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第六十回『純粋悪』
しおりを挟む今回はゲストも入れてそれなりに大所帯ということもあり、旧セットを用いての撮影だった。
真ん中にミカとマギ。両サイドにリツ、レイという席順だったが、この日は画面向かって右側にリツとレイが座り、左側にゲストとして悪魔の二人が対面する形で座る。
てわけで、中村がカチンコ(ADとかが撮影前に鳴らす白黒のアレ)を鳴らして番組がスタート。
「はい、始まりましたー! やる気なし天使ちゃんニュースーっ! 今日はとんでもないゲストをお呼びしております! なんと! 魔界からお越しの悪魔姉妹! タマさん! ユラさん! です! どうぞー!」
悪魔勢二人がセットに登場して、まずは立ったまま自己紹介。自己紹介シーンは盛り上がらないので飛ばし!
マギはいつものように話し出した。
「初めてじゃないですか。ミカパイ……」
その時だった。
「——そうなんです。私たち魔界から出てきたばかりで、人間界が……」
「あ、えっと、今のはミカパイセンに」
「えっ」
「あ、その、こんなまともに番組をやれるの初めてだなーって……」
「あ……あ! も、申し訳ありません! ボクってば! 早とちりしちゃって!」
「ご、ごめんなさい! 私こそ、その、分かりづらいふりを……」
「あ……」
「…………」
それは番組始まって数秒足らずにして、史上最悪の交通事故だった。
(まだだ……まだ堪えろ、私……)
リツはもう吹き出すのを我慢するので精一杯だった。
セットの外から見守る悪魔勢三女ワタもまた同様。
二人の性質はよく似ていた。
中村が『なんか喋れボケ!』のカンペを切って、マギは狼狽えたが、ミカがさっそく頬杖をついて言った。
「お見合いじゃねえんだよ! 何やってんだ二人して。トーシロか、おみゃーらは」
「スシローか……ぷっ」
吹き出したリツに、南極のクレバスの底よりも深い凍てつく絶対零度のごとき視線が突き刺さった。その時のことを振り返ってリツは語る。
『ええ……あれは自分の人生におけるまさにクレバス。マリアナ海峡。そんな感じの暗黒期でしたね。あ、私はこのあと二人にデリートされる——いや、二人の中ではもうデリートされた存在なんだと認知せずにはいられませんでした』
『その回答もつまんねーな。だから、お前、永遠の三番手なんだよボケホンタス』
『あ、てめ、マギ派か?』
『そもそもいつからリツ派がいると錯覚していた? 対立って二つ対等と言える関係が立ち合って、初めて成り立つんですよね。同じレベルの者同士しか争わないとは、逆をいえば同じレベルにならなければ相手にならないのと同義。そういう意味でマギ派に対抗しているといえるのはミカ……』
『やめて。それ以上は本当に泣いてしまうから。ボケホンタスだって懸命に個性出そうと思って生きてんです』
さておき、ミカは鋭く続けた。
「マギ、今日の議題は?」
「あ、あっ! そうだった! 今日のお題はこちら!」
バン! とマギがフリップをテーブルの上に出した次の瞬間フリップは勢いあまって、マギの手元を離れ、宙をくるくると舞った。
虚ろになりながら口を開けて、宙を見上げ、刻一刻と切り替わるマギの悲痛な表情と音声が、コマ送りでばっちり撮られる。
投げ出されたフリップはセットの床に落ち、回収は絶望的だった。
しかし、そこはマギもプロ。すぐに立て直した。
「あー、なんかよく分かんないこと起きましたね。クレームが入る前にお詫び申し上げておきます。なんかよく分かんない、小学生が手裏剣折って飛ばすみたいなそんなことがたった今偶発的に起きてしまいましたことを……」
とっさの判断で謝り、なかったことにしようとした矢先、さらなる悲劇が彼女を襲った——!
フリップ——!
フリップがマギの前に再び出現する——!
セットの床に落ち、回収は絶望的と思われたはずの!
それを見越し、とっさに謝り散らかしていたマギの眼前にフリップ……!
