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九話
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九
宴の日以降、知恵うさぎは効率を上げるために足の速いうさぎの若者を一匹抜擢し、五匹で行動するようになりました。そのお陰で、最初に行ったときよりたくさんの食料を、一回で手に入れることができるようになり、白うさぎ達の食料庫は潤っていきました。
しかし、人間の食べ物だけに頼るわけにはいかないという、長である力うさぎの方針で、今まで通り森の食料探しも並行して行っていました。ですが、最近では一日中足を棒にして歩き回っても、ほとんど食べ物が見つからないといったことも多く、今では誰もやりたがらない仕事になっていました。
でも煤ウサギだけは、村へ行く作戦の予定が無い限り、その嫌な仕事を志願してまでやりたがりました。
他の白うさぎ達は『君は僕達の為にがんばってくれているんだから、村へ行かなくてもいい日はのんびりと休んでて構わないよ』と言って諭すのですが、煤ウサギは「大丈夫、大丈夫。体を動かしている方が落ち着くし、こういった大変な仕事は、新人のオイラがやるべきなんだよ」と言って、進んで森へ入っていくのです。
周りの白うさぎ達は、なんて立派なウサギだろうと感心していました。
しかし、実は煤ウサギが森への食糧探しを志願する本当の理由は、最初に村へ盗みに入ったとき出会ったトツナに会いに行く為だったのです。
村へ食料を調達しに行く日だと、仲間に嘘をついて別行動をしたとしても誰かに見られてしまう可能性があるので、一匹で行動出来る森の食料探しは好都合だったのです。それに、もし食料を見つけられなくても最近の天候のせいもあって、疑問に思う者など誰もいませんでした。
その日も、煤ウサギは森での食料探しを抜け出して村へ行き、トツナの家の壁際に積んである箱に乗って、いつものように至福の時間を過ごしていました。
トツナとの会話の内容は、トツナが知りたがっている色を、煤ウサギが理解しやすいように食べ物を例に出して教えるといったことがほとんどでした。
「今度は、赤がどんな色か教えていただけませんか?」
煤ウサギはその質問に、小首を傾げたまま答えました。
「そうだなぁ、赤は……リンゴの色だな。真っ赤に熟したリンゴは中に蜜が入っていて、とても甘くて美味しいんだ」
トツナも賛同するように胸の前で手を叩きました。
「私もよく食べます。蜜入りのリンゴは大好きです。おじい様も大好きで、時期になると皮を剥いて食卓に出してくれるんですよ」
それを聞いた煤ウサギは少し笑って言いました。
「ハハハ、皮を剥いたリンゴは白……いや、黄色に近いかな? 中身は別の色なんだ」
トツナは面食らったような顔をしました。
「えっ? そうなんですか。皮が赤なのですか……。今度おじい様に、皮を剥かないようにお願いしてみます」
「皮を剥いた方が食べやすいかもよ。まぁ、オイラは皮ごとかじっちゃうけれど」
トツナは、ゆっくり首を横に振りました。
「食べやすさが重要ではないのです。目が見えない代わりに、この手で直接リンゴの赤という色に触れてみたいのです」
トツナは、小さな手を煤ウサギのいる窓に向けながら言いました。煤ウサギは、なるほどといった具合に大きく頷きました。
「そういえば、さっき黄色に近い色って言ってましたけど、黄色とは、どんな色なのですか?」
とっさに黄色い食べ物が思いつかなった煤ウサギは、一番最初にパッと頭に浮かべたものをトツナに伝えました。
「黄色は、お月様の色だ。お月様は毎日姿を変えるけど、まんまるお月様の日は夜の闇が顔をひそめるくらい、黄色い明るい光でオイラ達を照らしてくれるんだ」
「黄色とはお月様の色でしたか。お月様の光が変化しているのは、肌でなんとなく感じることができるのですけど、満月以外の日は一体どんな形でどういう風に、お姿を変えているのかがよくわからないのです」
煤ウサギは目をつむって、まぶたの裏に月の変化を思い浮かべながら答えました。
「お月様はね、夜空で一回かくれんぼしてから、半円の形に沿って初めに一本、黄色い毛糸を置くんだ。二日目には内側にもう一本、てな具合に毎日毛糸を重ねて行って、円の半分が黄色で埋まったら、今度は食べ過ぎたお腹のように、段々と反対側に膨らんでいくんだよ」
クスクスと、耳当たりのいい声でトツナは笑っていました。
