阿呆になりて直日の御霊で受けよ

降守鳳都

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其の肆拾参の壱

三尾城の陥落 瀬田橋の攻略(上)

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北越将軍の羽田公矢国と羽田公大人とその家の者
百名ほどと、出雲狛は、三尾城みおのきの前に
隊列を組んだ。予め三尾城の様子を兵の一人に
探らせたところ、三尾城の中にはおよそ二千名
以上の兵がいることが判った。明らかな兵数の差が
あることを羽田公矢国と羽田公大人はここに来て知った。
通常であるならばそんな数は居ないはずなのだが、
大津宮を守るために急遽増やしたのであろう。
この現実を前にして羽田公矢国と羽田公大人は、
三尾城を陥落することが出来るだろうか
と思うばかりであった。
出雲狛はここへ来るまでの道中において
狗に乗っている間ずっと、山の神より授けられた
と伝えられている磨き石で鉄を磨き続けていた。
彼以外の全員がその行為の意味を理解出来ずにいて、
何かを思いつく為の儀式のようなものだろうか
と思っていた。三尾城の中の兵たちは、
三尾城の北のふもとに着いた大海人軍の隊列を見て
気でも違っているのかと思って嘲笑していた。
そのような状況の中で、出雲狛が突然に大きな声で
「出来た」と叫んだので、ただでさえ不利な
状況にあるうえに敵を刺激して三尾城から討って
出られては大変だと瞬時に思った羽田公大人は、
慌てて出雲狛の口を塞いだ。いきなり口を塞がれて
驚いた出雲狛は「ふぁにほふぁはへふほへふ」と
羽田公大人を睨みながら言ってから、その手を
払い除けて「皆さんは、私が鉄で遊んでいると
思っていたのではありませんか」と問いかけた。
すると、一同が全員揃って首を縦に振ったので、
やれやれといった感じで出雲狛は一同を
見渡してから「天竺よりも遥か向こうの
西の海の中にある島国が、大きな国に多くの船で
攻め込まれた時、一人の物の道理を
よく知っている者が、日輪の力を使って
船を焼き尽くし、たった一人で敵を追い払いました。
私もその男の考えに倣って、日輪の力でもって
大海人皇子の霊威を三尾城の者たちに示して、
皆さんと手を取り合って三尾城の
兵たち全てを投降させます」と言った。
羽田公矢国と羽田公大人とその家の者たちは、
出雲狛の言っている意味がまったく
分からなかったが、彼を信じるより他に道は
なかったので、彼の考えに従うことにした。
彼らが自らの言葉を信じたことを確認した出雲狛は、
涼やかな澄みきった声で「策を申上げます」と言った。

瀬田橋の東にある近淡海の国衙を押さえて、
これまで中立を保っていたが大海人軍有利と見て、
新たに参加してきた近在の氏族を取り込んで、
総勢二万を超えた村国連男依の率いる大海人軍の
意気軒昂なさまが、瀬田橋に近づくにつれて
大友軍からはっきりと見てとれた。鉦と太鼓を
乱打しながら土煙を上げて迫ってくる彼らの姿に、
多くの大友軍の兵が不安を抱いた。
だが、橋の中央の五枚の橋板は、前線を指揮する
将である智尊の策により、一度外された上で、
大海人軍が渡り始めた時に折り畳まれるように
仕掛けが施されており、東側から渡ろうとする者は
川へ落ちるようになっていた。勢いづいて橋に
駆け込んだ大海人軍の最初の歩兵は、その仕掛けに
よって見事に川へ落ちて行った。大海人軍は
この事態を打開するために矢を放ち続けて仕掛けを
動かす者たちを射止めようと試みたが、彼らは
覗き窓だけを残した隙間なく箱型に組み立てた
楯に守られていたので、どれだけ試みても
わずかな覗き窓しか当てがないのでは
効果はなかった。覗き窓を狙うのを諦めた大海人軍が
矢を放つことを中断したので、両軍は橋を挟んで
睨みあうだけになった。村国連男依は、瀬田橋に
着く前にこのような事態も想定して、そうなった時に
打開策を考えるために、大友軍の状況やおよその
兵数を探るように指示を出して周囲に
偵察を送っていた。やがて彼らが戻って来た。
話を聞いたうえでそれぞれからの報せを
総合すると大友軍の兵数はおよそ三万で、
言うまでもなく歩兵の数が多く、全体の七割を
占めており残り三割が騎兵とのことであった。
大友皇子、中臣連金。蘇我臣赤兄、犬養連五十君などが
それぞれ兵を率いて隊列を組んで、大海人軍が
橋を渡って来た時に備えて、槍と弩を持った
歩兵を前に置き、後方に弓隊を置いて待ち受けている
との事だった。この間にも大友軍からは、
罵声や挑発する言葉が発せられていて、
これを聞いて激昂した新兵が、時折橋に向かって
駈け込んで仕掛けに嵌って川へ落ちた水音が
断続的に聞こえてくる。村国連男依は
数に任せて一気に突撃すれば橋板を
何とか出来るかも知れないと思い、
とうとうここに来て少しの犠牲も厭わずに
兵を使うことを決断した。
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