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5・茶道 探偵部(仮)と逆さまの世界
5-12・映画鑑賞の最近の流行り
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東京近郊の、昔からあると思われる映画館は、映画好きには有名なところで、おれも爆音上映のたぐいには何度か行ったことがある。
比較的最新の上映設備と、とびきりの音響設備があって、定期的にリニューアルされているため、館内は21世紀的な清潔さと無機質さによって満たされ、場末にありがちな籠もった匂いとか、擦り切れた床とは縁がなかった。
おれたちは売店で飲み物と食べ物を買った。
ポップコーンとアメリカン的な飲み物ではなく、アンパンと牛乳である。
一年生三人は、つぶあん、こしあん、白あんのアンパンと、牛乳・カフェオレ・フルーツ牛乳を買うと、ミドリに渡されたメガネを素早くかけた。
ミドリも、いつもかけているおしゃれメガネではなく違うものにする。
「なにそれ? 疑似立体視できるような魔法メガネ」
「ちーがーいーまーす……ちがいます、映画をより楽しく鑑賞するための魔道具みたいなもので」と、クルミは言った。
どうも行動と言動がおかしいし、その理由も推定はできたんだけど、くわしいことはあとで聞くことにしよう。
10時半から予告もなしにはじまった『タクシードライバー』の映画を見ている客は、席全体の1/3ぐらい。
思ったよりも若者がそれなりにいるのは、駅の周辺に大学が複数あって、名作映画を見ようと思うのは大学生ぐらいだからだろう。
席は中央の席に三人✕2列で、クルミ・ミドリ・ワタルのうしろにはミロク・おれ・ミナセが座ったんだけど、ミロクは、映画が見づらい、と文句を言って、と言ってもそれは映画館の問題ではなくミロクの小ささの問題なんだけど、前列のクルミと席を替わってもらった。
そうすると必然的に、おれとクルミが並ぶことになって、ちょっとドキドキすると同時に、ミナセに、ざまあみろ、と言いたい気分になる。
映画がはじまると、クルミはゆっくり、ゆっくり、ゆーっくり、牛乳とこしアンパンを口に運んでいたので、おれの想像はだいたい当たったと思う。
*
映画が終わると、映画の影響で暴力的な気分になっていたおれは、ゆっくり立ち上がろうとするクルミを押さえつけて、無理やりメガネを奪って装着した。
「だめですよウルフそんなことをしてはこれはわたしたちだけが使える魔法具じゃないんだけどみんな映画鑑賞を自宅でやるときには普通じゃないですかなんで映画館では」
おれはゆっくりとメガネを外した。
倍速メガネ、か。
これはYouTubeとかで、つまらない記者会見や実況を見るときに使う「倍速」モードを、リアルでも体験できる、おそろしく便利な魔道具なのだった。
そのかわりに、メガネをかけた人の動きは0.5倍速になる。
そうじゃないとつじつまが合わないからね。
人にとって加速能力はあまり役に立たない、つまり倍速で動けば敵の倍戦えるけど、その分年取っちゃう。
倍速で戦わなければならない魔獣・モンスターよりも、倍速で視聴したい動画のほうが、平和な日本ではぜんぜん多いのだった。
「映画は倍速で見ちゃだめ! だらだら退屈な黒澤明の映画でもな!」と、おれは言った。
確かに昔の映画は、スコセッシが『タクシードライバー』を作った1970年代のものでも、けっこう動きが遅い。
だから、自宅の場合は倍速鑑賞も仕方がないかな、という映画も、内緒ではあるけどあるんだけど、映画館では監督が見てほしいと思った長さ、つまり等倍で見ようよ。
「そんなこと言ったって、ウルフは本なんか20倍速ぐらいの早さで読んでるじゃないですか!」
「あのな、クルミ……本を読む速度に「等倍」というのはないんだ。実物大ピカチューがないのと同じように」
しばらくしたら館主が来て案内するから、とミナセは言ってスタッフオンリーのドアの先に行ってしまったので、おれたちはロビーの隅にある、隠れ場的なポイントで炭酸系の飲料を飲みながら感想を話し合った。
この映画館は、上映中は携帯端末の使用はもちろん、炭酸飲料も禁止されているのである。
『利根川のおいしい炭酸水』は、思ったよりもおいしかった。
「この映画って、大統領候補が暗殺される話じゃないんですね。がっかりしました」と、クルミは言った。
いきなりネタバレ?