そして、タマが極めて親切そうな、まるで穢れのない温和な表情そのものを湛えて言うのだ。
「はい。落としましたよ」
見れば、タマの悪魔の尻尾の先がフリップを磁石のように吸いつけ、持ち上げている。
これにはマギも動転した。
「な、ななな、なんやてっ!」
「マギっ——!」
苦渋の決断——ハプニングに次ぐハプニングに救いの手に見せかけた更なるハプニングで意識が飛びかけたマギを、ミカの呼び声が引き留める。
続けろ! とにかく、続けろ! なんでもいいから、続けろ!
そうだ、これは生配信だった。どんなハプニングが起きようと演者は平静を保って番組終わりまで間をつながなければ死あるのみ。伊達に何十回と撮影を重ねてきてはいない。マギは平静を保って続けるのだった。
「コンプライアンスに則り、とっさに何事もないかのように致しましたが、どう見てもフリップです。本当にありがとうございました」
「えっ……あ、あっ、こ、こちらこそ?」
「じゃあ、今回の議題はどどん!『優しさとは何か』嘘を張り続けることが果たして本当に優しさと言えるのか。……という、近日最もやってはいけない議題ですね。しかし、私どもは反世間派コメディとして、世間にやってはいけないとされればされるほど、やらなければならない気がしてしまうという厄介な病にかかっております。ご了承ください」
「たまにいるわよね。飲み会とかでこの人にだけは振ってはいけないという業界の異端児というか、狂犬というか、ベースラインをわからない人」
とレイが、銀座のママのような包容力、バラエティでいうYOUさんのような立ち回りですかさずヨイショを入れた。
段々とご意見番的な立ち位置を確立しはじめるレイの妙手に、リツは焦りを感じざるを得ない。三番手どころか、このままでは四番手になる日も遠くないのでは?
やはりここは悪魔に取り入って、上の二人を暗◯するしかないのでは? 爪を噛むリツの一方、今その時自分を◯す算段をつけられているとは露知れず、マギはレイのフォローを拾う。
「あー大変心苦しいですねー。ですが、だからこそ、我々の出番というわけです。そういう役回りでございます。さぁ、タマさん。これ、どう思われます? やっぱり優しい嘘もあるというか、知らずにいた方が幸せってことも人間、あるもんなんじゃないでしょうか? どうですか?」
「そ、そうだね……でも、そもそもそんな嘘を吐かなきゃ続けられないことは初めからしないのが一番じゃないのかな」
「ご尤も! 全くもってその通り! その通りすぎて何も言えない!」
「うん。やっぱり嘘って、一度吐くと、その嘘を護るためにまたさらに嘘を重ねることになって、どんどんと深みにハマっていくものだから……嘘をつくくらいなら、その道を避けるというのが一般的な気がするけど……」
「その通りでございます。耳が痛い! 私どもとしても耳が痛い!」
「しかし、もし、すでに成ってしまっていたとしたら?」
「え……」
と、ここでミカが食いついてしまった。
これはこれでマギの神経を削る。
奴はまた別の次元の化け物。お構いなしに自分の言いたいことだけぶちまけたあげく、その場の空気を放り出して、自分はとっとと帰ってしまう。飲み会において最も来てほしくない、と同時にとっとと帰ってもらいたい、何も喋る間もなく帰ってもらいたいタイプの狂犬はおろか、ケルベロスにして飲み会ブレイカー。
口先から漏れる呪詛で、壊してきた友情愛情は数知れず。奴の一挙手一投足に現場はいつも右往左往させられる。史上最悪のビッグマウス。それがミカ……。
「うーん……」
タマは顎に手を添え、唸ると、
「できるだけ早いうちにゲロったほうがいいと思う。沈黙は金とはいうけど、人の口に戸は立てられないともよく言ったもので……関係者がいる以上、いつかは必ずバレることだから」
「…………」
澱みなく喋るタマの発言は非凡な若手有識者コメンテーターのそれ。ミカがうんうんと頷く一方、マギは先の展開を先回りするように何パターンかにわけて推測、予想しつつ、気を抜かなかった。