「そして、黄色いお腹がもう食べられないよ、って状態になるのが満月だね。シミ一つない、満腹になったお月様を見上げてると、なんだか心がポカポカしてきて、とても気持ちがいいんだ」
煤ウサギはまるでそのときの月の光を浴びているかのような、うっとりとした表情になっていました。
煤ウサギの説明がとても可笑しかったようで、トツナはこらえ切れずお腹を抱えて笑い出しました。
「アハハハハ! ハハハッ! ハ、ハァハァ……ひ、久しぶりにこんなに笑いました」
二度三度と深呼吸をして、息を整えてからトツナは話しました。
「満月の夜は特別な日だって、おじい様も言ってましたし、私もそう思います。月の光を浴びていると、煤太郎さんが言ったように守られてる感じがして、心が安らぎを覚えます」
煤ウサギはウンウンと相槌を打ちました。
「でも、最近の天気のせいでお月様の姿が見れなくて、オイラ次の満月がいつなのかわからなくなっちゃったよ」
「三日後の十五日が満月ですよ。その日が、今年の中秋の名月です」
間髪入れずトツナが言いました。
「中秋の名月には、毎年豊作を願ってススキやお芋やお団子、お餅などをお供えしたりするのですよ」
「お団子やお餅? おいしんだろうなぁ」
まだ口にしたことが無い食べ物が気になって、反射的に口から漏れていました。
そんな純粋な反応が面白かったのか、トツナは愛らしい笑みを浮かべました。
「とてもおいしいですよ。特におじい様が毎年お正月についてくれるお餅は、凄く柔らかくて格別なんです」
お正月に村を遠くから眺めていたときに見たことのある光景を、煤ウサギは思い出しました。
「木の棒と、桶みたいなもので作るやつだよね? みんな笑顔で楽しそうだったから、オイラも一回やってみたいなって気になってたんだ」
「それでしたら、来年のお正月には是非いらしてください。私も、煤太郎さんがついてくれたお餅を、食べてみたいです」
思わぬお誘いに、煤ウサギは自身がウサギだということも忘れて、箱の上から転げ落ちそうなほど喜びました。
「本当に! 約束するよ! オイラが作ったお餅を一緒に食べようね!」
「はい、ぜひに」
その日は、それから少し話したところで食料探しのことを思い出し、わずかな時間でも森の探索をしないと仲間に悪いと思い、煤ウサギは幾分早めの時間にお別れを言ってから、実りの少ない森へと向かいました。
宴の日以降、知恵うさぎは効率を上げるために足の速いうさぎの若者を一匹抜擢し、五匹で行動するようになりました。そのお陰で、最初に行ったときよりたくさんの食料を、一回で手に入れることができるようになり、白うさぎ達の食料庫は潤っていきました。
しかし、人間の食べ物だけに頼るわけにはいかないという、長である力うさぎの方針で、今まで通り森の食料探しも並行して行っていました。ですが、最近では一日中足を棒にして歩き回っても、ほとんど食べ物が見つからないといったことも多く、今では誰もやりたがらない仕事になっていました。
でも煤ウサギだけは、村へ行く作戦の予定が無い限り、その嫌な仕事を志願してまでやりたがりました。
他の白うさぎ達は『君は僕達の為にがんばってくれているんだから、村へ行かなくてもいい日はのんびりと休んでて構わないよ』と言って諭すのですが、煤ウサギは「大丈夫、大丈夫。体を動かしている方が落ち着くし、こういった大変な仕事は、新人のオイラがやるべきなんだよ」と言って、進んで森へ入っていくのです。
周りの白うさぎ達は、なんて立派なウサギだろうと感心していました。
しかし、実は煤ウサギが森への食糧探しを志願する本当の理由は、最初に村へ盗みに入ったとき出会ったトツナに会いに行く為だったのです。
村へ食料を調達しに行く日だと、仲間に嘘をついて別行動をしたとしても誰かに見られてしまう可能性があるので、一匹で行動出来る森の食料探しは好都合だったのです。それに、もし食料を見つけられなくても最近の天候のせいもあって、疑問に思う者など誰もいませんでした。
その日も、煤ウサギは森での食料探しを抜け出して村へ行き、トツナの家の壁際に積んである箱に乗って、いつものように至福の時間を過ごしていました。
トツナとの会話の内容は、トツナが知りたがっている色を、煤ウサギが理解しやすいように食べ物を例に出して教えるといったことがほとんどでした。
「今度は、赤がどんな色か教えていただけませんか?」
煤ウサギはその質問に、小首を傾げたまま答えました。
「そうだなぁ、赤は……リンゴの色だな。真っ赤に熟したリンゴは中に蜜が入っていて、とても甘くて美味しいんだ」
