続 野良猫と藪医者

結城 鈴

文字の大きさ
4 / 12

4

しおりを挟む
 火曜日。一臣にすすめられたこともあったが、気晴らしもかねて、眼科に行くことにした。学校が少し早く終わる日でもある。駅から自転車に乗り、いつものスーパーの方へ向かう。途中に、眼科の看板が見えた。
良かった。午後もやってる。
午後、不定期に休診の病院は多い。よく調べもせずにふらりと来てしまったので、少々心配だったのだ。
駐輪場に自転車を置き、鍵をかけてポケットに入れる。自動ドアをくぐり、受付を済ませた。評判がいいと聞いていたが、混んでいる風でもなく、どうやら空いている時間に入れた様だった。あまり待たずに名前を呼ばれる。機械の前に座らされ、台の上に顎を置くように言われた。簡単に視力を測ります。と担当の女性が言った。目の前に、赤い気球の絵が映し出される。それを見ているうちに、測定は終わったようだった。次に、おなじみの丸い輪っかの並んだ、視力検査をするようだった。眼鏡を渡されて掛けると、左目を隠された。
右目はよく見える。かなり下の方まで、読み取ることができた。
「じゃぁ次は左ですねー。」
女性が、右目を隠す。途端に、輪っかがぼやけ、一番上の大きい輪っかが、ギリギリ見えるかという状況になった。すると、女性は慣れた手つきで、眼鏡にレンズを入れる。
「これでどうですか?」
「あ、さっきよりは・・・。」
それでも、1.0には程遠い。女性はレンズを変えると、そのほかにもう一枚レンズを入れた。今度はやけにくっきりはっきりと、右目と同じくらい見えた。
「あ、はい。下まで見えます。」
「ハイでは、視力検査は終わりです。眼鏡の希望はありますか?コンタクトとか。」
「あ・・・必要なら眼鏡作りたいです。」
「左の近視がやや強いのと、少しですが乱視もあります。目が疲れるようでしたらお勧めします。」
「じゃぁ、お願いします。」
女性は、処方箋を作りますので、目の距離を測りますね、と別の、小さな機械を持ってきた。顔に当てられ、まっすぐ前を見るよう言われる。そして、今度は合わせた眼鏡をかけられた。
「五分ほど、気分が悪くなったりしないか、辺りを見たりして待っていてください。そのあと診察になります。」
女性はそう言うと、待合の椅子に誘導して、別の患者の相手をし始めた。
五分ほどそのまま待っていると、今度は、別の部屋から呼ばれた。
「こんにちはー。」
やけに元気な挨拶をする、小柄なショートカットの女医さんだった。挨拶をして、促されるまま前に座る。
「その眼鏡をかけていて、どうですか?楽ですか?気分は悪くなったり・・・。」
言われて、もう一度辺りを見回す。眼鏡は重たいが、見え方は問題ないように思えた。
「・・・大丈夫です。」
「じゃぁ、それで、処方箋出しておきますね。帰りに受付でお渡ししますので。ほかに何かありますか?」
「頭痛持ちなんですけど・・・眼精疲労からくるものだったら、何か、目薬とかで改善できますか?」
「あー目の疲れねぇ・・・。ビタミンの入った目薬ならお出しできますよ。あと、飲み薬ですね。毎日飲むようにはなりますが、改善はすると思います。眼鏡が出来上がってくればまた変わると思いますので、それまでの間の分、お出ししましょうか?」
「・・・お願いします。」
「では、眼鏡が出来上がりましたら、見え方の確認をしますので、また来てください。」
医師はそう言うと診察を終えた様だった。
いいですよ、と隣の女性に促され、眼鏡をはずす。少しクラリと目が回った。そのまま、待合室に戻る。会計を待っている間に、今夜の夕食の献立を考えていた。
ちょっと疲れちゃったな。簡単に済ませてもいいだろうか。
頭の中は、レトルトのカレーが浮かんでいた。
会計を済ませ、処方箋と、目薬と薬袋をリュックにしまうと、外に出る。夕方だが、外はまだまだ明るかった。自転車に乗り、スーパーへ向かう。
「眼鏡・・・眼鏡かぁ。いくらくらいするのかな。」
ピンキリだろうとは思うけど、眼鏡屋に足を踏み入れたことはない。とりあえずは、もらった飲み薬と目薬を使ってみて・・・やっぱりだめなら眼鏡かコンタクト・・・?
一臣さんにも相談してみよう。
眼鏡だと・・・キスをするのに邪魔だよね・・・。
そんなことを思い、かぁっと耳が熱くなる。恥ずかしい。
一臣は、真剣に自分の頭痛のことを心配してくれているのに。
そういえば、日曜の午後は空いているだろうか?先日デートの予定を断ってしまった代わりに、眼鏡屋に行くのはどうだろう。似合っているもいないも判断がつかないから、一臣に見立ててもらうのがいいかもしれない。お金を出させるつもりはないけれど。
「聞いてみよう。」
もうすぐ海の日。学校も夏休みに入るし、三連休だ。少しゆっくりできるかもしれない。
相談してみよう。
そうこうしているうちに、目的のスーパーについた。

