22 / 25
第22話 無の時間
しおりを挟む
カーテンの隙間から差し込む日差しが僕を貫いた。
目元を照らすそれはひどく煩わしい。もう少し寝かせてくれてもよかったじゃないか。
だってこんな世界、生きていてもなんの意味もないんだから。
時計を見ると、すでに時刻は正午を過ぎようとしていた。
長年の生活で築き上げられてきた生活リズムは3日もすればもうボロボロだった。何事も一からコツコツと作り上げるのは難しいが、それをぶっ壊すのは容易である。身をもってそれを体感しても、後に残るのは虚しさだけだった。
自室から出て、階段を降りる。
当然ながらリビングに両親はいない。
冷蔵庫を開けると食料だけは豊富にある。
炊飯器を見ればほんのり温かみが残っていたものの、中は空っぽだった。
水で少し内釜を冷やし、米櫃からカップ2杯分の米を入れる。
米をとぎ、白濁した汁を捨てる。同じ作業を2回ほど繰り返し、2合のラインの少し下に合わせ、早炊きスイッチを入れる。
それから電気ケトルに水を少し入れ、こちらもスイッチオン。
続いてフライパンに少量の油を引き、弱火でかける。薄く油が引き伸ばされたそこに鳥もも肉をそのままのせた。
ジュワアアァァ……という音とともに油と鉄がもも肉を焼いていく。
足元の引き戸から塩と胡椒を取り出し、もも肉の表面に2、3度軽く降る。
更に醤油、みりんを取り出してそれぞれ大さじ1杯ずつもも肉の表面にかける。
蓋を閉め、油と調味料が染み込むまでじっくりと弱火でもも肉を炙ることにした。
再び冷蔵庫を見渡せば、ところ狭しと野菜が賑わっている。もう一品調理することも考えたが正直面倒だ。まるまる太ったレタスをひょいと掴み、一枚一枚、丁寧にちぎる。一口サイズにちぎったら皿にのせていってサラダは完成だ。
フライパンの蓋を開け、もも肉をひっくり返す。程よく焼き目がついていい感じだ。僕は裏面にも塩胡椒を振ってそのまま蓋を閉じた。
時折火の様子を見つつ、リビングの空いたスペースで本日の自重トレーニングを開始する。
僕は正しいフォームを意識しながら、そして雑にならないように腕立て伏せ、上体起こし、スクワットをそれぞれ20回ずつこなす。少ないと思われるかもしれないが、実際しっかりやるとそこそこキツイ。それに量や負荷が多すぎれば毎日は続かない。継続は力だが、続かなければ無力に終わってしまう。だからこのくらいが続けるにはちょうどいい。
そうこうしてたら鶏肉がいい感じに仕上がっていた。フライパンから先ほどレタスを敷き詰めた皿へと油ごとダイブさせる。
戸棚からインスタント味噌汁の素を取り出し、味噌汁用の茶碗へとニュルニュル入れる。電気ケトルから注いだお湯が味噌汁の素と溶け合い、味噌の良い香りが鼻腔をくすぐった。
パンっ!!という音が部屋に響き渡った。
ご飯が炊けた合図である。米を炊く機能しか存在しない我が家の炊飯器は炊けた瞬間も主張がシンプルだ。
蓋を開き、しゃもじで2、3度軽くかき混ぜる。湯気が熱いので、そのまま茶碗にさっさとご飯をよそう。
完成した品々をテーブルに置き、冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぐ。
「いただきます」
僕の1日が今日も始まった。
遅めの朝食を終え、僕はコントローラーを手に取った。
ゲーム機の電源をつけ、画面を立ち上げる。
ゲーム機にダウンロードした数々のソフトを眺め、今日は何をしようか思いを馳せる。
「……ま、これかな」
僕はTD(トワイライト・デスティニー)のコレクションパックを選択した。
TDは過去に様々なハードで取り扱われ、正直ファンの間でもその全てを集めているのはごく少数だった。そのため、今まで発売されたタイトルを一つのハードにまとめて発売したのがコレクションパックだ。
せっかくこれだけ時間が有り余っているのだから、長編のRPGをするのも悪くはないと思い、僕はしばしの間TDの世界に没頭した。
僕は学校を休み、完全に引きこもっていた。
引きこもることに決めた理由は大きく分けて二つ。
一つは学校に行く意味を見出せなかったからだ。
元々学校に行く意味なんてわからなかった。物心つく前、それこそ幼稚園から長い間集団生活を強要されてきたが、ずっと他人と生活しなければならない意味を疑問に思っていた。小学生くらいまではそこそこ上手くやってこれたが、中学に上がって破綻した。それもとてもくだらない理由で。
もう一つはうちの両親にあった。
小学生の終わりに至るまで、娘が自身を男だと思っていることに何の干渉もしなかった親である。両親は基本仕事で家を空けることが多く、完全放任主義だった。今回も自分が中学でいじめに遭っていると母に珍しく相談したら
「じゃあ休んじゃえば?」
の一言を頂戴した。
僕は不覚にも「あ、その手があったか」と思ってしまった。親の了承もいただいたので正直学校に行く理由が無くなってしまった。
そんなわけで、僕は学校を休み、しばらく自身の殻に籠ることにした。これを機に、自分のことを少し見つめ直そうと思ったのだ。
自分を見つめ直すなんて若造が何を……と大人たちは思うかもしれない。13年という薄い歴史しか持たない僕には振り返る思い出など一瞬だ。けれど、世間からズレにズレてしまった自身の性別の問題にある程度の決着はつける必要があった。
引きこもることがその解決策になるのかはわからない。ただ結論を引き伸ばしているだけなのかもしれない。けれどじっくり腰を据えて考えるには学校生活は慌ただしく、あの教室はその場所に相応しくないのは確かだ。
それから僕は1年間引きこもり続けた。
