい笑顔を私に向けていた。
『やっと笑ってくれた。
 副委員長も笑ってくれて、俺嬉しい!』
 成績は残念だけどお調子者。クラス内で愛されキャラである重男がそれまあまり接点がなかった私に突然話しかけてきた。
 思い返せば、これが初めてかアイツと交わした言葉だった。
『私、そんないつも仏頂面でもないでしょ?』
『そうだけど俺のギャグではあまり笑ってくれないじゃん。
 俺、実はお笑い芸人目指してるんだ! そうなると色んな人に喜んでもらって笑って貰えるようにならないじゃん!』
『へぇ、アンタも色々考えているんだ。偉いね頑張って!』
 アイツはなぜか驚いたような顔で私を見る。
『あ、ありがとう。何バカな夢語ってるんだよ! なんてバカにされると思ってた。
 そう言ってもらってスッゲー嬉しい。ありがとう』
 私が目を細めたのは、夕日が眩しかっただけでは無かったと思う。ピッカピカな輝く夢を抱き語るアイツが輝いて見えたから。

 なんで美味しいものを食べて、快適なベッドで眠っているのに、見た夢はしょうもない過去の時間だったのだろうか? 私はそんなつまらない夢を見ている自分に眠りながら笑ってしまった。

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