 夕食後、処方された薬を飲んでいると、一臣が目ざとくやってきてそれなに?と聞いてきた。帰りに眼科によって、処方になったことをざっと話す。見せると、あぁビタミンB12だね、とほっとしたような顔をした。頭痛の薬が、少々体に負担なのもあって、それで改善できるならいいねと一臣は微笑んだ。
「それでね、眼鏡、作った方がいいかなって。後で一緒に見に行ってくれる?」
「いいよ。日曜の午後か・・・あぁ来週海の日か。月曜日も大丈夫だよ。」
予想通りのこたえをくれた。こういった些細なことが嬉しくて。こうやって、またどんどん一臣を好きにさせられてゆく。
ニコニコしてしたのを見て、一臣も笑った。
「ちょっと気分が浮上したのかな?気晴らしになりそう?」
「うん。・・・姉さんのこと、っていうか・・・赤ちゃんのことはまた性別わかったらもやもやすると思うけど・・・今のところは、それまで待ってたらいいやって気持ちになったよ。」
「すばる偉いね。そうだね。すばるにとっては、赤ちゃんの性別大問題だもんね。でも、少しゆとりが持てたみたいで良かった。ほんとに偉いよ。」
一臣が褒めてくれる。照れくさくなって苦笑した。
その時が来るまで、じたばたしても何も変わらないと思えたのだ。夏休み前に提出する課題もあったし、赤ちゃんのことばかりに気を取られていては駄目だと、自分を叱咤した。
「ふつうに・・・一臣さんと生活してるだけで気がまぎれるよ。一人じゃないから。」
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいな。」
一臣は笑みを崩さない。本当に嬉しいのだろう。
「眼鏡のすばる、ちょっと楽しみかも。あぁ、でもその前に美容室も行っておいで。前髪少し短くするといいよ。それに合わせて選ぼう。」
「うん。わかった。」
課題やる時間取れそうかな。なるべく学校で済ませないと。
今週は少し、忙しくなりそうだった。