トツナも賛同するように胸の前で手を叩きました。
「私もよく食べます。蜜入りのリンゴは大好きです。おじい様も大好きで、時期になると皮を剥いて食卓に出してくれるんですよ」
それを聞いた煤ウサギは少し笑って言いました。
「ハハハ、皮を剥いたリンゴは白……いや、黄色に近いかな? 中身は別の色なんだ」
トツナは面食らったような顔をしました。
「えっ? そうなんですか。皮が赤なのですか……。今度おじい様に、皮を剥かないようにお願いしてみます」
「皮を剥いた方が食べやすいかもよ。まぁ、オイラは皮ごとかじっちゃうけれど」
トツナは、ゆっくり首を横に振りました。
「食べやすさが重要ではないのです。目が見えない代わりに、この手で直接リンゴの赤という色に触れてみたいのです」
トツナは、小さな手を煤ウサギのいる窓に向けながら言いました。煤ウサギは、なるほどといった具合に大きく頷きました。
「そういえば、さっき黄色に近い色って言ってましたけど、黄色とは、どんな色なのですか?」
とっさに黄色い食べ物が思いつかなった煤ウサギは、一番最初にパッと頭に浮かべたものをトツナに伝えました。
「黄色は、お月様の色だ。お月様は毎日姿を変えるけど、まんまるお月様の日は夜の闇が顔をひそめるくらい、黄色い明るい光でオイラ達を照らしてくれるんだ」
「黄色とはお月様の色でしたか。お月様の光が変化しているのは、肌でなんとなく感じることができるのですけど、満月以外の日は一体どんな形でどういう風に、お姿を変えているのかがよくわからないのです」
煤ウサギは目をつむって、まぶたの裏に月の変化を思い浮かべながら答えました。
「お月様はね、夜空で一回かくれんぼしてから、半円の形に沿って初めに一本、黄色い毛糸を置くんだ。二日目には内側にもう一本、てな具合に毎日毛糸を重ねて行って、円の半分が黄色で埋まったら、今度は食べ過ぎたお腹のように、段々と反対側に膨らんでいくんだよ」
クスクスと、耳当たりのいい声でトツナは笑っていました。
「そして、黄色いお腹がもう食べられないよ、って状態になるのが満月だね。シミ一つない、満腹になったお月様を見上げてると、なんだか心がポカポカしてきて、とても気持ちがいいんだ」
煤ウサギはまるでそのときの月の光を浴びているかのような、うっとりとした表情になっていました。
煤ウサギの説明がとても可笑しかったようで、トツナはこらえ切れずお腹を抱えて笑い出しました。
「アハハハハ! ハハハッ! ハ、ハァハァ……ひ、久しぶりにこんなに笑いました」
二度三度と深呼吸をして、息を整えてからトツナは話しました。
「満月の夜は特別な日だって、おじい様も言ってましたし、私もそう思います。月の光を浴びていると、煤太郎さんが言ったように守られてる感じがして、心が安らぎを覚えます」
煤ウサギはウンウンと相槌を打ちました。
「でも、最近の天気のせいでお月様の姿が見れなくて、オイラ次の満月がいつなのかわからなくなっちゃったよ」
「三日後の十五日が満月ですよ。その日が、今年の中秋の名月です」
間髪入れずトツナが言いました。
「中秋の名月には、毎年豊作を願ってススキやお芋やお団子、お餅などをお供えしたりするのですよ」
「お団子やお餅? おいしんだろうなぁ」
まだ口にしたことが無い食べ物が気になって、反射的に口から漏れていました。
そんな純粋な反応が面白かったのか、トツナは愛らしい笑みを浮かべました。
「とてもおいしいですよ。特におじい様が毎年お正月についてくれるお餅は、凄く柔らかくて格別なんです」
お正月に村を遠くから眺めていたときに見たことのある光景を、煤ウサギは思い出しました。
「木の棒と、桶みたいなもので作るやつだよね? みんな笑顔で楽しそうだったから、オイラも一回やってみたいなって気になってたんだ」
「それでしたら、来年のお正月には是非いらしてください。私も、煤太郎さんがついてくれたお餅を、食べてみたいです」
思わぬお誘いに、煤ウサギは自身がウサギだということも忘れて、箱の上から転げ落ちそうなほど喜びました。
「本当に! 約束するよ! オイラが作ったお餅を一緒に食べようね!」
「はい、ぜひに」
その日は、それから少し話したところで食料探しのことを思い出し、わずかな時間でも森の探索をしないと仲間に悪いと思い、煤ウサギは幾分早めの時間にお別れを言ってから、実りの少ない森へと向かいました。
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