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〈12〉
しおりを挟むだが、ロマンチックな気分はここまで。
新潟上越の旅から帰った僕はすぐに謎の手紙の解明に回帰せざるを得なくなった。というのも、留守にしていた間に店の郵便受けに三通目の手紙が届いていたからだ。概要は変わらない。白い定型・洋2号の封筒、消印は日本橋南郵便局。中には一枚、またしても謎の絵柄――
今回は植物(草花)をちりばめた図だ。紙面いっぱいに縦長のひし形の枠線を引き、その中に一種類ずつ花が描かれている。
「お手上げだ! なんだっていうんだ?」
週明けの月曜日だから、頼れる相棒・来海サンは学校にいる。僕は一人でレジカウンターに今までに来た手紙を並べて頭を抱えた。
一通目 ネット記事のコピー/薬師像三体
二通目 暗号文?〈ハンカチ落とし〉
三通目 花の絵
一体、これらにどんな繋がりがあるのだろう? あるいは繋がりなんて全くなくて、それぞれが独立した別個の謎なのか?
「ウワッ、暗い! 電気を点けて、新さん」
飛び上がって店内の電気を点けて回る僕に学校帰りの来海サンが苦笑する。
「ということは――今日は、ここ桑木画材店にお客さんは一人も来なかったのね?」
節分が過ぎ、日が長くなったとはいえまだまだ日が暮れるのは早い。
「もうこんな時間か。いやぁ、色々考え込んでしまってさ。というのも、実は、新しい手紙が届いたんだよ」
来海サンに最新のそれを差し出すと、同時に彼女も一通の封書を僕の方へ突き出した。
「はい、これ。今、覗いたら郵便受けに入ってたわよ」
「!」
でも、それは四通目の謎の手紙ではなかった。
欧州滞在中の父母からの定期便だった。
元気でやっている証明代わりに両親は月一回のペースでそれぞれのレポートを送って来る。
父は中世の修道院関係の調査報告や研究論文、母はその月に廻った美術館便り。
母の方はともかく、父のは興味のない人間にとってはちっとも面白くないが、本人が楽しければ何よりだ。
二人ともちゃんと感想を送り返さないと機嫌が悪いので僕は一応毎回目を通している。
今日ばかりは差出人不明の手紙の〈謎〉から離れて、気分転換に持って来いだ。
来海サンが下校途中で見つけて買って来た茶葉で美味しい紅茶を淹れてくれる。それを待ちながら僕は両親からの手紙の封を切った――
ダージリンレイトハーベストの濃厚で馥郁たる香りが店中に漂う。
来海サンも隣に腰を下ろして三通目の謎の手紙に目を通す。
「花の絵かぁ……文様というか、図案? なんだか、陶器やテキスタイルのデザイン画のようでもあるわね。うーん、こんなのをどこかで目にした気がしないでもないんだけど」
「なんてこった!」
突然の僕の叫び声にきょとんとこちらを凝視する来海サン。急き込んで僕は言った。
「こんなことがあるから人生は捨てたもんじゃないんだ! 見てみろよ、これだ! 同じ花だ!」
「え?」
父の報告書に添えられていた写真と、三通目の謎の手紙のそれは同一だった!
父の説明(本文のまま)によると――
《 私が今回訪問したのは南ドイツはバンブルグにある聖ミヒャエル教会だ。
この教会の天井は〈天国の庭〉と呼ばれている。
578種もの薬草が描かれているからだ。
何故、薬草がこんなに? と驚くなかれ。
そも、ドイツのカソリック地域には独特の習慣が残っている。
聖母マリアが亡くなったとされる9月15日から
誕生日である9月5日までを逆算して
〈聖母マリアの30日〉と称し祭壇に薬草の束を供える習わしがあるのだ。
薬草はヨモギ、ミント、タイム、キクニガナなど7種類から9種類、
更に15種類、77種類、99種類……
マリアの死亡日は聖書では特定されていないが
聖書以外の文献(これらを外典という)の一冊
マリアの生涯について記された〈ヤコブ原福音書/2~3世紀〉が
典拠となって9月15日説が定着している。 》
レポートにはこの他に、ドイツ・バイエルン州フュッセン市博物館の〈聖母マリアの聖壇〉の前に捧げられた薬草の束の写真も添えられていた。
「あ、これで繋がったじゃない!」
その事実に真っ先に気づいたのは来海サンだった。
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