物語部員の嘘とその真実

るみえーる

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午後2時10分~20分 真・物語部のメンバーが仲間に加わり、校内探索がはじまる

25・物語部の部員なら誰でもくだらない物語を作ることができる

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 樋浦清ひうらせいは、まだお湯が残っているか確認して、電気ポットから注いだお湯で渋くて熱いお茶を紙コップに淹れてヤマダとルーちゃん先輩、それに松川志展まつかわしのぶ関谷久志せきやひさしに渡し、冷蔵庫に入っていた水を電気ポットに注ぎ足した。

 なんでほかのみんなも飲もうと思ってたのにそんなことするかなあ。

 冷蔵庫の水は、お湯になる時間がすこし余計にかかるけど、下の水飲み場に行くのはとても無理なので仕方がない。

 替えの上着になるようなものは全然なかったので、ルーちゃん(ルージュ・ブラン)先輩とヤマダには申し訳ないが、化学華道部が去年の文化祭のときに作ったクラブTシャツの残り(胸のところに「合体」って書いてあり、それはルーちゃん先輩が着たものは歪んだ文字になった)、そして非常用のタオルケットと外したカーテンを渡した。

 タオルケットを頭からかぶっているルーちゃん先輩はとても疲れているように見え、カーテンを羽織っているヤマダは頭のおかしい王様のようだった。

 おれが座っていた窓際のパイプ椅子にヤマダは座り、ルーちゃん先輩が座ったソファには樋浦遊久ひうらゆく先輩が寄り添うように側にいた。

「このルーちゃんが偽者ってことはないよ。俺の五感のうち四感までが、最初に来たルーちゃんと同じだ、って言ってる」と、遊久先輩は言った。

 おれの知らない、触覚と嗅覚も、確かに遊久先輩は知っている。

 特に、ふたりのルーちゃん先輩の胸の当たりに関しては。

 さすがに味覚までは無理だよね。

「なるほど………それではどちらも偽者、あるいはどちらも本物ですね」と、市川醍醐いちかわだいごは言った。

「そうだ。そしてこのルーちゃん先輩は、スイカで刺し殺された」と、おれは説明した。

「ちょっと待てよ立花。そもそもスイカでどうやって殺すんだ?」と、関谷はおれにさらなる説明を求めた。

 喜んで説明しよう!

「できるだろ。丸いスイカをこうやって、こうやって、こう切れば、先が尖った、おれたちがいつも食べているスイカの形になる。棒アイスにもなってるし。で、それを凍らせれば、凶器として人を刺し殺せる」と、おれは言った。

「いやそれはおかしいよ、備くん」と、市川はおれに反論した。

「スイカを使うなら撲殺以外ないじゃないですか。あの重さ、大きさ、形。持ち上げたあと、殺そうと思った相手のうしろからスイカで数発なぐれば、そんな面倒なことして凶器を作らなくても。でも、そのためには凶器のスイカは数個いるかな。あと、犯行現場はスイカ畑じゃないとおかしいし………あっ、もっと自然なところがありますね。海水浴場だ!」

 丸のままのスイカなんて置いてあるのは、それ以外だとスーパーぐらいだろう。

 おまけにおれは実際に、スイカ畑あるいは海水浴場でのスイカなどは見たことがない。

 他人が撮った映像もしくはアニメの中でしか知らない。

 スーパーの丸のままのスイカは、切られて売られているスイカと本当に同じものなのか。

 このあたりの、認識できないものについての認識のゆらぎは、フランシス・ベーコンの流れを継ぐヒュームの懐疑主義、そしてさらに近代科学と帰納法、つまり現代につながる推理小説の技法につながっている。

 あり得ないことを消していくと、最後に残るあり得なさそうなことが結局あり得たことだ、という方法だ。

「いやあ、それもなんか変だな、醍醐くん」と、清は言った。

「うちの地元の名産はイチゴとトマトだよ? 殺すならそれ使ったほうがいいやん。赤いし、凍らせたらどっちも凶器だし」

 お分かりいただけただろうか。

 物語部の部活動は物語を作ることで、したがって物語部の部員なら誰でもくだらない物語を作ることができる。

 おれが語り手になっているからといって、おれがとびきりくだらない話を作れるというわけではない。

「そ、そんなことより、どうしてルージュ先輩はスイカで殺されなければならなかったんですか?」と、松川は、素人が物語の中で聞いてはいけないようなことを聞いた。

 おれたち3人は、しばらくの間黙り込んだ。

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「………………そのあと、殺人者が凶器を食べれば証拠隠滅できるから?」と、おれは小声で言ってみた。

「くだらん、実にくだらんぞ立花備ルビ。だいたい、凍ったり先が尖った食べ物だったら、何でも人を殺せるのか。凍った肉や鰹節やパラソルチョコレートで人を殺すミステリーなんてあるのか」と、関谷は大声で言った。

 あります。

 3番目のは知らないけど。

     *

 ヤマダ以外のおれたちが知らないうちに、ドアは静かに開けられたらしい。

 何者かによってドアの側の照明のスイッチが消され、全員が身構えた。

 闇の中に浮かぶ人影は、全部で6つだったと思う。

「やっとぼくたちの出番のようだな、偽物語部とその仲間ら」と、その影のひとつは言い、とびきり大きくて近い雷が、学校の南側に落ちたので、来た者の顔が明らかになった。

 おれは背の毛が逆立ち、全身が粟立つのを感じた。

 ………全身の毛が逆立ち、背が粟立つ、だったっけ。

 とにかく、そういうことだ。
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