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5・茶道 探偵部(仮)と逆さまの世界

5-4・庭でご奉仕

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 横文字の本がある公共施設の庭は日本風庭園で、日本っぽく植えてある樹木や名前のある草のほかには、赤茶色の道と緑色の芝がきれいに整備されている。

 初夏になりかかっている日差しはがんがん当たっていて、自動散水機も芝をきらきらとした緑に光らせており、何台かの芝刈りロボット、ルンバじゃなくてシンバかな、もこつこつ芝の手入れをしている。

 芝刈りロボットは円形で平たく、緑色の上に十字形の赤い印がつけられていて、上には小さな透明な雨傘があり、散水機の水をうまいこと避けている。

 赤い印は、どうやら間違えて踏まれないための目印らしく、よく見るとかすかにへこんだような跡がついている。

 そして、円形の縁の部分には、微妙な角度で取りつけられた銃口のようなものが8方向に広がっていて、無警戒に歩いていたおれたちの中のワタルに小石が、微妙な速度で当たったので、いて、とワタルは声を出した。

「これはカラスを追い払うための武器か。ヒトの場合は顔とか形態認証で見分けるみたいだけど、ワタルはカラスかネコと間違えられたんだな」と、おれは言った。

 油断してなければ、こんなの簡単にかわせたのに、とワタルは言い、これって食べられるんでしょうか、と例の通りクルミは聞いた。

 金平糖みたいに食べられるようなのぶつけてたら、カラスは集団で草刈りロボットひっくり返して中身をあさり尽くすんじゃないかな。

 この道を通ってひと休みする前に、おれたちの奉仕活動をお目にかけよう、とおれはみんなの注目を集めて言い、かねて用意していたものをバッグの中から出した。

 じゃじゃーん。

「草刈り鎌? それもふたつも!」

「軍手も新しいのを人数分持ってきたよ」

 いつもより大きめのバッグにそれを入れて、ミナセよりすこし遅れて集合場所にいったのは、刃の部分の土よごれを洗って拭いていたからだった。

「よくそんなの持って来れたな。警察に職務質問とかされたらどうすんの?」と、ミロクは聞いた。

「これから草刈りをしに行きます、と正直に言えばいいだろ」

「あのなぁ、ウルフ……リアルなめんな、と自分も言いたいよ」

 おれとミナセ用ということで、家には草刈り鎌がふたつあり、この庭の道の路肩部分には外来種の雑草が生い茂っていた。

 芝と道の間にはチューブで半円形のものが連なっている簡易柵があり、草刈りロボットはその柵を越えられないので、人力、と言ってもぐわんぐわんうるさいモーターと円形歯つきの芝刈り機で、定期的に草刈りをしなければならない。

「今日は特別に許可をもらってある。おれたちが手本を見せるから、一年生もやってみてくれないか」

「はい、わかりました! でも逆さまの本の事件となんの関係が?」と、クルミは聞いた。

「それはあとになったら教える」

 クルミの草刈りはていねいで手慣れていた。

 王宮の裏庭に生えていた雑草を、若い王族みんなでむしったり刈り取ったりしていたらしい。

 そういうのは召使いとか庭師にやらせればいいのでは、と聞くと、召使いにはちゃんとした仕事があるし、庭師に頼むほどのことではないので、だそうである。

 ワタルはクルミの3倍ぐらいの速度で、さささっ、と刈り進めると、疲れた、と言って休んでしまった。

 集中力はあるんだけど、持続力はないんだなあ。

 ミドリは、草刈り鎌なんていらないんよ、と、扇子を広げてふぁさふぁさ、とあおぐと、雑草は緑の粒子になって、風に乗って空に消えていった。

 庭はけっこう広いので、全部やらなくてもいいよ、と前もって言われてたから、だいたい1割ぐらい、雑草がぼさぼさのところを選んでやったあと、おれたちは東屋に集まった。

「それでは、ミナセの草刈り芸をみんなに見せよう。ちょっと、東屋の周りの雑草を刈ってみてくれない、ミナセ?」

「芸、ってほどのもんじゃないけどね」

 えええっ、と、一年生3人は驚いた。

 普通の人間は、右手で草刈り鎌を持ち、左手で雑草をつかんで、内側へと刈り込む。

 しかし、ミナセは左手で草刈り鎌を持ち、右手で雑草をつかんで、外側へと刈り込むのだった。

「左利きの人間は、みんなそうやって刈り込むんだよね、ウルフ」

 みんなかどうかは不明だけれど、ミナセの場合はそうだった。

 なんで内側に刈り込まないかというと、草刈り鎌の「刃」の形が関係あるらしい。

 つまり、草刈り鎌の「刃」には、表・裏があるのだ。

「逆さまの図書室は、実はおまけみたいなもんで、ここに逆さまの男、みたいなものがいる、ということを示したかったんだ」

 もちろん嘘である。

 おれの場合はリアルをなめてるから、すぐ嘘がつけるのだ。
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