砂の王国-The Chain Of Fate-

ソウ

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一章 獣化ウイルス

1−13 学者たち

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「新種の獣化ウイルスのサンプルだよ」


 私のその一言に、部屋に集まった学者達の顔色が変わった。
 明けて翌日。
 ほぼ徹夜で今までのウイルスの遺伝子型などと比較して、光たちのウイルスが新種のものであることを突き止めた私は、詩占のこともあるわけで、アトカシスト城の研究エリア、学者たちの詰め所を訪れていた。

「何だと!?」
「どういうことなんだ! 世流!!」

 ……だから来たくなかったんだけどね……。
 無意味に怒鳴られて顔を引きつらせながらも私はなんとか平然と説明を始めた。

「一昨日の夜。二人の獣化ウイルスの患者が運ばれてきた。症状はいたって普通の獣化ウイルスと同じ。変わったところなんてどこにも見受けられなかった為、いつも通りの施術を施して完治させたわ」
 
 珍しく熱心に私の話を聞く学者達。本来、それが当然といえば当然なのだろうが……。

「ところが。昨日の夕方……彼らが再び獣化。一切外出していない彼らが、よ」
「ちょ、ちょっとまて……それはつまり……」

 学者達の顔が青ざめる。

「再発、よ」



ざわざわざわざわざわざわざわざわざわ!!!



 動揺と困惑の感情が爆発した。
 それもそのはず。従来のウイルスの研究でさえ、不完全なのに再発型ウイルスが発見されたのだ。
 大騒ぎにもなる。……なるだろうが。
 それでも、国随一の頭脳を持つ彼らが、こんなに大騒ぎしていいのか疑問には思うところだけれど。
「うっ、嘘だ! でたらめだ!」
 
 初老の学者の一人がそんなことまで言い出した。
 呆れた声で私は答える。

「嘘やでたらめをなんか言ってどーするのよ」
「だがそんなこと聞いたことも……」

どがっ!

 音を立てて私の拳は机をぶっ叩いた。

「事実は事実! 虚偽や空言は一切ない! 現に再発した患者を取り押さえるために神術の発動を余儀なくされた。元・兵士の患者に弾き飛ばされた私の弟子は、肋骨を折る重傷を負わされたわ」

 室内が静まり返る。

「神術で押さえつけて、いつもより強力な施術を施したけれど、それが効いているかどうかは分からない。早急に対処が必要よ」

 私が集落を出たとき、二人はまだ目を覚ましてはいなかった。
 果たして目を覚ましたとき、二人は一体どうなっているのか。
 ウイルスが体にかける負担も分からない。今、彼らの体内では何が起こっているのか……全てが謎なまま。
 分かっていることが、これは従来のウイルスとはまったく異なるウイルスであるということ。
 つまるところ、何も分かっていないのと同じことだ。

「とにかく。国きってのキレ者集団のあなた方の力が必要なの」

 人は時に心にも無いことを言わなければならないときがある。
 私は正直、この学者たちがキレ者だなんて思ってはいない。
 しかし、プライドが高いこいつらを動かすために世辞の一つでも織り交ぜてやるのは仕方の無いこと。
 そう、私が割り切って言っているというのに。
 今だざわつき、オロオロしてばかりの学者達。
 ある者は脅え、ある者はまるきり信じず、ある者は他の者とひそひそ囁きあっていた。
 ……誰一人として、研究ラボへ向かったり、データを引き出したり、サンプルを観察したりと行動を起こすものがいない。


……ぷちん。





「いい加減に……しなさあぁぁぁぁああぁいっっっ!!!!」





ばむっ!!

 さらに私はもう一度机をぶっ叩いた。
 二度も感情を露にした私を見たことの無い学者達は、唖然としてこちらに注目する。
 いつも、ここから早く去りたい一心で、冷静に抑揚の無い態度でもって接しているのでこんな私は見たことがないのだろう。
 私としても、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れ掛かっている。
 ちなみに、私が本気で怒れば、城ごとこいつらを吹き飛ばしているだろう。そう考えれば、寛大な態度だとは思えないのか?
 ……そこ。白い視線をこちらへ向けないように。

「事実を事実として受け止めなさい! あんたらが国家予算の四分の一という大金をかけて、のらくら研究している間に次々に被害者が出ているのよ! しかも、新種が出たということは、研究を急いで治療法を解明しなきゃこの国は十中八、九滅びる!」