昔のニューヨーク的に、たくさん人は死にますけどね。
比較的最新の上映設備と、とびきりの音響設備があって、定期的にリニューアルされているため、館内は21世紀的な清潔さと無機質さによって満たされ、場末にありがちな籠もった匂いとか、擦り切れた床とは縁がなかった。
おれたちは売店で飲み物と食べ物を買った。
ポップコーンとアメリカン的な飲み物ではなく、アンパンと牛乳である。
一年生三人は、つぶあん、こしあん、白あんのアンパンと、牛乳・カフェオレ・フルーツ牛乳を買うと、ミドリに渡されたメガネを素早くかけた。
ミドリも、いつもかけているおしゃれメガネではなく違うものにする。
「なにそれ? 疑似立体視できるような魔法メガネ」
「ちーがーいーまーす……ちがいます、映画をより楽しく鑑賞するための魔道具みたいなもので」と、クルミは言った。
どうも行動と言動がおかしいし、その理由も推定はできたんだけど、くわしいことはあとで聞くことにしよう。
10時半から予告もなしにはじまった『タクシードライバー』の映画を見ている客は、席全体の1/3ぐらい。
思ったよりも若者がそれなりにいるのは、駅の周辺に大学が複数あって、名作映画を見ようと思うのは大学生ぐらいだからだろう。
席は中央の席に三人✕2列で、クルミ・ミドリ・ワタルのうしろにはミロク・おれ・ミナセが座ったんだけど、ミロクは、映画が見づらい、と文句を言って、と言ってもそれは映画館の問題ではなくミロクの小ささの問題なんだけど、前列のクルミと席を替わってもらった。
そうすると必然的に、おれとクルミが並ぶことになって、ちょっとドキドキすると同時に、ミナセに、ざまあみろ、と言いたい気分になる。
映画がはじまると、クルミはゆっくり、ゆっくり、ゆーっくり、牛乳とこしアンパンを口に運んでいたので、おれの想像はだいたい当たったと思う。
*
映画が終わると、映画の影響で暴力的な気分になっていたおれは、ゆっくり立ち上がろうとするクルミを押さえつけて、無理やりメガネを奪って装着した。
「だめですよウルフそんなことをしてはこれはわたしたちだけが使える魔法具じゃないんだけどみんな映画鑑賞を自宅でやるときには普通じゃないですかなんで映画館では」
おれはゆっくりとメガネを外した。
倍速メガネ、か。
これはYouTubeとかで、つまらない記者会見や実況を見るときに使う「倍速」モードを、リアルでも体験できる、おそろしく便利な魔道具なのだった。
そのかわりに、メガネをかけた人の動きは0.5倍速になる。
そうじゃないとつじつまが合わないからね。
人にとって加速能力はあまり役に立たない、つまり倍速で動けば敵の倍戦えるけど、その分年取っちゃう。
倍速で戦わなければならない魔獣・モンスターよりも、倍速で視聴したい動画のほうが、平和な日本ではぜんぜん多いのだった。
「映画は倍速で見ちゃだめ! だらだら退屈な黒澤明の映画でもな!」と、おれは言った。
確かに昔の映画は、スコセッシが『タクシードライバー』を作った1970年代のものでも、けっこう動きが遅い。
だから、自宅の場合は倍速鑑賞も仕方がないかな、という映画も、内緒ではあるけどあるんだけど、映画館では監督が見てほしいと思った長さ、つまり等倍で見ようよ。
「そんなこと言ったって、ウルフは本なんか20倍速ぐらいの早さで読んでるじゃないですか!」
「あのな、クルミ……本を読む速度に「等倍」というのはないんだ。実物大ピカチューがないのと同じように」
しばらくしたら館主が来て案内するから、とミナセは言ってスタッフオンリーのドアの先に行ってしまったので、おれたちはロビーの隅にある、隠れ場的なポイントで炭酸系の飲料を飲みながら感想を話し合った。
この映画館は、上映中は携帯端末の使用はもちろん、炭酸飲料も禁止されているのである。
『利根川のおいしい炭酸水』は、思ったよりもおいしかった。
「この映画って、大統領候補が暗殺される話じゃないんですね。がっかりしました」と、クルミは言った。
いきなりネタバレ?
昔のニューヨーク的に、たくさん人は死にますけどね。
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