15 / 32
星に取り乱されて
疑惑の影
しおりを挟む
俺は製造部へ行き現場責任者の中島主任に原稿を渡す。部屋の奥で井口は一生懸命という感じで仕事をしている。一生懸命やっていることはやっているけど、内容が伴ってないのがあの子の残念な所。
付き合っていた時は、彼女は俺が踏み入れると必ず満面の笑みを浮かべコチラに手をふってきて、俺も彼女に応えていた。でも今は無視するわけではないが、会ったら挨拶くらいはする知人の付き合い、余計な接触はしてない。それは彼女を厭っての事ではなく、それが別れた相手への礼儀だからだ。
別れた彼女に対して、男がやってはいけない事は、前の彼女に対して無駄に優しさとか未練といった感情を見せる事。相手に想いが残っていたら残酷過ぎる行為だし、想いが残っていなかったら重荷になるだけ。どちらにとっても良い事ではない。
だけど、月ちゃんの元彼の『星』というヤツはその事をまったく分かってない。どういう別れ方をしたかはしらない。でも明かに互いに未練を残して別れた。ブログのコメント欄で、互いの存在を確認することで、自分の中で薄れようとしている相手の姿を上書きしていっているようだ。コメント欄で、愛を今尚、想いを交し合っている二人。愛しているなら、手放さないか、綺麗に別れるかするべきだ。
そんな事考えながら、営業のあるビルに戻るために歩いていると、前からデザイン課の荻上おぎがみ信子が歩いてくる。つり上がった目と眉と薄い唇で、美人な部類かもしれないけど俺のタイプではない。性格のキツサが前面に出ている所があり、やや近寄りがたい所がある。月ちゃんは何故か慕っていて懐いているようだ。俺にはしない顔で甘えたり頼ったりしているのも俺からしては面白くない所。猫を連想させるキツめの目が俺の方を見てジロリと睨んでくる。今日は輪をかけて怖い顔だ。
「あんたさ、前もそうだったけど、彼女の教育ちゃんとしなさいよ!」
すれ違い際に、よく分からない事で怒られてしまう。言いたい事は言って去っていく荻上さんを慌てて追いかける。
「チョット、どういうことですか? 彼女は怒られるような事何もしてないはずですが」
「そうね、アンタが悪いというべきよね。ドンファン気取りで誰にも彼にもいい顔して。
いい? 彼女持ちの男が絶対やってはいけないこと知ってる? 彼女以外の女性をやたら気にしてヘラヘラすること!」
俺はその言葉に、ムッとする。プライベートと仕事は俺なりにチャンと分けているし、そこまでアチラコチラに無節操に愛想振りまいているつもりはない。俺が反論しようとすると荻上さんは怒りに燃えたギラギラした目で睨み付けてくる。
その気迫に何も言えなくなる。呆然としている俺を置いて、さっさと荻上さんは去ってしまった。
※ ※ ※
釈然としない気分のまま、俺は仕事に戻る。そして月ちゃんだけでなく、もう一人俺への態度がおかしくなった人物がいることに気がついた。
同期の河瀬さんだ。元々愛想の良いほうではないが、俺への態度が明らかに硬化している。
以前は他の人のように『黒くん』と呼んでいたはずなのに『黒沢さん』になっていた。綺麗な顔だけに、コチラを拒絶する顔に妙に迫力がある。
おまけに、最近営業の周りの人間も、俺に含みのある笑みを向けてくる。
何が起こった?
