凍蝶の手紙*画材屋探偵開業中!

sanpo

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「ハンカチ落としですって?」
 肩越しに覗き込んでいた来海サンが思わず声を上げる。幸い、店内にいた客には聞こえなかった様子。
「ハンカチ落としって――どういうこと?」
「まぁ、落ち着いて」
 僕は来海サンをレジカウンターの前へ引っ張ってゴーギャンの椅子に座らせた。
 おっと、椅子のことは話したっけ? まだか。
 桑木画材店のレジ横の壁には二脚の椅子が並べて置いてある。謎を持ち込んだ依頼人のための椅子だ。
 どちらも僕の手作りで――正確に言うと似た形状のそれをネットで購入後、手を加えた。イグサで編んだ座面に背と脚を黄色く塗ったのがゴッホの椅子、座面は同じだが肘付きで木材部分が空色なのがゴーギャンの椅子。南フランス、アルルの下宿屋で理想の共同生活を始めた二人の画家はこれに腰掛けて短くも濃密な時間を過ごした――
「ハンカチ落としって、あれ? 丸く輪になって座って鬼が周囲を回って誰かの背中にそっとハンカチを落とし、落とされた子が次の鬼になってそれを繰り返す……単調で、ちょっと不気味で、不思議にドキドキする遊びよね」
 ゴーギャンの椅子に座って来海サンはブルッと身を震わせる。
「その遊びと一通目の手紙は繋がっているの? だとしたら、いったい何処が、どういう風に?」
「白い封筒、同じ書式スタイル……どう見ても差出人は同一人物に思える。ということは、今回も、最初の手紙と繋がりがあるんだろうな。とはいえ、今の段階で僕が断言できるのは、この差出人が僕のHPを見ている人物だということぐらいだよ」
「で? その差出人は新さん――画材屋探偵・・・・・に、記事にある事件を〈謎〉に仕立てて提供しているわけね? もっと言えば、謎を解いてほしがっている?」
「多分そうだろう。それにしても〈ハンカチ落とし〉というのはそれ自体凄く興味深いな」
 僕はゆっくりと言った。
「知ってるかい、この遊びは有史以前からあって、世界中に伝播した最も古い遊びと言われている」
「えー、そんなに古いの? 私、幼稚園でやったわよ」
「一説では人身御供ひとみごくうの選択にも使われていたとか。この一語だけでいろんな隠喩を秘めた、それこそ多種多様の解釈ができる言葉コードだ」
「あのぉ――すみません」
 ここで僕たちは飛び上がった。さながら背後にポトリとハンカチを落とされたみたいに。
 だが、何のことはない。来店中のお客が商品を持ってレジ前へやって来ただけだ。あまりにも手紙の内容に熱中していて本来の業務――画材屋の仕事を喪失していた。
「あ、申し訳ない、ご購入ですか? ありがとうございます」
 まだ年若い客はレジカウンターに新彩岩絵具の箱を置いた。美術関係の学生だな。日本画を専攻しているのだろう。そう言えばこの子、以前にも用紙――ドーサ引きの雲肌麻紙を買って行ったな。見覚えがあるぞ。
「お包みしましょうか?」
 手ぶらで、エコバッグ等持ってなかったので僕は訊いてみた。
「そんなの要らないけど――」
 ここでちょっと間が空く。一呼吸置いて、
「謎を解いてくれるってHPにあるよね? それ、だれでもOK?」
「もちろんです」
「厳密に言うと、これを〈謎〉と呼ぶのかよくわからないけど。俺、推理小説とか読んだことなくて。でも、どうしても教えてほしいことがあるんだ」
「どうぞ、お座りください!」
 サッと立ち上がって来海サンが椅子(ゴッホの方)を勧めた。さあ、準備完了。桑木画材店でここに座れば、その瞬間からあなたは依頼人になる――
 少年はポケットに両手を突っ込んだままストンと腰を下ろした。純粋でさらな、ケガレの無いカタチ。 
 その仕草のせいだろうか? 実際、彼は若いのだが、その外見以上に幼い、というか、ブッキラボウな言葉の内側に秘めた無垢むくの魂みたいなものがビシバシ伝わって来た。
 今、改めて思うと、この瞬間から僕は彼に好感を持ったのだ。続いて彼が明かした、とんでもない体験談にも拘わらず。

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