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三章 人造魔王、降誕

18話 キメラ研究開発施設

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 俺はまだ死んでいないのか……眠っていたようだ。
 頭が割れそうなほど痛い、それに身体が焼けるように熱いし胸もムカムカして気持ち悪い。

「……のか? ……うむ。……だろう。……ヒョッヒョッヒョ」

 気味の悪い老人の笑い声が遠くから反響して聞こえる。それにコツコツと複数の足音。

 目を開けると真っ暗な広い空間に点々とロウソクが灯っている。暗いはずだが遠くまでくっきり見える。壁や床は石で出来ている。地下だろうか、そんな感じだ。
 禿げ頭の老人が黒装束を着た十数人を従えてこっちへ歩いてくる。
 見え過ぎて乗り物酔いしてるみたいだ……吐き気がする。

「オエェッ……! ガハァァッ……! かはっ……っか」

 一体何処なんだここは……。そうだ、それよりもアデリアとエラルカはどうなった?

 不意に動こうとするとジャラジャラと両腕から金属音がした。
 手足に錠を掛けられ鎖が巻き付けられている……が、それよりも身体の異変に驚いた。

「何だこれ……うっ、オエェ!」

 複数の足音が目の前に迫る。

「ヒョッヒョッヒョ、目覚めたようじゃのぉ少年……いや我が息子よ」

 闇の中からゾロゾロと黒装束を着た奴等が俺を取り囲み、禿げじじいが俺の目の前に立ち止まった。

「息子……? 誰だお前? つかここは何処で俺に何しやがった! アデリアとエラルカは何処だ!」

「ヒョッヒョッヒョ、まぁ落ち着け、一遍にそんな色々と答えられんわい。じゃが先に言っておこう、わしゃお主に敵意は持っておらん」

「敵意がない? 俺の身体をこんなにしたのはお前じゃないのか?」

 見える範囲で俺の両手両足、腹はツギハギだらけで、ザラザラとした緑色の鱗に覆われている。

「勿論わしじゃよ。お主は魔物と融合し、以前よりもうんと優秀な生物に生まれ変わったのじゃ」

「……キメラか」

「ほぉ、よく知っておるのぉ、その通りじゃ。ここは禁忌魔術を用いて人工的に生物兵器のキメラを造る研究開発施設。そしてワシはここの責任者じゃよ」

「アデリアとエラルカはどうした! まさかあいつらも……」

「一緒にいたあの二匹の素体モルモットの事かの? あれらにはまだ手を付けておらんよ。お主に手がかかりっきりじゃったからのぉ。地下二階の素体管理フロアで眠っておる」

 二人はまだ無事か、良かった……。
 まだそんな風に思える心が残っている自分に安心した。
 俺と戦ったキメラは心を奪われた狂人のようになっていたからだ。

「ていうか俺は一体どんなもんと掛け合わされてんだよ……」

「知りたいか? ヒョッヒョッヒョ、喜べ、お主と融合させたものは超一級の部位ばかりじゃぞ。不死竜ウロボロスの心臓、九首蛇ヒュドラの再生肉、エルダードラゴンの魔反の鱗と超高濃度魔力を含有した血液、超硬度液体金属生物アダマントスライムの体液、そして先代魔王の魔眼。ざっとこんなものじゃが、国が一つ手に入る金額じゃぞ」

 何故かは分からないが聞いた情報がスッと頭に染み込んでいく。

「うむ、大した拒絶反応もないし精神の乱れもないようじゃ。どうやら見込み通り、新たな魔王となれる逸材だったようじゃのぉ。長い道のりじゃったが莫大な資金を注ぎ込んだかいがあったわい、ヒャッヒャッヒャ!」

