蒼き流れの中で

白い黒猫

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三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

暗い森へ

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 街道添いの木の下で黒いマントの人物が二人座っていた。ローレンスとマグダレンである。
 ローレンスは、水を飲み、水筒を隣に座っているマグダレンに渡す。マグダレンはニコリと笑いお礼を言い水筒を受け取り一口中の水を飲む。長年一緒に過ごしてきただけに、こうして笑顔を見せているものの、内心かなり苛立っているのは気が付いていた。それと同時に、こう妙にマグダレンの感情がささくれ立っている時は、面倒な相手と遭遇する事が多い。それだけに溜息とも深呼吸ともつかない息を吐き、上を見上げる。
「キミーお前も飲むか?」
 ローレンスの声に、木の枝に座っているキンバリーが下を向き嬉しそうに笑い頷く。ローレンスは水筒の蓋を閉め上に放りなげ、キンバリーはそれを器用にキャッチする。

 三人は今、セシリアの依頼をうけ東の国境付近の森へと向かっていた。彼女の夫である祓魔師の巫がそこに派遣されて消息を絶ったまま一ヶ月が経過したようだ。セシリアはまったく情報が入らない状況に業を煮やして、あのような無茶な行動をとったようだ。セシリアは、夫が怪我で動けなくなっているだけだと信じている。彼女からしてみれば、神が自分を救ってくれたように、夫にも神の手が差し伸べられて当然という考えなのだろう。しかしローレンスはその可能性は低いと考えていた。セシリアの夫がどの程度の能力の巫だったのかは分からないが、組織がしっかりしている神殿の巫が行方不明になって調査が進まないという状況は最悪な事が起こったと考えるべきなのだろう。
 無垢な目で、望む未来を信じているセシリアに対して、その予測をローレンスは流石に言えなかった。セシリアと対話している間中マグダレンが苛立ったような表情のままだったのも同じ事を考えていたからだろう。セシリアとは異なり、場の空気をちゃんと読めるキンバリーは、何も言わずともあまり良い状況ではない事は理解できたのだろう。下手に希望を与える言葉も、不安にさせるような言葉も言わず、静かに様子を見守っていた。

