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名前が変わるとき
家族の絆
しおりを挟む流石に式の三ヶ月前となると、一緒に映画という暇もなくなってきている。
打ち合わせ、相談、買い物。といった事をしていると、あっという間に時間がなくなり、日にちもたっていった。
そういった忙しさが余計な事に悩む暇も与えない。私と大陽くんは文化祭前の学生のようにハイテンションで盛り上がり準備をすすめている状況だった。
今は映画RENTのDVDをBGVにして、二人で旅行のパンフレットを広げている。
新婚旅行の計画は、なんやかんやズルズルと遅れ気味になりこんな時期に色々考える事になった。
スペインまでの直行便がないことで、いくだけでも時間が結構かかりそうだ。いくからには満喫したいので、たっぷり十二日間のコースを選ぶことにした。
その頃の大陽くんの仕事の関係で、結婚式の後、少ししてからという事になった。その為つい後回しにしてしまったというのもある。
そこで悩むのは、私はどの名前で新婚旅行にいくかということ。それはいつ入籍をするかという問題にも繋がってくる。
航空会社によっては名前で席を決められるので、夫婦でも離れてしまう事があるとかいう文章も見つけ悩む。
方法としては、入籍を新婚旅行の後にして別別の名前で行く。
入籍するけれどパスポートの名前は前のままで行く。早めに入籍して新しい名前のパスポートで行く。
パスポートの名前住所と戸籍が違う場合、何かあったとき色々手続きが面倒。だからコレは止めるとして、残り二つどうするべきか。
折角の新婚旅行、別々の名前をフロントで書くのもなんか寂しく感じるのは私だけなのだろうか?
しかも旧姓でハネムーンにいくとなると、入籍は旅行から帰ってきてからになる。となると挙式から一ヶ月もおいての入籍というのも寂しすぎる。
「百合ちゃんは、パスポート今あるの?」
私は首をふる。あることはある。それが丁度切れてしまった状態。期限の切れたパスポートを大陽くんに示す。
「作り直すなら、いっそ新しい名前にしてしまった方がよくない? 今度また海外旅行いくときに二度手間にならないから」
それは言えている。結婚で戸籍が変わるということは、色々変更届けをしなければならなくて面倒なものなのだ。
その手間を一つでも減らしておくのはいいのかもしれない。
となると最低でも旅行の二ヶ月前には入籍しておいたほうが良い。つまり今の時期ということになる。
「大陽百合子か~」
大陽くんはブブッと笑う。
「何? いきなり」
「いや、響きとしてどうなのかな? と思って」
何が可笑しいのが、ずっと笑っている。
「悪くないんじゃない?」
なんだろうか、実感がわかない。しかしなんかこそばゆいような嬉しい響きがその『大陽百合子』という言葉にはあった。
「そうだね、とりあえず親に相談してみる」
「とりあえず。もらってくる? 婚姻届け」
そのまま、二人で近所にある区役所へと出かける。休日でも受け付けをしているだけに、用紙自体はすぐにもらえた。
「ところで、お二人の本籍地は川崎ですか?」
そう聞かれ私は首をふるしかない。父の実家である京都に本籍がある。
大陽くんも本籍が京都にあるようで、二人とも戸籍抄本か謄本をもらう必要がある。
この本籍という考え方は何なのだろうかと、思ってしまう。
一度も住んだ事も行った事もないような場所がそうなっていることが多い。
誰も住んでいないような川とかになっていたりもするし、好きな場所を設定してもいいらしい。何の意味があるのだろうか?
その事を素直に窓口の人に告げると、「まあ名残の制度みたいなものですね。
本籍の場所が意味を感じないのでしたら、結婚の際現住所に変更することもできますよ。その方が今後書類手続きとかは簡単になりますから」
なるほど、折角ここで二人の戸籍をつくるなら、利便性を考え本籍を変更するのも良いかもしれない。しかも婚姻届けで本籍の変更が簡単にできる。
大陽くんはすぐに実家に電話したら、『いいじゃない、ソレで』と簡単な答えが返ってきた。
私の本籍は結婚で変わってしまうからその部分は何も言われなかったが、早めの入籍に関してはかなりゴネてきた。
しかし『入籍だけで、一緒に住むのは式あげてからだぞ!』とひつこく念を押し、渋々といった感じで納得してくれた。
その足で旅行代理店に行き、そこでも相談にのってもらう事にした。
予定日まで三ヶ月弱しかないという事に驚かれたものの、親切に色々アドバイスをくれた。
私達が予定していたツアーはハネムーンプランによりホテルのサービスが若干変わる。しかしそれもディナーが豪華というだけの内容なので今からの予約でも大丈夫だろうという話だった。
パスポートは出来次第もってくるという事で、予約だけをして旅行代理店を後にする。
その後喫茶店で一休みをした。濃い焦げ茶色の木で統一された落ち着いた内装のお店は、私の心をチョット落ち着かせてくれる。
私は珈琲をのみ、大陽くんはアフォガードを嬉しそうに突いている。