目元を照らすそれはひどく煩わしい。もう少し寝かせてくれてもよかったじゃないか。
だってこんな世界、生きていてもなんの意味もないんだから。
時計を見ると、すでに時刻は正午を過ぎようとしていた。
長年の生活で築き上げられてきた生活リズムは3日もすればもうボロボロだった。何事も一からコツコツと作り上げるのは難しいが、それをぶっ壊すのは容易である。身をもってそれを体感しても、後に残るのは虚しさだけだった。
自室から出て、階段を降りる。
当然ながらリビングに両親はいない。
冷蔵庫を開けると食料だけは豊富にある。
炊飯器を見ればほんのり温かみが残っていたものの、中は空っぽだった。
水で少し内釜を冷やし、米櫃からカップ2杯分の米を入れる。
米をとぎ、白濁した汁を捨てる。同じ作業を2回ほど繰り返し、2合のラインの少し下に合わせ、早炊きスイッチを入れる。
それから電気ケトルに水を少し入れ、こちらもスイッチオン。
続いてフライパンに少量の油を引き、弱火でかける。薄く油が引き伸ばされたそこに鳥もも肉をそのままのせた。
ジュワアアァァ……という音とともに油と鉄がもも肉を焼いていく。
足元の引き戸から塩と胡椒を取り出し、もも肉の表面に2、3度軽く降る。
更に醤油、みりんを取り出してそれぞれ大さじ1杯ずつもも肉の表面にかける。
蓋を閉め、油と調味料が染み込むまでじっくりと弱火でもも肉を炙ることにした。
再び冷蔵庫を見渡せば、ところ狭しと野菜が賑わっている。もう一品調理することも考えたが正直面倒だ。まるまる太ったレタスをひょいと掴み、一枚一枚、丁寧にちぎる。一口サイズにちぎったら皿にのせていってサラダは完成だ。
フライパンの蓋を開け、もも肉をひっくり返す。程よく焼き目がついていい感じだ。僕は裏面にも塩胡椒を振ってそのまま蓋を閉じた。
時折火の様子を見つつ、リビングの空いたスペースで本日の自重トレーニングを開始する。
僕は正しいフォームを意識しながら、そして雑にならないように腕立て伏せ、上体起こし、スクワットをそれぞれ20回ずつこなす。少ないと思われるかもしれないが、実際しっかりやるとそこそこキツイ。それに量や負荷が多すぎれば毎日は続かない。継続は力だが、続かなければ無力に終わってしまう。だからこのくらいが続けるにはちょうどいい。
そうこうしてたら鶏肉がいい感じに仕上がっていた。フライパンから先ほどレタスを敷き詰めた皿へと油ごとダイブさせる。
戸棚からインスタント味噌汁の素を取り出し、味噌汁用の茶碗へとニュルニュル入れる。電気ケトルから注いだお湯が味噌汁の素と溶け合い、味噌の良い香りが鼻腔をくすぐった。
パンっ!!という音が部屋に響き渡った。
ご飯が炊けた合図である。米を炊く機能しか存在しない我が家の炊飯器は炊けた瞬間も主張がシンプルだ。
蓋を開き、しゃもじで2、3度軽くかき混ぜる。湯気が熱いので、そのまま茶碗にさっさとご飯をよそう。
完成した品々をテーブルに置き、冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぐ。
「いただきます」
僕の1日が今日も始まった。
遅めの朝食を終え、僕はコントローラーを手に取った。
ゲーム機の電源をつけ、画面を立ち上げる。
ゲーム機にダウンロードした数々のソフトを眺め、今日は何をしようか思いを馳せる。
「……ま、これかな」
僕はTD(トワイライト・デスティニー)のコレクションパックを選択した。
TDは過去に様々なハードで取り扱われ、正直ファンの間でもその全てを集めているのはごく少数だった。そのため、今まで発売されたタイトルを一つのハードにまとめて発売したのがコレクションパックだ。
せっかくこれだけ時間が有り余っているのだから、長編のRPGをするのも悪くはないと思い、僕はしばしの間TDの世界に没頭した。
僕は学校を休み、完全に引きこもっていた。
引きこもることに決めた理由は大きく分けて二つ。
一つは学校に行く意味を見出せなかったからだ。
元々学校に行く意味なんてわからなかった。物心つく前、それこそ幼稚園から長い間集団生活を強要されてきたが、ずっと他人と生活しなければならない意味を疑問に思っていた。小学生くらいまではそこそこ上手くやってこれたが、中学に上がって破綻した。それもとてもくだらない理由で。
もう一つはうちの両親にあった。
小学生の終わりに至るまで、娘が自身を男だと思っていることに何の干渉もしなかった親である。両親は基本仕事で家を空けることが多く、完全放任主義だった。今回も自分が中学でいじめに遭っていると母に珍しく相談したら
「じゃあ休んじゃえば?」
の一言を頂戴した。
僕は不覚にも「あ、その手があったか」と思ってしまった。親の了承もいただいたので正直学校に行く理由が無くなってしまった。
そんなわけで、僕は学校を休み、しばらく自身の殻に籠ることにした。これを機に、自分のことを少し見つめ直そうと思ったのだ。
自分を見つめ直すなんて若造が何を……と大人たちは思うかもしれない。13年という薄い歴史しか持たない僕には振り返る思い出など一瞬だ。けれど、世間からズレにズレてしまった自身の性別の問題にある程度の決着はつける必要があった。
引きこもることがその解決策になるのかはわからない。ただ結論を引き伸ばしているだけなのかもしれない。けれどじっくり腰を据えて考えるには学校生活は慌ただしく、あの教室はその場所に相応しくないのは確かだ。
それから僕は1年間引きこもり続けた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる