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5・茶道 探偵部(仮)と逆さまの世界

5-16・謎とその合理的な解決

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 真犯人のミノルは2年生で、学校の近くにある中層マンションの4階にひとりで暮らしていた。

 住んでいるスペースは独身の大学生や社会人が、親と離れて暮らすには適当な広さのワンルームで、きちんと整理されていた。

 寝室とダイニングキッチン、浴室と洗面所。

 ただし、部屋の移動できるものはすげて逆さまだった。

 ベッドや本棚、それに学習用の机など。

 もちろん本人も逆さま。

 逆さまである以外は異常さを感じさせないぐらい普通の高校生だ。

「えーっ! どうやってここがわかったの?」と、ミノルは聞いた。

 なお、入浴とトイレはどうしていたかというと、無理やり体をはりつけるようにすればなんとかなっていたらしい。

「学校の特別棟よりも高いマンションを、学校の近くからピックアップして、4階ぐらいにある、逆さまっぽい部屋をカラスに調べてもらってたのだ」と、ミロクは言った。

 なー、ねー、と、ミロクとワタルはうなずきあった。

「だめじゃん! 学校の図書室の本逆さまにしちゃ!」

 問題はそんなところではない気はするけど、おれも一応しかってみた。

「だけど、横組の本が左から右に並んでると気持ち悪くない?」

「図書委員のミカンちゃんは怒って……いや困って……泣いてたよ」

 一番効果のありそうな言葉を探して使ってみる、それも対人交渉の基本である。

「あと、ずっと逆さまでいるとなぁ……だんだん体が軽くなって、地面に戻れなくなって、気圧の変化で上空で体が破裂して死ぬ」と、ミロクは言った。

「ざっと計算したところでは、このままではお前の命は………でっでっでっ……ちーん。あと2週間だ」

「それは困ります! ほんの出来心で。なんか逆さまになってると鼻血が止まると、モリワキに教えてもらったんですけど」

「な、やっぱモリワキ団のしわざだったんだ」と、ミロクはうんうん、と納得した。

 おれはミノルに、ぽい、と部室の冷蔵庫から持ってきたものを渡した。

「これをときどき飲むといい」

「炭酸水? 炭酸系飲料は苦手なんだけど……まずっ! でも我慢して飲む!」

 ペットボトルの飲料は「利根川のおいしい炭酸水」。

 確かにおいしいとは言えないけれど、そんなにものすごくまずいわけではない。

「炭酸は空気より重たいからね。鼻血が出たら逆さまになって、おさまったら炭酸系飲料を飲むといい。宮崎ののおいしいオレンジサイダー、だったらミカンちゃんに頼めば実費でもらえると思う。あの子の実家が宮崎だから」

「頑張ります!」

 そうして事件は解決した。

 ミノルは今後、なにを頑張るのかは不明である。

     *

 部室に戻ったおれたちは、再び無駄話タイムに突入した。

「逆さまの男、つまりミノルは、自室のマンションから空中を逆さまに歩いて図書室まで行ってたんだな」と、ミロクは名探偵らしく語った。

「だけど、よくわからないことがあるんですよね」と、クルミは素人っぽく聞いた。

「空中をふわふわ歩いてる人を見た人は、なんか変だな、とか思わないんでしょうか」

「そこがまだ、あんたら異世界人がリアル世界に慣れていないところなんだよ」、とミロク。

 けっこうウザい、というかまじウザい。

「リアル世界人は、見慣れないものを見ると、見てみないふりをするんだ」

 言われてみるとそうかな、って思えるほどの無駄な説得力。

「新宿の歌舞伎町で、等身大のウルトラマンとバルタン星人が戦っていても、ああこれはただの酔っ払いの喧嘩だと思うだろ」

 等身大、って。

 要するに人と同じ大きさの、って意味ね。

 思わねーよ。

 しかし、元異世界人の一年生3人は、納得したようにうなずいている。

「いやそれは違うよ、ミロク」と、ミナセは言った。

 偽の名探偵対本物っぽい名探偵か。
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