「戸籍謄本、本籍から取り寄せるので一週間くらいかかるとして、入籍いつにする?」
「うーん、なら十二日とか? ほら! 二人とも誕生日は十二日だから覚えやすくない?」
大陽くんは名案だと言わんばかりにドヤ顔をしている。彼のいう通り、私の誕生日の九月十二日に挙式で、大陽くんの誕生日は十二月十二日。
そこで八月の十二日を入籍記念日。我が家の夏から冬は、記念日だらけで目出度いものとなりそうだ。
「記念日を自分で設定できるなら、意味ある数字がいいよ」
という大陽くんの言葉で決まった。
届けるのは、まだ先だが早速二人で、婚姻届けを書くことにする。大陽くんが、夫となる人物の項目を上から埋めていく。
婚姻後の本籍を書き入れ、大陽くんはそのままの流れで、婚姻後の氏の欄の『夫の氏』にチェックを入れる。私はその様子をジッとみつめていた。
自分が書き入れる部分が終わり、大陽くんはその書類を私に差し出す。
たかだか自分の名前と住所をいくつか書き入れるだけなのに、緊張する。
「どうしたの? もしかして躊躇っているの?」
ペンを持ったまま動かない私を心配そうに大陽くんが眉をよせて見つめてくる。私は慌てて首を横にふる。
「思った以上に、私が月見里じゃなくなるって簡単なのだなと思って。あんだけすがりついていたこの苗字を、私は簡単に捨てようとしているのだなと」
「捨てるって、そういう事じゃないだろ? それに苗字気に入っていたの?」
大陽くんが笑う。確かに捨てるのではない、正確には逃げるというべきなのだろうか?
「気に入っていたというのではないかな、ただ昔ね――」
私は今まで誰にも話したことなかった、私の三歳の時の話をしていた。大陽くんはビックリした顔して『うーん』と声をだし考えている。
いきなりディープな話題をされて戸惑っているのだろう。
「百合ちゃんはさ、親子関係ゆがんでいるっていうけど、親子関係って何処も変っちゃ変なんじゃない?
ウチはぶつかり合って、心を通わせわかり合っているかというと違うし」
確かに、ポンポンと言い合う大陽くんの親子関係は、それはソレでビックリしてしまう所があるけれど。
「でも、理解しあってはいるでしょ?」
私の言葉に、大陽くんは首をかしげる。
「どうなのかな~? それに百合ちゃんの家だって、理解はしあっているのでは?
百合ちゃんってお義父さんの事、文句いいつつも冷静に分析してい理解している。お義母さんの事を好きだし分かっているじゃん」
まさか、そういう言葉が帰ってくるとは思わなかった。あんなよそよそしい親子関係を理解しあっているとは。
「え?」
「それに、向こうだって、二十年以上も一緒に暮らしているんだよ。どんな子かだって分かっているでしょ!」
「そうかな……」
明るくニカっと笑う大陽くんえお私はぼんやり見つめ返す。
「俺だって、百合ちゃんと知り合って一年くらいしかないよ。それでもそれなりに百合ちゃんという人間、見えるし、なんか分かってきたもの」
『そういうものでは』と続ける大陽くんの笑顔をみていると、なんだかそんな気持ちになってくる。私もつられて笑った。
「まあ、そうなのかな」
大陽くんは頷いて何でもない事のように笑う。
「それにさ、結局名前変わったくらいで、百合ちゃんのややこしい性格までも変わるわけでもないだろ。
親子の関係は以前続くわけだから! 俺も相変わらず親子喧嘩するだろうし、兄妹喧嘩する。互いに煩わしい繋がりはそのまんまって感じだろうね」
思わず納得してしまう。
「逆に渚くんは、ややこしい妻と、厄介な義理の父が増えるんだけど」
大陽くんは、態とらしく嫌そうに顔をしかめる。
「まあ、それはゆり蔵さんも同じでしょ? いろんな意味で禿げた義理の父親と、我が儘な妹が増えるんだから」
確かに、義父さんは私の父とは違った意味でややこしそうだ。でも未歩子ちゃんは可愛かったけれどな?
「私は嬉しいけれどね。可愛い妹できて」
大陽くんは、露骨に顔を歪める。
「甘い! アイツはまだ猫かぶっているから! 本性が見えてないからそんな事言えるんだ」
まあ、長い事暮らしてきたら色々あるし、コレからも色々ある。家族なのだから。そしてこれから家族となる大陽くんともそうなるのだろう。
でもこの人となら、どんな事もこうやって笑って乗り越えられそうだ。
私は妹の不満を次々朽ちにする大陽くんをなだめながら、改めてペンも持ち上げ書類に向き合う。
深呼吸をして、妻の欄に私の名前を綴る。恐れることは何もない、大陽くんと一緒なら。
私は全てを書き終わり、大陽くんに向き直る。大陽くんの嬉しそうな笑みが見えた。私も照れくさい気持ちと嬉しい気持ちがわき起こり多分馬鹿みたいに脳天気な笑顔を大陽くんに向けたと思う。
気が付くともうすっかり夕方になっていたようだ。傾いてオレンジ色になった太陽が、表の窓から入ってきて私と大陽くんを同じ暖色系に染めあげていた。
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