俺は、気持ち悪い空気の中仕事をして、いつも以上に疲れを感じる。二時間ほどの残業を終え、帰るためにエレベーターのボタンを押し、ため息をつく。
「お疲れさま!」
肩を叩かれ振り向くと、同期の松ちゃんが日に焼けた顔がニコリと笑っていた。いつもと変わらない彼女の笑みになんかホッとする。
「あら、一人? 彼女、今日はいないんだ」
俺は苦笑する。いくら恋人だとはいえ、どんな時でも一緒にいるわけじゃない。
「先に帰ったよ。今日は彼女定時であがれたから、ショッピングするって言っていた」
『なるほど』と松ちゃんは、頷く。そしてニッコリと笑う。
「だったら、久しぶりに飲まない?」
「いいね! 俺もチョット飲みたい気分」
「でしょうね! 付き合うよ」
彼女は肩を叩いて、開いたエレベーターにのり、手招きする。笑いながら俺は彼女の後を追う。
付き合っていた時は、彼女は俺が踏み入れると必ず満面の笑みを浮かべコチラに手をふってきて、俺も彼女に応えていた。でも今は無視するわけではないが、会ったら挨拶くらいはする知人の付き合い、余計な接触はしてない。それは彼女を厭っての事ではなく、それが別れた相手への礼儀だからだ。
別れた彼女に対して、男がやってはいけない事は、前の彼女に対して無駄に優しさとか未練といった感情を見せる事。相手に想いが残っていたら残酷過ぎる行為だし、想いが残っていなかったら重荷になるだけ。どちらにとっても良い事ではない。
だけど、月ちゃんの元彼の『星』というヤツはその事をまったく分かってない。どういう別れ方をしたかはしらない。でも明かに互いに未練を残して別れた。ブログのコメント欄で、互いの存在を確認することで、自分の中で薄れようとしている相手の姿を上書きしていっているようだ。コメント欄で、愛を今尚、想いを交し合っている二人。愛しているなら、手放さないか、綺麗に別れるかするべきだ。
そんな事考えながら、営業のあるビルに戻るために歩いていると、前からデザイン課の荻上おぎがみ信子が歩いてくる。つり上がった目と眉と薄い唇で、美人な部類かもしれないけど俺のタイプではない。性格のキツサが前面に出ている所があり、やや近寄りがたい所がある。月ちゃんは何故か慕っていて懐いているようだ。俺にはしない顔で甘えたり頼ったりしているのも俺からしては面白くない所。猫を連想させるキツめの目が俺の方を見てジロリと睨んでくる。今日は輪をかけて怖い顔だ。
「あんたさ、前もそうだったけど、彼女の教育ちゃんとしなさいよ!」
すれ違い際に、よく分からない事で怒られてしまう。言いたい事は言って去っていく荻上さんを慌てて追いかける。
「チョット、どういうことですか? 彼女は怒られるような事何もしてないはずですが」
「そうね、アンタが悪いというべきよね。ドンファン気取りで誰にも彼にもいい顔して。
いい? 彼女持ちの男が絶対やってはいけないこと知ってる? 彼女以外の女性をやたら気にしてヘラヘラすること!」
俺はその言葉に、ムッとする。プライベートと仕事は俺なりにチャンと分けているし、そこまでアチラコチラに無節操に愛想振りまいているつもりはない。俺が反論しようとすると荻上さんは怒りに燃えたギラギラした目で睨み付けてくる。
その気迫に何も言えなくなる。呆然としている俺を置いて、さっさと荻上さんは去ってしまった。
※ ※ ※
釈然としない気分のまま、俺は仕事に戻る。そして月ちゃんだけでなく、もう一人俺への態度がおかしくなった人物がいることに気がついた。
同期の河瀬さんだ。元々愛想の良いほうではないが、俺への態度が明らかに硬化している。
以前は他の人のように『黒くん』と呼んでいたはずなのに『黒沢さん』になっていた。綺麗な顔だけに、コチラを拒絶する顔に妙に迫力がある。
おまけに、最近営業の周りの人間も、俺に含みのある笑みを向けてくる。
何が起こった?
俺は、気持ち悪い空気の中仕事をして、いつも以上に疲れを感じる。二時間ほどの残業を終え、帰るためにエレベーターのボタンを押し、ため息をつく。
「お疲れさま!」
肩を叩かれ振り向くと、同期の松ちゃんが日に焼けた顔がニコリと笑っていた。いつもと変わらない彼女の笑みになんかホッとする。
「あら、一人? 彼女、今日はいないんだ」
俺は苦笑する。いくら恋人だとはいえ、どんな時でも一緒にいるわけじゃない。
「先に帰ったよ。今日は彼女定時であがれたから、ショッピングするって言っていた」
『なるほど』と松ちゃんは、頷く。そしてニッコリと笑う。
「だったら、久しぶりに飲まない?」
「いいね! 俺もチョット飲みたい気分」
「でしょうね! 付き合うよ」
彼女は肩を叩いて、開いたエレベーターにのり、手招きする。笑いながら俺は彼女の後を追う。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる