上 下
7 / 12

7・川の中のモモ林

しおりを挟む
 この桃色の木の実って、モモ? と、アカネが聞くと、アァルはうなずいた。

 線路沿いには舗装されていない農道のようなものが、モモ林まで続いていて、アカネは下り坂で足が自然に早くなるのを感じ、傘を小脇に抱えた。

 今年は水が多かったから、水没してるなあ、と、アキラは言った。

 このモモ、食べられるのかな。

 ここは、かつてはちゃんと管理していたヒトがいたんだけど、ずいぶん前から放置されてたからねえ、たぶん売られてるモモほどにはおいしくないと思う。

 遠くから見ると浅そうに見えた川は、アカネが考えていたよりずっと深くて流れも早く、足元ぐらいのところで立ち止まるつもりだったアカネは、すぐに腰まで水につかることになってあわてた。

 落ち着いて、水の中で立とうと思わないで、と、アキラは大声で言った。

 5メートルぐらいの距離を、30メートルぐらい流されて、アカネはすっかりずぶ濡れになったけど、なんとか乾いた岸辺にあがることができた。

 それは、嘘とリアルの電車がすれ違ったときよりも、死にそうな気分だった。

 服を乾かしていると、アキラは、いつの間にか取ってきてくれたモモを、アァルとアカネに、ほい、と渡した。

 なんで濡れてないの、と、アカネが聞くと、それはちょっとしたコツかな、と、アキラは下手にごまかした。

 じっと川を見ていると、大きな黒いサカナたちがその実を大きな口で食べたり、カラスほどの大きさの、きれいな色をした羽を持つトリたちが、ざぶ、と水中にもぐって口で実をくわえたりしていた。

 ときどきトリは、大きく跳ねるサカナに捕まったりしてるけど、どうもトリたちのほうは団結力が強いらしく、捕まったトリを助けるために集団で、サカナを小突き回している。

 私とアキラの関係は、あのトリとサカナみたいなもんだよ、と、アァルは言った。

 そのときは意味不明だったんだけど、これはあとになってどういういう意味かわかったのだった。

     *

 さて、こうやって物語を作っている中学生のわたしのそばでは、中学生のアァルが当然いて、ひとつのエピソードができるたびにわたしはアァルに見せているのだった。

 この「そのときは」と「あとになって」というのは、やめといたほうがいいんじゃないかな、というのが意見だった。

 たしかに、今になってもじつはその意味はわからないからねえ。

     *

 アキラがくれたモモの味は、正直言って微妙だった。

 甘くもなければ柔らかくもない。

 強いて形容するなら、無、かな。

 そう言うとアキラは、やっぱりそうだよな、と合意した。

 あ、でもモモだと思わなければコリコリしてて、冷たくて、まずくはないよ、季節はずれのナシか、すっぱくないウメ、みたいな感じ。

 一応、今夜の例大祭にはもうちょっとマシなのが出品されると思うけど、と、アキラは言って、おれの腕を見ろ、と、モモのひとつを放り投げて、片手の指を拳銃みたいにして、つまり人差し指を伸ばし、親指をそれに直角にする形で狙いをつけて、ばん、と口で銃声音を出した。

 モモは、空中で、ぱぁん、ときれいにはじけ、アキラは、どうだ、というような顔をした。

 アァルはにやり、として、日傘をたたむと、ライフル銃のように構えると、指を2本、いや3本立てた。

 ぱ、ぱ、ぱん、と、3つのモモは続けてはじけ、落ちたモモのかけらは、小さなサカナが群がって食べていた。

 水没してしまった携帯端末は、やはり使えなくなっていたけど、アァルは、そういうのは私にまかせて、と、手に取った。

 こうしてしばらくしてると、じきに元通りになる、というのがアァルの説明だった。

 なにしろ、アァルは機械種だからねえ、と、アキラは言った。

 ほら、あの銀色の、ドクロがついた髪飾りがその証拠なんだ。

 空も、山も、水もきらきらしていて、アァルの髪飾りもきらきらしていた。

 ばあちゃんに、少し遅くなるから、って連絡しとかないと、なんだけど、濡れた服とかもこの調子ならじきに乾くだろうか。

 下着のままになって、ひまわり色の上着その他を河原の、日がよく当たっている河原に広げて干していると、川上のほうから同じひまわり色をした、なんかぐしょっとしたものが流れてきた。

 黒い髪の毛は重たく濡れていて、白い肌は石けんのように白く、うつぶせで顔ははっきりとわからなかったけれど、アカネにははっきりとわかった。

 それは死んだアカネの体だった。
しおりを挟む

処理中です...