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白い黒猫

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贈る言葉

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 営業部の夕方なんて出ている人が多いことで人もあまりいなくて閑散としている。それに加え二ヶ月弱しかいなかった新人と、そこまで深く交流した人もいない。鬼熊さんの行動だけでなんとか異動する人を送り出すしんみりとしたムードを作り上げている状況だった。清酒さんは一言だけいったらもうそれで終わりという感じで、もう猪口を気にすらしていない。
 俺はその中間の曖昧な態度しか出来ない。何か言う訳もなく曖昧な笑みを浮かべている鬼熊さん。悲しんでいるというより清酒さんにガツンと言われたショックが抜けない猪口。
 二人の横に立ってどうすべきか悩む。なんとも微妙な空気が流れていて、居心地が悪い。
「そういえば、もうクリアケースなかったですよね? 他に何か足りない備品ありましたっけ?
 ついでだから運んでやるよ」
 俺は、猪口の段ボールを持ち上げ、鬼熊さんと清酒さんに声をかける。
 何となく、このまま凹んだ状態で一人出て行かすのも可哀想になった。流れで一緒に出てきてしまったが、二人で並んで話をしていても話す事がない。
 猪口も俺も互いの事に興味なかったから、今更ここで話題にすべき会話もない。
 最初こそ初めての後輩だったこともあり可愛がろうと頑張りはした。しかし本性が見えてくると嫌悪感の方が上回る。関わるとややこしいだけなので必要最低限にしか接しないようにしてきた。

「あ~あ、嫌になる。何で私が庶務なんて地味な場所に行かないといけないの……仕事もつまらなそうで、やりがいもないわ」
 猪口としては、間が持たなかったからぼやきのような独り言をブツブツ言っている。構って貰いたがりの彼女の癖の一つだ。それを黙って聞き流していたが、俺は最後の部分は聞き流せなかった。
「お前にとってさ、やりがいのある仕事って何なの?」
 猪口はいきなり言葉を遮ってきた俺に驚いて、立ち止まる。猪口は『ウ~ン』と声を出して考える。
「営業とか花形の仕事の方が、やっていて気持ち良いし格好良いでしょ?」
 俺は、目を眇め猪口を見る。
「お前が仕事にやりがいを感じるってそういう事? 単なる面白可笑しくいることだけ?」
 猪口はグッと黙りこんでしまう。図星だったのだろう。ガキッぽいから、考えている事が読みやすい。何か言い返そうとした猪口を制して俺は更に畳み掛ける。
「根本的に勘違いしてないか? 仕事が楽しいと思うのも、やりがいを感じるのも、必死に頑張るから得られるのでは? 期待に応える為に頑張って、信頼を得る。さらに求められて……そこまでしてやっと実感出来るもんでは? 俺はそうだった。
 お前にそんな体験あるの?
 鬼熊さんや清酒さんに認めてもらいたい。お客様に喜ばれて『ありがとう』って言われたい為。人に喜んでもらうように頑張った事あるの?」

 猪口は目を大きくしてコチラを見つめた。つぶらな瞳がさらに存在感を増している。
「最初はお前に期待していた営業部の人に向き合おうともせず、好き勝手に振舞い、お前を信頼して推薦して入社させた専務を裏切る。その行動の何処にやりがいをもって仕事したって言えるの?」
 いかん、ただ最後だけでも優しく送り出すつもりが、今まで我慢してきた言葉が吹き出すのを感じる。でも俺は言いたかった。どうせ猪口ともこれで最後だ。
「そんなの仕事じゃないよ! そんな仕事なんてこの会社どころか、日本中どこ探してもないよ!
 自分が面白可笑しく過ごす為だけの仕事なんてね! 新しい所でさ、まず求められた仕事を一つでもこなす事から始めたら?」
 今まで何も言ってこなかった俺が、いきなりこんな事を語りだした事で唖然としたようだ。猪口は何も言い返してこない。しばらく無言で見つめあう。
「……はい」
 珍しく猪口はしおらしくそう小さい言葉で返事を返してきた。
 猪口がどう思ったかは分からない。俺はズット言いたいけれど我慢していた言葉を言えてスッキリはした。
 そのまま無言のまま、二人でエレベーターに乗り廊下を歩く。営業のある二階から四階にある庶務課に着き俺は気分を切り替える。
「ヤッホー、終業間際だけど来ちゃいました」
 俺はそう戯けながら部屋に入る。部屋の中にいた庶務の人がコチラを見て苦笑しながらも迎えてくれる。
 庶務課は細やかな作業が多い所為か女性が多い。その為か、男性が大人しく、女性がハジけていて元気な部署である。
「なんで、いつも微妙な時間にくるかな~! ま、相方くんだから特別に許す!」
 主任の三階ミハシさんが明るい笑顔で近付いてくる。
「助かります、あとですね。ついでに明日からコチラでお世話になる、コイツもつれてきたんだ!」
 そう言い、入り口でスゴスゴしていた猪口を手招きする。悪評を轟かせた結果の異動とあり、三階さんは猪口を見て若干顔を顰める。
「コイツ、我が儘娘だからさ、三階さんの愛ある指導でビシビシ鍛えてやってください」
 俺の隣まで来た猪口は、ペコリと頭を下げる。
「宜しくお願いします」
 流石に清酒さんにああ言われた後だけに、挨拶は出来たようだ。思ったよりも大人しげに登場した事で、新しい職場には取りあえず無事迎えられたようだ。
 用意されている席に案内される猪口。俺はその席に荷物を置きさっさと離れる。新しい職場の人に色々説明をうけている猪口もう気にせずに、不足している消耗品を申請して受け取り営業部に戻る事にする。
 部屋を出る時、猪口が突然呼び止めてきた。

「……ありがとう」

 あの猪口がお礼を言ってきたのには少し驚いた。初めて彼女から聞いたお礼の言葉だったから。
「……コレからは頑張れよ」
 俺はそう彼女に声をかけ部屋を出ていった。

 戻ってきた俺を見て、鬼熊さんは面白そうにコチラをみていて、清酒さんは苦笑している。
「何ですか?」
 鬼熊さんは、フフと笑い首を横にふる。
「いや、えらくニコニコした顔で戻ってきたから」
 俺はその言葉に納得して頷く。
「いや~猪口に、思う存分言ってやったんですよ! 仕事をなめるな! 真面目に取り組めってね!
 それでスッキリして」
 清酒さんはフッと笑う。
「今ごろかよ!
 お前そう言うことだからアイツに舐められていたんだ。先輩は先輩らしくちゃんと叱る時は叱れ! 甘やかすだけでは育たないぞ! ま、アイツは叱ろうが、優しく接しようが育つ事はないだろうが」
 甘やかしたつもりはない。しかし俺は猪口を育てるという事すら放棄して、鬼熊さんと清酒さんに任せていた事に気が付く。その事に少し反省する。
「聞く耳をもっていませんでしたからね、アイツ」
 俺の言葉に二人は苦笑した。しかし三人になって、ようやく職場に平和な空気が漂う。こういう穏やかな感じは久しぶりである。
「喉乾きませんか? 珈琲淹れてきますね!」
 俺の言葉に二人は嬉しそうに笑って頷いた。

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