 休憩を終えた三人は再び東の国境へと歩き出す。街道も綺麗に整備されている事で歩きやすく順調なペースで進むものの、先に待ち受けているであろう事が、心に暗い影を落としていき、ローレンスとマグダレンは無口になっていく。
 そんな二人に気を遣ってか、キンバリーは努めて明るくふるまい、様々な会話を投げかけてくる。
「セリシアは、無事神殿に戻ったのかな?」
 キンバリーの言葉にマグダレンは思いっきり顔をしかめる。
「一人で歩きまわられても迷惑なだけだから、沢山の護衛つきで速攻戻されたのでは?」
 余りにも突き放したマグダレンにキンバリーは困った顔をしている。その表情を見てマグダレンは気まずさを誤魔化すように笑う。
「属性によって優劣とか、差別とかしているわけじゃないけど、地の巫は苦手なの」
 キンバリーはその言葉に首を傾げる。里でもそんな素振りを見せた事もないし、マグダレンはそういった、仲間である巫を悪く言うような人間ではないからだ。セシリアにキツイ事をいったのも、悪意ではなく彼女の事を心配してのマグダレンの優しさの裏返しの言葉である。
「私は羨ましいな! 地の巫。だって人に一番喜んでもらえて感謝される力だし」
「でも、守られなきゃ生き抜けない力なんて、ないのも同じ!」
 遮るように言われた言葉に、キンバリーは目を丸くする。
「守りたいものも守れず、奪われていくのもただ見ていることしか出来ない。そんなのもう嫌!」
 黙ってやりとりを聞いていたローレンスが、子供にするかのようにマグダレンの頭をポンポンと撫でる。マグダレンは唇を尖らせ俯く。ローレンスは何故マグダレンが土の巫にそんな反応を起こすのか分かっているので、怒る事はなく、ただ宥める。
 土の巫が弱いという事でも、まったく戦えないわけでもない。強力な結界を作成することが出来ることから祓魔士として活躍している者もいる。ただ、頭の良い敵にぶつかると、土の巫である事が逆に真っ先に狙われる事になる。殆どの巫が自分よりも実際戦う巫の身を守る事に集中して力を使う。そこを逆手にとられるのである。敵からしてみたら下手に反撃を喰らう前線の巫よりも、攻撃があまり出来ない相手を倒す方が楽であるし、そこを崩すと後が楽になる。マグダレンは土の巫が嫌いなのではなく、守れなかった者達に対する慚愧の念がそういった言葉を言わせているのだ。
「ねえ、あの男達、女性はともかく何で子供や巫まで誘拐したのかな? しかもあの子、男の子だったのに」
 キンバリーは話題を変えることにしたが、その言葉は言葉でローレンスとマグダレンを困らせる。まだ身体が大人になっていない事で、そういう方向の話はあまりしてきていない。ましては偏執的な性についての情報を入れるのなんてもっての他である。
「世の中には、子供とかにも性的興奮を覚える、変態でどうしようもない輩もいるから」
 マグダレンは非常に簡単な説明する。キンバリーは思いっきり眉をひそめ、気持ち悪そうな顔をする。性行為が生殖の為の物で、次世代を担う人材を作る大切な行為であるという教えだけを受けているキンバリーには、理解し難いものがあるのだろう。
「興奮ね……そういえば伽の時も興奮とかするものなの?」
 キンバリーは深い意味など考えずに漏らした言葉だが、ローレンスとマグダレンの足が止まる。二人は顔を見合わせ気まずそうに眼をそらす。キンバリーとしては、本当にそれを聞きたかったわけでなく、しゃべり続けないと、二人は考え事に耽り、心がどんどん落ちていくような気がしたから、無理矢理でも会話を続けていたのである。その為に、さっきから会話は次から次へと話題が移り滅茶苦茶な状況である。
 二人の何とも微妙な態度を見て慌ててさらに話をそらす事にした。
「あ、あとさ、巫を誘拐なんて大罪でしょ? なんでそんな危険を冒してまでセシリアを浚ったのかな? 馬鹿だよね」
 マグダレンはその言葉に首を傾げローレンスに答えを求めるが、ローレンスは苦笑だけを返す。巫を大金払ってでも密かに欲しいと考えている人間が実は結構いる。清らかな存在を穢したいと考える病んだ感情による為だけでなく、巫と交わることで未知なる力や不老の身体を手にいれられると思われているからだ。確かに老化を遅らせるようになることもある。しかしその事は実は危険を呼び込む行為である事はあまり知られていない。多くの場合は何の変化もないのだが、人によっては性行為で取り入れた気を体内で活性化する事が出来ず、かえって老化を促進させたり、精神や身体に異常を来たしたりと取り返しのつかない事になる場合もある。
「ところで、国境の森に到着する前に、日が暮れそうだ。どうする、一旦手前の村で一泊し情報を入手してからいくか、そのまま森へ入るか?」
 話題を逸らす意味もあり、ローレンスは二人に声をかける。キンバリーはローレンスとマグダレンの二人の意志をさぐるように二人を交互に見つめる。マグダレンは立ち止まり道の先をジッと見つめる。
「直接森へ」
 マグダレンは短くそう答えた。
 天気も悪くないので森を歩くのにも危険は少ないだろうし、今回の件は何処か釈然としない気持ち悪い所が多い。それだけに自分の目で現場をちゃんと見て、真実を見極めたいという思いがあったので、ローレンスは頷く。

 ※   ※   ※

 森についた時は、もう辺りは薄暗くなっていた。森の中には一足先に闇が広がっている。ローレンスは目を閉じ森に気を放つ。密かだが魔の物の気配を数体感じる。確かに魔の物はいるようだが、神殿所属の祓魔師をも危険に晒すほど強いものには思えなかった。巫ではなくても、それなりに武器を使える者でも倒せるレベルの魔の物に思えた。

 隣でキンバリーはジッと真っ直ぐ魔の物がいる方向を見つめている。そう、魔の物は、キンバリーやマグダレンでも察知できる程近い位置に存在している。
「どうする? 手分けして退治する?」
 キンバリーの声に、ローレンスは悩む。この魔の物の散らばり具合ならば三人で分散しても、誰かに何かがあっても直ぐに駆けつけることは可能な位置関係である。しかしローレンスの中で何か危険を知らせる嫌な予感がする。チラリとマグダレンを見ると、マグダレンは瞳を細かく動かし森の様子を必死で探っているようだ。
「マグダ、お前の意見は?」
 ローレンスの声に、マグダレンは珍しく直ぐに答えない。そして左手の人差し指に填る蒼い石に唇を近付け、じっと悩むように森を見つめる。
「一緒に動きましょう、なんか嫌な感じがします」
 ローレンスは、違和感を覚えているのは自分だけでない事を理解し、気を引き締める。
「そう言いながら、マグダ一人で突っ走るなよ」
 マグダレンは態とからかうようなローレンスの言葉に苦笑する。戦いにおいてキンバリーとマグダレンはマグダレンの方が頭に血が上りやすいからだ。
「キンバリー、マグダのお守り頼むぞ」
 キンバリーは明るくニヤリと笑い二人に向かって微笑む。三人は剣を抜きゆっくりと森の中へ入っていった。
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