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2・春休み中の異世界のみなさん

2-3・クルミは自分の未来について語る

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 おれが、部長のミロク専用のソファのところから、ティッシュの箱を持って、涙を流しているクルミのところに持っていくと、クルミは数枚で鼻水を拭き、一枚で涙をぬぐうと、はい、と、おれに使ったティッシュを渡そうとして、はっ、と気がついて自分でゴミ箱に捨てにいった。

 貴族って、自分でものを手に取ったり、捨てたりしないんだな。なにこれ、従者へのご褒美みたいなもの?

 それはともかく、クルミ自身の実体化もだいぶ進んだので、もはや半透明でリアルなものが直接持てない、といった異世界人みたいな非リアルさはないのである。

「落ち着いた?」と、おれは、再び戻って、今度はおれの右側に座ったクルミに聞いた。

「この世界は美しすぎます」と、クルミは言った。

 確かにこの季節、この場所で世界を見ている限りではそうかもしれない。

「この世界のリアルさはどうして誰によって保証されるのでしょうか?」

「難しい考えだね」

 でも君の世界がエタってよかった、というのはあれかな、 だってそうでなければ人の君のような素敵な 子に会えなかったかもしれないじゃないか 。

 そう言うとクルミは顔を赤らめながら頬に手を当てた。

「えっと、ですね。ちょっとリアルをもっと感じてみたいので私の手に触ってみてくれませんか?」

 え、いいのそんなことして。

 おれはためらいながら、日向で寝ているネコを狙うような感じで、ぽそ、と手を伸ばして当てた。

 3分ぐらいかな。

「どうしてやめちゃうんですか?」

「なんか生温かくて適度な弾力があって、ゴムで作ったチョコレートみたいなリアルさがあるから、もういい」

 この非リアル厨房、と言いながらクルミは、おれの手首をひねってものすごく痛い目をした。

 いて、いて、いてててて。

 なんでこの姫、無駄に力あるの。こんな形でリアル感じさせなくてもいいと思いませんか。

     *

「このまま、もとの世界に帰れなかったら、わたしはどうするべきなのでしょう?」

「そうだなあ、おれのお嫁さんになるとか……わかった、ごめん、言ってみただけだから、殺しにかかるような目をしないで」

 おわかりの通り、クルミのほうにおれが惚れる要素は、ほぼない。

 おれにとっても、クルミは、一緒にいるといろいろ面白そうなことがあるかもしれない、という好奇心が、恋愛感情よりも優先している。

 この世界に、異世界人をすごく憎んでいる誰かがいるとしても、おれにはクルミたちを守れない。

 というより、クルミたちが自分でなんとかするだろうと思う。

「とりあえず、外交官あたりを目指してみようかと思うんですよね。そこそこの大学に行って、国家試験を受けて」

 そこそこの大学、って、それは日本の場合だったら日本で一番か二番の大学ですよ。

 確かに、異世界の王族だったらそういうのに向いてそうな気はするな。

「そのためにはまずこの高校の調理部とか料理研究会に入って、世界各国の料理を研究して」

 ふんふん。

「世界料理人大会で優勝するぐらいが、高校時代の目標としてはいいかな、とか」

 方向がすこしずれてる気がするけど。

「いいなあ、こんな不慣れな世界でも、ちゃんと目標が持てるんだ。おれなんか、ふわふわ、クラゲのように生きてるだけだからね。ところで、クルミの属性魔法は、なに?」

「えーと、まず、ワタルは闇属性ですね。そのために土とか水がうまいこと操れます。ミドリは、全属性のレベルが高いんですけど、数値計算が可能なもの、電気や風、火で……わたしの場合は……ここで言っちゃっていいのかな……対人魔法、っていうか、光属性で、ヒトの心をあやつれるんですよー」

「インキュバスみたいなもんかな」

「ま、ま、まあ、それでもいいけど……世界に愛を与える魔法ですよ?」

「恥ずかしいかもしれないけど、もっと力強く!」

「世界に愛を与える魔法ですよ!」

 おれは、クルミは公安・警察関係が向いてるんじゃないかという気がする。

 ヒトの嘘を見破るのがうまそうだし。

     *

 それからおれたちは、ちゃんと靴(クルミの場合は、サンダルっぽいもの)をはいて、ワタルがこつこつダム制作をしているという、泉のほうまで行ってみた。

 雑木林の中の小道は、両側にサクラの木が植えられていて、この道を喜びの小道と名づけましょう、とクルミはいい、どこか盗作っぽいものを感じながらもおれは同意した。

 クルミは、作りかけのダムの湖水に、うつぶせになっていた。

 背中にはカラスが何匹か止まり、白土三平の漫画に出てきそうな、下っぱ忍者の死骸のように見えた。
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