 水曜日。いつものように駅で友成と一緒になった。いつも元気な彼が、浮かない顔をしている。電車はもう来ていて、二人乗り込みながら声をかけた。
「おはよう!友成、何かあった?」
「んー・・・すばる、課題終わりそう?」
「何とか持ち帰らずに終わらせたいとこなんだ。友成は?」
週末までだったよね?と問いかけると、友成は苦笑して車外を見やった。電車は、講義の時間の都合で空いている。
「そうなんだけど・・・オレ間に合わないかも。」
「え?順調だったと思ってた。」
友成はもう仕上げの段階だったはず。
「うん。・・・でもなんか納得いかなくて。」
そうか、と思い頷く。よくあること、のように思う。自分の作品が途中で気に入らなくなること。
「初めからやり直してるの?」
どうにか修正できないのだろうか。心配になって尋ねた。
「着色から。線は嫌いじゃなかったから。」
ホッと胸を撫でおろす。それなら、友成のペースならなんとかなりそうだと思ったからだ。ギリギリではあるけれど。
「すばるは迷いがなくていいよな。」
ドキッとした。
「そ・・・んなことないよ。迷ってばっかり。」
私生活は。絵に関しては、好きなようにやっているせいか、あまり描き直しの経験はない。幸い、自分の好みと、講師の好みが一致しているのか、すんなり受け取ってもらえていた。
こういう相性は大事だと思う。自分は本当に、運がよかっただけなのだ。ほかの講師だったら、そうはいかないかもしれない。たまたま少し気にいられているだけ。そう思っていた。
「がんばろ?」
「うん。終わらないと夏休み補講だもんね。オレだって、早く夏休みにしたい。けど、宿題も出るんだよなー。」
宿題は、デッサンとアクリル絵の具でポスター一枚。来る学校祭のためのものだ。正直油絵は苦手だったから助かった。
デッサンのモチーフは自由。これもまた救いだった。また裸婦像だったら苦戦するだろうし、メンタルがボロボロになるのが目に見えているからだ。
ことあるごとに思い出していしまう、姉さんと、その赤ちゃんのこと。早く、無事に生まれて、無事に育てばいいという境地に達したかった。しかしことはそう簡単ではない。できれば、みんなに望まれた子であってほしいからだ。自分のような不幸は、もうたくさんだった。
「すばる?降りよ?」
「っぁ。うん。」
促されてハッとする。慌てて、友成の後に続いた。
友成とは、とっている講義もほぼ同じだった。昼食もともに取ることが多い。食堂に弁当を持参するのは肩身が狭かったが、たまに利用しているし、良しとすることにしている。
一時間半の講義の後は、すぐにランチタイムだ。今日はお弁当に出汁巻きを入れてきた。朝がゆっくりめの日は、なるべく手をかけるようにしている。早い日は、お握りだけだったりもするけれど。料理や、お弁当のおかずのレパートリーは多いに越したことはない。一臣は、今は社食で済ませているようだが、実は弁当を持たせたいのだ。栄養のことだってちゃんと勉強したい。やりたいことがたくさんありすぎて、やってあげたいことがありすぎて、時間がいくらあっても足りないと思えた。こうやって、忙殺されていれば、気がまぎれるということも多々あった。
「すばる?」
いけない。また物思いにふけってしまった。
「ん。なに?」
友成が不思議そうな顔をしている。
「そういえばこの間の、赤ちゃんの顔の造形の話。役に立った?」
問われて、ゆるく頭を振る。
「本能、歪んでるかも、僕。」
スーパーで、赤ちゃん見かけたんだけどね、と話す。
「かまってやって、笑ってくれるともっと可愛いよ。」
反応があるのとないのとじゃ大違い、と友成は言う。それもそうかと思った。
「やっぱり、実際生まれて会ってみないとだよね。」
「そうだね。これはさ、ほんとは妊婦さんに言うんだけど。
案ずるより産むがやすし、だよ。大丈夫、絶対可愛いって。」
友成が励ましてくれるので、なんだかその気になってくる。
「そうだね。・・・今は課題に集中する。」
「すばる、夏休みも遊べる?」
「うん、たぶん。」
課題、学校でやろう?と持ち掛けられて頷く。作業部屋は、夏休みも七月まで解放されている予定だ。家でやると、あちこち汚しかねないし、デッサンのモチーフも豊富だ。そうすることにした。

 一臣と暮らし始めた当初から、金曜は外食。その後は家でゆっくり過ごして、夜は寝室を共にすることになっていた。
今夜は、駅で待ち合わせて、一臣の車でどこかに食べに行くことになった。ロータリーには中央に噴水がある。その前に、ベンチが一つ。初めて、一臣に会った場所だった。しかしながら、その場所は、男同士のナンパスポットだと後で聞かされて、座ることはなくなっていた。今は、駅前にあるカフェで、アイスカフェオレを飲みながら、涼を取っていた。
懐かしい。まだ、一年もたっていないけれど・・・。
この近くに、榊医院があり、そこから歩いていける距離に、美味しいビーフシチューの店がある。榊はそこの常連らしかった。
とはいえ、今日も雨上がりで蒸し暑い。もっとさっぱりしたものが食べたかった。
「生ものは当たったら怖いし・・・何がいいだろう。」
そうこうしているうちに、待ち合わせの七時半。一臣の車がロータリーに入ってきたのを見て、会計を済ませた。外に出ると、丁度店の前に、インプレッサが着けてある。せわしなく乗り込んで、シートベルトを締めた。
「一臣さん、お帰りなさい。」
「ただいま。」
家じゃないけど、なんとなくそんなやり取りをする。
「さて、何食べようか?お腹空いてるよね。」
「うーん。暑くて食欲ない・・・。」
「だめだめ。そういうときこそガッツリ食べないと夏バテするよ。」
一臣は、ちら、とこちらに視線を投げて、また前に向き直った。信号は青だ。
「じゃぁがっつり蕎麦・・・とか・・・。」
「ミニ天丼付けるなら蕎麦でもいいよ。美味しい店知ってる。」
それは、ガッツリだなぁと思いつつ、一臣はもう蕎麦屋に向かうことにしたらしかった。
数分で蕎麦屋につく。数台分の駐車場しかなかったが、幸い空きがあった。一臣は、少々狭いそこに難なく車を止めると、ミラーをたたんだ。
「すばる、ちょっと狭いからドア気を付けてね。」
「うん。」
隣の車にあてないように、そっとドアを開いて、何とか体を引っ張り出す。一臣も苦労しながら車を降りると、先に店の暖簾をくぐった。
「いらしゃいませぇー。」
中から、元気な声が聞こえてくる。なるほど、一臣の好きそうな雰囲気だ。後について中に入ってそう思う。清潔感のある店内は、潔癖症の一臣にとって最低限の条件の一つだった。
空いていた、四名掛けの座敷に通される。一臣はお品書きを見ることもなく、盛り蕎麦とミニ天丼のセット二つ、と注文し、出された麦茶を飲み始めた。
「あー美味しい。喉乾いてたんだ。」
職場を出て、すぐに待ち合わせ場所に向かったのだろう一臣は、持たせた水筒が空になっているだろうことをうかがわせる。
「一臣さんのマイボトル、ちょっと小さいかなぁ。」
「あー午前中には飲み終わって、食堂で麦茶足してもらってる。それも、午後にはなくなっちゃうかな。」
「やっぱり。」
「でも、大きいと邪魔だしなぁ。俺がいるフロアは自販機ないんだよ。いちいち買いに行くのも面倒で。」
ウォーターサーバー置いてもらえるように掛け合ってみようかな?と笑う。
「薬飲ませるのに必要だとか言ってさ。」
なるほどそれは名案だ。
「言うだけ言ってみよう。」
「うん。医者が脱水で倒れたらシャレにならないもんね。」
まったくだと頷いたところで、蕎麦が運ばれてきた。
「盛り蕎麦二つですね。天丼あとから出ますから。」
看板娘と言った感じの、美人の店員が配膳してくれる。
「あとで、蕎麦湯もください。」
一臣が声をかける。かしこまりましたと、店員さんは奥へと引っ込んだ。一臣は、割り箸を割ると、いただきますと手を合わせ、もう食べ始めていた。よほどお腹が空いているのだろう。遅れて、いただきますと手を合わせ、食べ始める。手打ちなのだろうその蕎麦は、白くて細かった。つるりとしていて食べやすい。あっという間に空になった。それを見計らってか、天丼が到着する。こちらは、大きな海老と、キス、季節の野菜が乗っていた。食欲を誘うタレの香りに、思わず箸が伸びる。食べ始めると、こちらもあっという間になくなった。
「美味しかった。・・・一臣さん、よくこんなお店知ってたね。」
「父がいたころはよく来たんだよ。」
ということは、数年ぶりと言ことになる。きっとまた、いろいろ思い出させてしまっているのだろう。早く店を出たい気持ちになった。一臣も、長居する気はなかったらしく、蕎麦湯を飲み終えると、席を立った。カウンターで会計を済ませると、トイレに寄り、戻ってくる。
「さて、行こうか。」
「うん。」
頷いて席を立ち、見送りの店員さんにごちそうさまでしたと告げて外に出た。むわっとまとわりついてくる湿気。
共に車に乗り込むと、一臣は少し寒いくらいにエアコンを入れた。
「寒い?でも湿度すごいからなぁ。」
「ううん。大丈夫。」
家まではそう遠くない。そういう距離感、土地勘も、少し身についてきていた。一臣のテリトリーだ。それに溶け込めた気になって、嬉しくなる。初めてこの車に乗せられた時は、どこに連れていかれるのかと、必死で信号の名前を目で追っていたのを思い出した。そうだ。初めて乗った時の目的地は、榊医院だった。
初めての夜、秘部に深い傷を負い、半ば無理やり病院に連れていかれたのだった。
男同士のセックスは、甘いばかりではない。それどころか、痛めつけようと思えばいくらでもできると聞いた。
今夜も・・・誘われるだろうか。
自分の前に十六人。その前に茜。過去はどうすることもできないが、なんだか気が乗らなかった。
素直にこの気持ちを話せればいいんだろうけれど・・・。
一臣の過去を責めたくはなかった。
家には思ったよりもずっと早くについてしまった。

 金曜の夜は、風呂も一緒に入る。広い浴槽は、男二人でもギリギリ入れた。お互いの体を洗いあったりして、ベッドへとつなげる。大切な儀式の一つだった。通過儀礼と言えば、大嫌いな浣腸も、慣れたと言えば慣れた。嫌いには違いなかったが。必要なことだった。
 二人、バスローブでベッドの上。雫が垂れるのをいとわずに、濡れ髪を拭く。タオルドライした髪を、一臣が丁寧に櫛で梳いた。長い前髪が目にかかる。それをそっと指先でのけると、一臣が顔を寄せてきた。そっと啄むようなキスをする。
「すばる、今日あんまり乗り気じゃないでしょう。」
「えっ?」
一臣はわかるよ、と苦笑して見せた。
「なんで?」
「口数少ないし、体温が低い。したい感じじゃないのかなって・・・。」
なんて言おう?考える前に、口が勝手に開いた。
「僕とじゃ、赤ちゃんできないから。」
「・・・。」
一臣が息を飲んだ。
しばらくして、宥めるように、一臣が頭を軽く撫でた。
「すばるは、赤ちゃん欲しいの?」
聞かれて頭を振る。そうではないのだが。なぜか、そう言ってしまった。
「もしかして、無意識だった?」
コク、と頷いて見せる。
「じゃぁ・・・もしかして本音なのかな。」
「そんなことない・・・と思う。けど・・・一臣さんは、赤ちゃんが欲しくて茜さんを抱いていた時期があったんでしょう?」
問いかけると、一臣は困ったような顔をした。当然だ、困るようなことを言ったのだから。
「・・・両親に、孫の顔を見せてやりたかったんだよ。俺の子供が欲しかった、って言うのとは、少し違う気持ちだった。
あの時、それができるのは、俺と茜さんだけだったからね。
義務感・・・みたいなものかな。
回数も、数えるほどしかしてないんだよ。」
あのね、と一臣は話し出した。子供を作るには、排卵日前後にセックスしなければならないこと、タイミング療法と言って、不妊の夫婦がとるやり方だということ。結果子供ができたのだから、お互い不妊ではなかったが、回数は最低限だったということ。聞き終えて、首を傾げた。
「じゃぁ、一臣さん自体は、赤ちゃんそんなに欲しくなかったの?」
「それも語弊があるけど。授かったら、育てる覚悟はしていたよ。」
ゲイである一臣の複雑な当時の心境を垣間見た気がした。
「一臣さん、茜さんが相手でも、ちゃんと勃ったんだね。」
自分は女の人相手は絶対無理だ。経験はなかったが、する気にもなれなかった。
「それは・・・うん・・・。」
一臣がどんどん気まずそうな顔になってゆく。詳しくは話したくない、視線を逸らす彼から読みとれた。
「すばる、それを考えてて、気分じゃなくなっちゃったの?」
「それだけじゃないけど・・・。」
ごめんなさいと告げる。
「んー。じゃぁ、舐めてあげようか。軽く指で弄って、それでもほしくならなかったら、今夜は無しでいいよ。」
一臣は、最大限の譲歩案を提示してきた。頷かないわけにはいかなかった。

「はぁっ・・・はぁっ・・・っ・・・んうぅ・・・。」
ぴちゃぴちゃと濡れた音を立てて、一臣にペニスを舐められている。乗り気じゃなかったはずなのに、体は慣らされていて。荒い息の下で、一臣が股間に顔をうずめるそのつむじを、ぼんやり眺めながら快感をやり過ごしていた。口に出すのは駄目だというからだ。気持ちいいなら繋がりたい、一臣はそう言って、時々後口を指先でぬるぬると刺激した。唾液なのか、溢れた先走りなのか、ローションでもないのに、そこはやけに滑りがよかった。うず、と奥の方がうずく。もじもじと腰が揺れ始めると、一臣は指をくぐらせた。
「んんっ!」
思わず高い声が鼻に抜ける。すると、一臣がちゅぱ、と唾液を啜りながら口を放した。指をかすかに動かしながら、痛い?と聞いてくる。
「はぁっ・・・あ・・・ううん・・・痛くは、ない。」
けど・・・じんじんする。
一臣は答えに満足したのか、指を根元まで差し込み、くるりとかきまぜた。びく、と体が震える。指の腹が、前立腺をかすめる。それをされると堪らない。男にはそこがあるから、だからセックスが気持ちいい。涙目になって、ゆるく頭を振る。
「一臣さん・・・はぁっ・・・。」
もっと欲しい。指じゃなくて、一臣さんの熱いの・・・。
「もう少し慣らしてからね。」
言いながら、ローションを取り出し、手のひらにたっぷり出すと、手指を濡らし、今度は二本、馴染ませるように挿入する。少しきつくはなったが、開かれるのもまた快感だった。
徐々に、きつさがなくなって、快感だけになってくる。それを見ながら、一臣はまた濡れたペニスに口づけた。ぺろぺろと裏側を舐められる。筋のあたりに舌を這わされると、たまらない気持ちよさがあった。
「は、だめ・・・も出ちゃいそう・・・。」
ぶるっと体が震える。すると一臣は、両方の刺激を取り上げた。
「あ、やだ、や!なんで・・・?」
もうちょっとだったのに。
「入れてあげるから、一緒にイこう?」
ひたり、と熱い切っ先が、秘部に押し当てられる。くぷぷ、と音を立てて先端を咥えさせると、一臣は容赦なく全部を一気に突き入れた。
「あっあ・・・あーっ・・・。」
急な挿入に、あられもない悲鳴が上がる。
ぐぐっと奥の深い場所まで貫いて、一臣は背中を抱きこんだ。きつく締め付けられて、声も出ない。そのまま、一臣の方に腰を引かれ、つながりがより深くなる。
「いた・・・いたいぃ・・・。」
一臣の先端が深すぎて、奥の痛みを産む場所に届いてしまっていた。それなのに、一臣はさらにそこを穿った。
「ひっ・・・かずおみさ・・・いたっ・・・そこいたいよぉ。」
必死で泣き言を言う。それなのに、一臣は聞いてくれず、そこを揺らし始めた。
「やっ。やだぁっ!いたい・・・いた・・・。」
「すばる、本当に痛いだけ?」
問われて、コクコクと頷く。怖くて涙が止まらなかった。頬を伝って、鎖骨に落ちる。そのまま胸に流れた涙で濡れた小さな尖りを、一臣が爪の先ではじいた。カリ、と爪を立てられる。そのまま捻り上げられた。
「いった・・・ぃ。」
すると、限界まで突き入れられていたペニスを、一臣がそっと抜いた。途端に痛みがなくなり、そのかわりに一臣は角度をつけて前立腺を擦りあげた。
「ひぁぁっ!あっ。あ・・・やめ・・・やめて!」
「もっとでしょ?イきたいでしょ?」
嗜虐嗜好のある一臣だ。泣けば泣くほど、強い刺激を与えられる。ずん!と突き上げられて、ぴしゃぁっと一臣の腹を濡らした。
「あーあ。一緒にって言ったのに、悪い子だね。じゃあ、もう一回ね?」
まだ、イッたあとの余韻でひくつく中を、一臣が擦りあげる。
「ひぁぁっ!・・・んっんんっ!あ、だめだめ!またクる!
だめ!・・・やだぁぁぁ!」
一臣の責め苦が苛烈になってゆく。彼の絶頂もまた近いのだ。どんどん荒くなる息遣い。くっ・・・くっと息をつめながら、堪えるようにして腰を揺する。抜き差しが熱くてたまらない。
頭の中が、真っ白になっていく。
あ、このままされたら・・・
「一臣さん、イク・・・イっちゃう!」
「いいよ。・・・オレも・・。」
ところが、一臣はいいよと言いながら、右手で、ペニスの付け根を握りこんだ。
「このまま、ね?イってすばる。」
「や、いたい!」
痛みと快感で、おかしくなりそう・・・おかしくなる!
「イくよ・・・!」
一臣が腰を深く突き入れた。
「あっ!ひぃあっ!ぅくううっ。」
びくびくびくっと中が激しく痙攣する。それが、一臣の射精を促して、一臣もまた中で射精した。けれど、きつく根元を握られていた自分は、射精に至らなかった。それなのに、体は絶頂に導かれ、まだ、ひくひくと震えている。何度か経験させられたコレは、いわゆるドライというやつだった。たまらない快感だが、腰に何かがわだかまったように熱が抜けきらずに残っている。それを知ってか、一臣がローションを足して、ぬるぬるとペニスをしごき始めた。
「もうやだぁ・・・。」
「ん、出した方がすっきりするから。」
くちゅ、ぐちゅ・・・としごかれる。ドライの余韻に震える体は、あっという間に上り詰め、二度目の射精をした。
「あぁぁっ・・・。」
自分の腹が、熱く濡れる。ふーっふーっと荒い息を整えた。
ぐったりと全身をベッドに預けていると、一臣が抜け出てゆき、いつの間につけたのかゴムを処理するのを遠くで見た。
「一臣さん、酷い。」
「酷いの、わかってるでしょ?・・・すばるだって嫌いじゃないくせに。」
「だからって・・・今日は優しくしてくれると思ってた。」
一臣はベッドに乗りあがると、ぴったりと横に寄り添うように寝転がり、髪を梳いてきた。
「こんなセックス受け入れてくれるの、すばるだけだから。」
ほかの誰にもしないよ。と一臣が目を伏せる。
「・・・茜さんとは?」
「入れて出すだけだった。楽しんだことはなかったよ。」
一臣は、さっきの様なセックスで喜びを得るところがある。
それは確かに知っていたことだったが。
「僕が痛がるの、好きなんだもんね?」
「そうだよ。ごめんねすばる。・・・でも、ドライ、気持ちよかったでしょう?」
「・・・飛ぶかと思った。」
以前何度か気絶させられたことがあった。良すぎておかしくなる。一臣のセックスは甘いだけじゃなかった。
「まってて、タオル作ってくる。」
一臣はそう言うと、蒸しタオルを作りに、寝室を出ていった。
体中べたついて気持ち悪い。けれど、指一本動かす気力は残っていなかった。
寝ちゃいそう・・・。
うと、と目を閉じる。丁度その時、一臣が戻ってきた。熱めの蒸しタオルで、体を清めてくれる。
「もうだめ・・・。寝ちゃっていい?」
「いいよ。おやすみすばる。俺はシャワー浴びてからにする。」
一臣は、汚れたタオルと下着を持って階下に降りていった。
眠い・・・。
ゆっくりと目を閉じる。睡魔はすぐに意識を飲み込んでいった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

交際0日婚の溺愛事情

江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。 だから緩やかに終わりを探して生きていた。 ──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。 誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。 そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。 ■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。 ■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない

綿毛ぽぽ
BL
 アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。 ━━━━━━━━━━━ 現役人気アイドル×脱落モブ男 表紙はくま様からお借りしました https://www.pixiv.net/artworks/84182395

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...