上 下
31 / 32
番外編

手を伸ばしたチョット先にある金環日蝕

しおりを挟む
 ゆっくりと月が太陽に重なって行く様子を、俺はベランダから眺めていた。見事に重なりまさにリングになる瞬間、思わず俺は息を飲む。その時に感じる何とも言えない感動が大きすぎて一人で持て余してしまう。金環状態を超えてから、グラスを目から離してみたら思った以上に世界がまだ明るい事にビックリした。激しい太陽の光で目がチクリと痛む。
 太陽が殆ど隠れているという状況でも日が暮れたかのように暗くなるなんて事はないようだ。網膜に残る太陽の光の残像で目をチカチカさせたまま、時間になったので会社に行くために家を出ることにした。

 水道橋駅について改札を出た所で、俺は見慣れたチッコい人影を見つける。

「おはよー月ちゃん!」

 俺が声をかけるとその人物は振り向いて明るい笑顔で振りかえる。

「黒くん、おはよ!
 ねえねえ、黒くん見た? 金環!」

 その言葉に俺はなんかホッとしたような嬉しさを覚える。一人で見た為に誰とも今朝の感動を分かち合う事も出来なかった。それだけにやっとその話題を人と出来る事が嬉しくてたまらない。

「見た見た! スッゴイ感動ものだったよね!」

 月ちゃんは、弾けんばかり笑顔で頷き同じように感動を口にする。

「もう、朝からテンション上がりまくり、夫婦で最高に盛り上がったんだ」

 その言葉と、太陽のように明るい月ちゃんの笑顔に、チクリと痛む。俺の目と心が。
 ここにも、背後にでっかい太陽を背負った月がある事を忘れていた。月に隠れきれないくらい大きな存在感を放つ太陽がその後ろにあり、俺に突き刺さる。

 日蝕グラスなしで、こんなモノを見続けていたんだと言う事に今更のように気が付く。心がどうりでチカチカと痛いはずだ。
 太陽の存在をシッカリ隠してくれるような心の日蝕グラスが欲しいと思った俺だった。



 ※   ※   ※

 金環日蝕は、日蝕グラスなしで直接見ると危険ですので止めましょう。
しおりを挟む

処理中です...