半径三メートルの箱庭生活

白い黒猫

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     星は、月と同じように空で輝くものの、とっても遠くにあります

測定不能距離での出来事 <2>

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  イメチェンというのは、確かに楽しいものだ! 美容院を出た私の足取りも軽い。フワッフワと目の端で揺れる髪の感覚がなんとも楽しい。
  時々、ショーウィンドウに映る、自分の姿を見てニヤニヤしてしまい、我ながら怪しいヤツになっていると思う。
  ウォークマンのおまかせモードの『アクティブ』にしてさらに気分を盛り上げて家に帰る。
  母が笑顔で迎えてくえるが、その顔がちょっと困った表情に変わる。
 「ゆりちゃん、あのね……なんか賢くんがね、百合ちゃんに相談したい事があるから、電話して欲しいって言っているの」
  折角、気持ちよく盛り上げていた気持ちが、やや後ろ向きになるのを感じる。意外に彼との電話は長くなるので、とりあえず食事を済ませてから、大きめのマグにカフェオレを作り、子機を部屋に持ち込むという、万全の体勢で電話を掛けた。
 「随分遅かったですね、待ってたんですよ」
  ややむくれた、不満そうな声がする。これが相談を頼む人への第一声なのだろうか?
  たしかこの子は、現在大学四年生、奇跡的に就職先は決まったとか言っていたけど何の相談だろうか? と考える。
 「実は、僕、ホームページを作りました」
 「へえ! そうなんだ、何のホームページを?」
  なるほど、今回は私がブログとかをやっていると母親経由で聞いて、技術サポートかわりに使ってきたという訳か。
  私は電話を肩で持ち、そっと机の上のパソコンを立ち上げる。
 「―という名前のサイトで、『それゆけ キノコちゃん』というアニメについて語っているファンサイトなんです」
  私はそっと、ブラウザーを立ち上げ、その名を検索して、彼のサイト探し出す。良くいうとシンプル、正直いうとかなりデザイン的に微妙なサイトが立ち上がる。配色も凄いし、文字も読み辛い……。
  そのサイトをさらに残念な物にしているのが、彼がマウスで描いた?と思われる女の子?と思われるイラスト。そして、「なぜ、僕はこの作品が大好きなのか?」「僕にとってのキノコちゃん」といった項目が並んでいる。私はその一つ一つを、従兄弟の言葉を聞きながらしながらポチっとしてみる。
  どちらの先にも、以前の彼が描いたラブレターとほぼ同じような感じで、彼の熱い想いの籠もった文章へと繋がっている。その作品の主人公に彼は恋しているようだ。  
 「……なるほど」
  私はそのアニメを知らなかったもので、別タブでそのアニメも検索してみる。どちらかというと子供向けの他愛ない素朴な内容のアニメらしい。そのアニメの主人公の設定は小学生四年か……。
 「で……私に、何の相談があったの?」
 「百合子さん、確か絵お好きだと聞いて、キノコちゃんのイラストを描いて貰いたいんです! トップの絵と各コーナーの絵を六枚ほど、毎月初めに更新したいので、二十日にコチラに頂けるように描いてメールで送って下さい」
  電話切っていいですか?
 「あの……私、色々忙しくて、それはチョット無理かな~」
 「お金払いますから!」
  なぜ、この子はそういう方向に話がいくのかな。
 「……そういう問題ではなくて、賢くんホームページ作って何をしたいの?」 
 「僕のキノコちゃんへの愛を、世間の人に知って貰いたいんです!」
  なるほど、まあ文章読めばそれは分かるけど……。
 「あのね、ホームページは、何かを人に伝えたい事があるから作るものなのは当たり前の事。その為にはね、まず人に見て貰えるようなサイトを作る事が必要なの! 分かる?」
 「え、はい! その為にどうすればいいんですか?」
  結局その後、一時間ほど、人が読みたくなるサイトとはどんなものかを電話で講義をした。そして、後日チョットは見やすいサイトを作るようになったら、彼にネットで同好の人との交流の仕方まで丁寧に教えた。彼のサイトにはそうして知り合った友達に描いてもらったであろう少し可愛いイラストが載るようになった。
  自分でも何しているのだろうか? とも思う。アニメのキャラへの恋は、万人に受け入れられるものではないものの、想いをもって何か踏み出して新しい事を始めようとする従兄弟の気持ちは理解できた。なのでついつい、手伝ってしまった私。どんな形であれ、従兄弟は他人ともっと積極的に接することが必要だと思ったから。
  このホームページが、彼を成長させてくれるように、姉心をもって祈るだけである。
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