「新たな魔王だと?」

「そうじゃとも、お主はわしらの手によって造られた魔王。人造の魔王じゃよ」

「俺に何をさせるつもりだよ。何でそんなことを……」

「何でじゃと? お主は魔王亡き今の世界が正常だとでも思っとるのか?」

「魔王がいない……それのどこが悪いんだ? 正常だろ」

「……何も知らんようじゃのぉ。魔王は50年前にある冒険者らの手によって葬られた。それに続くように魔物も殆ど狩りつくされ、今では秘境に身を潜めて暮らす非力な魔物しか存在しておらんのじゃ」

「だからそれならそれでいいだろ、平和で」

「お主は世間を知らんのぉ。魔王が消え、平和になったのはほんの数年だけじゃよ。安全で住みよい世界を手に入れた途端、人間は私利私欲の為に人が人を殺す戦争を起こし始めた。いや、それだけではない。世界中の資源は乱獲乱用し、生態系までをも破壊しよる。魔物が蔓延っていた頃とは比べ物にならんほどこの世界はボロボロじゃ。今もなお続くそれがこの世界にとって平和と言えるかね? 人間は欲深く醜い生き物……滅ぶべき種族なのじゃ」

「そんな……」

「綺麗事は無しじゃ。今この世界には絶対悪、新たな魔王が必要なのじゃよ。世界を再び混沌に染め、もう一度人間に思い知らせてやる必要がある。それが本来あるべきこの世界の在り方なんじゃ。お主には魔王になる素質がある。不本意であろうがもはやそれは逃れられぬ宿命。甘んじて受け入れるしかお主に道はない」

「ふざけんなよ! 俺は生きたいように生きるんだ! 冒険者になってチート能力で無双して金ガッポリ稼いで可愛い子いっぱい並べてパコパコし放題のハーレムを作るんだよ! それが俺の……この短い人生の些細な夢なんだ。邪魔すんじゃねえよ!」

 禿じじいは呆れ顔で俺を見た。

「最強のキメラを生み出すまでに、お主にたどり着くまでにどれだけの犠牲、時間、資金を要したか……。そのような下らぬ欲望を満たす為に我らの努力を無駄にするわけにはいかん」

「下らないだと? お前は数百兆年の拷問を味わったことがないからそんなこと言えるんだ。たった100年ぽっきりの人生を誰かの為になんか生きてられるか。死んだらどうせまた数百兆年の拷問が待ってんだよ。俺は誰かを犠牲にしたって、俺だけの欲望の為に人生を全うしてやるんだ!」

「何を言っておるか分からんがお主に拒否することは出来ん。何故ならお主には強力な眷属魔術をかけておるからじゃ。わしの掌にある刻印と同じものがお主の額に刻まれておる。その刻印がわしの従者になったという証じゃよ。わしの思うがままにお主は動くんじゃ。ヒョッヒョ、少し遊んでやろう。ほれ三回回ってワンと言ってみろ」

 禿じじいが右掌を俺にかざし、刻印を赤く光らせた。
 頭の血管が切れたようにバチッと音がして少し痛みを感じた。がそれだけだった。

「んん? おかしいのぉ……もう一度じゃ、ほれぇ!」

 バチンと音がして軽い頭痛がするだけで、禿じじいの言う事に従う気にはならない。
 もしかしたら異常に高い心力のおかげで眷属魔術とやらがうまく効いていないのかもしれない。

「お前の言いなりになんかなってたまるか!」

 息を荒げた瞬間、手足に巻き付いていた錠と鎖がバキンと割れ、俺を取り囲んでいた黒装束と禿じじいが衝撃波によって吹き飛んだ。

「ギャッ!」

 禿じじいと黒装束らは壁に打ち付けられた。
 黒装束の身体の下から禿じじいが這いずり出て俺を見た。
 禿じじいの頭からは血が噴き出している。

「……そんな、何故じゃ……ようやく見つけた……わしの従者が……。ガハァ……。この世界を……人間を滅ぼせぇ……魔王……ヒョ……」

 それが禿じじいの最期の言葉となった。
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