物語部員の嘘とその真実

るみえーる

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午後2時10分~20分 真・物語部のメンバーが仲間に加わり、校内探索がはじまる

28・物語部の部員は、嘘を本当にする力を持っているのよ

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 調理室のある階につくと、樋浦遊久先輩は、ごめん、ちょっと待ってて、と言ってトイレに行った。

 トイレは階段を降りると右側にあり、そちら側にトイレ、調理室、調理準備室が並んでいる。

 これは物語部がある階と同じで、階段をのぼると右側、つまり東側のほうにトイレがある。

 なんで前もって行ってなかったんだよ、と、おれは心の中で思いながら、携帯端末で女子のトイレの平均的な使用時間を検索してみた。

 ………………………………1分54秒か。

 手を洗う時間を入れると2分ぐらい?

 そんなに長い間モノローグなんてできないよ、おれ。

     *

「やっとふたりきりになれたわね」と、階段を降りて渡り廊下を歩き、靴箱のところにたどり着いた千鳥紋ちどりもんは、年野夜見としのよみに言った。

「不良っぽいイケメンが、ヒロインとふたりきりになったときに言うようなセリフと言いかた、やめてくれないかな」と、年野夜見は苦笑しながら言った。

 外に出る前に千鳥紋は、靴箱のところの照明を一度つけて消した。

 それによって、ふたりが死んだり(殺させたり)しても、ここがセーブポイントになるはずだ。

 千鳥紋はすみれ色の瞳で、すみれ色の髪を長く伸ばしていて、着ている服はモノトーンの、装飾が少ないものをいつも選んでいた。

 年野夜見は金色の瞳で、ビスク色の髪をみじかくカットしていて、運動系が得意な魔法少女が変身したときのような服を比較的好んでいた。

 高校生になる前からふたりは毎週土曜日の朝、とある場所でこっそり会っていた。

     *

 午前十時半の名画フェスティバルとは、もう何年も年野夜見の家の近くのショッピングモールにあるシネコンで続けられていて、デジタルリマスターをした昔の名画を大きなスクリーンで見られるという企画だった。

 週がわりで別の映画が毎日1回、午前十時半に、シネコンでも一番小さなスクリーンを使って封切られ、昔の恋愛、戦争、西部劇、サスペンス、SFといったジャンルのものが、どういう客を主に対象にしているかと言えば、若かったころにそれらを見た老人で、とはいえその数が多いわけではなく、いつもは常連の数人の老人と、何人かの年野夜見と同じぐらいの年の若者がまばらにいるだけだった。

 見られる名画はサブスクで、自宅でも簡単に見られるようなものばかりだったけれど、映画館で見る映画は、同じ物語を複数の人間で共有している楽しさがあった。

 年野夜見はやや後ろのほうの列の、やや右よりの席を指定席にしていた。

 それよりふたつ離れた、やや中央よりの席に座っていたのが私だった、と千鳥紋は言った。

「私はあなたを知ってるわ」と、千鳥紋に声をかけられたときには年野夜見は驚いた。

 高校の合格が決まってから何日か経った、春というのはまだ名ばかりの頃で、映画を見終わったあと、ひとりで新しい高校の古文の教科書を、フードコートで開いて読んでいるときだった。

 今日も映画を見ていたわね、と、千鳥紋は言ったのに対し、年野夜見は誰が一緒だったのか、客の個別認識はいつまで経ってもできなかった。

「私は、今日の映画にも出てたのよ。怪獣から逃げる市民の役で」と、千鳥紋は言った。

 その日は北欧製の怪獣映画で、溶けた地下の氷床から地上に出た怪獣がコペンハーゲンの街で暴れるという、どう考えても名画というより珍映画だが、SF的映画はそういうの好きな客(初代ゴジラを劇場で見たような世代)が来るらしく、いつもよりすこし客が多かった。

 西部劇では列車から降りる乗客、戦争映画では殺される難民、サスペンス映画では監督と一緒に写る一般市民、と、千鳥紋は言い、確かに年野夜見はそれらの、名前が挙げられた作品を見ているはずなのに、すみれ色あるいは白黒映画だったら完全な黒ではない長い髪の西洋人っぽい東洋人少女が出ている場面は思い出さなかった。

 それから30分ほど話をしたあと、同じ高校なんだから、物語部に一緒に入りましょう、と千鳥紋は言ったので、年野夜見はうなずいて、男同士がやるような握手をした。

「物語部の部員は、嘘を本当にする力を持っているのよ」と、千鳥紋は言った。

 そして、本当を嘘にする力もね、と、つけ加えるのも忘れなかった。

 次の週からは、千鳥紋は年野夜見のとなりに座って映画を見るようになった。

 そして、自分が出てくるところのすこし前で年野夜見の左手に右手を重ね、出てくるところでは強く握って教えた。

 僕が本当にしたい嘘は、映画の脚本のような形で書かれていて、すでに数十本はあったっけ、と、年野夜見は回想した。

     *

 靴箱の中に溜めてある使い捨ての半透明のレインコートの、まだ使ってない数個の中のひとつを、千鳥紋は年野夜見に渡し、自分も同じものを身につけた。

 この嵐の中を傘で校庭に出るのは難しいし、僕が今日履いてきたのは皮の靴だったんだが、と、年野夜見はため息をついた。

 しょうがないので校内用の上履きで運動場に出て、外にある運動部の部室のいくつかを確認しよう。

 校庭は黒い泥の湖のように見えたけれど、深さは多分くるぶしよりすこし上程度のはずだ。側溝などに用心すれば問題ない。

 僕は君を信じるよ、千鳥紋、と、年野夜見は思った。

 あと、三人称の視点による描写って、同じ時間に別の場所で違うことやってる物語には便利だな、とも。
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