 まさか私に右肩上がりに増えて行く患者を全て治せとでもいうのだろうか。……その前に私が力尽きる。

「しかしっ……従来のウイルスについてもよく分かっていないというのにっ……新種だなんて」
「うちの弟子達は、小遣いみたいな予算で遺伝子型まで解明してみせたけどね?」
『!!!??』

 再び、学者たちの顔色が変わった。

「今やらなきゃいけないのは、プライドを守ること? 体裁をとりつくろうこと? 本当に研究を進めてこの国を守ろうと思うのであれば、恥も何も金繰り捨てて、うちの弟子に頭下げて遺伝子型のデータの一つももらって来い! それすら出来ず、無駄だと諦めるなら、亜人跡行って感染して来い! そうすれば私たちが研究してあげるよ」

 一気に捲くし立てた私の言葉に学者たちは沈黙しただけだった。
 国きっての頭脳派集団が、揃いも揃って何もできない奴等だとは思わなかった。
 少しでも期待した私が馬鹿だったわけだ。

「……自分が、集落へ行き、炎殿、冷殿にデータをお借りしてきます」
「なら僕は、今までのデータをひっぱりだして、突然変異体へ変わる可能性があったウイルスを徹底的に調べてみましょう」

 溜息をついた私の耳に、若い学者の声が入った。
 顔をあげれば、まだ、名前も分からない若い二人が動き出している。
 彼らがせこせこ動き出した頃、ようやっと古い学者たちが重い腰をあげはじめた。なにやら、ぼそぼそ文句が聞こえる気がするのだが……。

「相変わらずきっついのぉ、世流」

 他の学者達が集まっている机のずぅっと奥に静かに座っている貫禄のある老人。

「礼文様」

 今までのイライラ感が嘘の様に、穏やかな気分になる。
 この方は、格が違う。
 先代の国王の時代から学者長を務めているすごいなんてもんじゃない方なのだ。
 他の学者が全員束になっても勝てないほどの頭脳を持つ。おそらく、アトカーシャ国建国以来の最強の頭脳を持つと言っても過言ではない。

「あいつらじゃて、わかっておる。成すべきことが何か、をな。ただちぃっとばかしネジが足りてないだけじゃ」
「それで人が死んでれば世話ないですよねぇ」
「ほっほっほ。言うのぉ」

 長い白髭を上下に揺らして笑う。
 礼文様は学者……という言葉では収まらないほどの人物だ。ただ、上手く表現できる言葉がない為に学者長と呼んでいるだけのこと。
 私を拾い、物心つくまで手元で育ててくださったのも、礼文様に他ならない。
 ちなみに八歳まで礼文様の元で育った後は、希亜にお世話になった。
 それからは、彼女が私の保護者代わりだ。
 ……っていうか、希亜っていくつなんだろ……本当に。

「少し疲れておるな? 気が乱れておるぞ」

 私の手を取り、刻まれた古代文字に触れながら口を開く。
 それに苦笑しながら答えた。

「先ほど言った通りですよ。ウイルス患者の治療や、新種ウイルスのせいであまり寝ていないんです」
「お前は人一倍気の扱いが困難じゃ。暴走してからでは遅いぞ?」

 ふいに礼文様の皺深い手に包まれた左手が温もりに包まれた。
 見れば、礼文様から気が流れ込んできている。ぬるま湯に浸かったような心地よさが左手から徐々に広がっていくのを感じた。

「分かっております。時に、礼文様」

 懐から、昨日の紙を取り出し、差し出した。
 紙に目を通し、二,三頷く。

「これはどこか、聞きにきたんじゃな」

 流石、である。
 私が何をしにきたのか、何が聞きたかったのか。言わずもがな。

「亜人跡じゃよ」
「亜人跡? あそこって、お墓だったんですか?」
「古代の王が眠る場所じゃよ。数千年前のものじゃがのぉ」

 つくづく昔の人は偉大だと思う。
 しかし亜人跡がお墓だったとは、初耳だ。

「……実はですね、礼文様。あのウイルス……」
「亜人跡周辺の野良か魔獣が持っておったのじゃろう」

 重く一つ、私は頷く。
 何にせよ、一度、亜人跡に足を運ぶ必要があるだろう。

「行くのか、世流」

 私の表情を見て、礼文様が問いかける。
 時々、この方は超能力でも持っているのではないか、と思う時がある。

「……一度、きちんと調べないといけないですから」
「止めても無理じゃろうから止めはせんが……気をつけるのじゃぞ?」

 少し力を込めて手を握り締める礼文様に、私は笑顔で頷いた。
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