タマは続けた。
「その時になって、後悔するか、今、懺悔するか。そして、あれキンとそれ本の対応の違いから、ネットの反応の違いを見比べてみても分かる通り、即座に懺悔するほうが結果は良いんだ。……ただ怖いんだろうね。嘘をついてきた自分や、それで特需が失われてしまうこと。これまでのような生活が送れなくなる可能性云々。それはそうだろうけど、結局人は、己の業からは逃れられないし、他人の口から暴かれるよりは自分からゲロったほうが、今この瞬間はキツくなったとしても後々、同じようなことが起きたときの信頼度が一転するはずだよ」
「長いですね、めっちゃ良いこと言ってるけど、ちょっと長いかも」
「あ、ごめんなさい。とにかく後ろめたいことがあるなら早めにゲロったほうが絶対にいいと思う。ボクは。それこそ一日でも早く。隠した日数が増えるほど、言い出しづらくなるし、比例して非難の量も増える……。もし打算的に考えたとしても、ダメージは総合してそっちのが少なくなる。それは数々のやらかし先生のその後が、語ってくれているはずだよ」
「なるほどね……実に良い回答だ。ならば、さらに問いを重ねよう、タマ」
「は、はい……!」
調子に乗って魔女っぽい雰囲気を出しつつ、タマを詰めるミカ。もはやどちらが悪魔かわかったものではなかった。
「知ってて黙ってる奴は?」
タマはうんうんと首肯しつつ、ミカの問いを呑み込んで言った。
「なるほど……詳細を知りながら、その人を護る……あるいは会社の存続やら様々の事柄のために黙る人だね?」
「左様。会社や企業は一人ではない。それこそ何百人、関連企業や規模によったら数千にも及びかねない大勢の人の生活の資本となるものだ。それらを棒に振ってまでスタンドプレーに走るのは、それはエゴではないか?」
「……確かに。そうかもしれないね」
タマは一度眼を閉じ、吟味する。そして、キッとミカを見据えると切り返した。
「けど、それを続けてきたジャニーズがどうなったか……それを、今、日本で知らない人はいないよね?」
「ほう……」
「そう。まさしくあれが見本であり、省みなければならない他人のフリであり、もし今、知りつつも詳細を黙っている者がいるとしたら、遠くない未来の姿かもしれないよ? ボクは一つ現状の人間界を見て言っておきたいことがある」
「……それは?」
「時代は変わったんだ、ということ。昭和、平成で築かれてきた封権的な権威の蹂躙する制度は、今の世代、これからの世の中では通用しない。なぜか。さっきも言ったね。人の口に戸は立てられない、し、必ず知っている関係者がいるからさ」
タマは凛々しい表情を一貫して続ける。
「そして今はそれを容易くリークする手段がいくらでもあり、さらにリークさえされてしまえばその情報は即座に拡散する時代だから……! この変化は一見認め難いかもしれないけれど、紛れもない写像を伴った流れとして確かに私たちの現実社会を席巻している! もう一度言うよ。時代は——変わったんだ。私たちは新時代に来ている。未知の時代に来ている。そこではおそらく、嘘は通じない。少なくとも、これまでのようには……! 隠しきれない……!」
「…………」
ミカは満足そうに頷いた。あぁ、なんということだ。マギは震えた。
この一見真面目そうに見えた悪魔長女タマはやはり、純粋……そして、純粋であるがゆえ最悪の悪にもなり得る素質が十分にある……! ミカはいち早くそれを見抜き、そして気付いていたのだ……。
「だから臨機応変に、ボクらは生き方すら変える必要に迫られている、という深刻な事実を早々に受け入れるべきかな。そうすれば欺瞞を続けるのが優しさとして認知された時代がスデニ終わっていることが分かると思う。これからは真実の時代だ。真実のみが生きられる。認められる。皆さんは生きていられるかな? とはジョルノのボスに対してのセリフだったけど」
「うむ……あれは名シーンだ。私も五部から読み始めたし、初めてのジョジョにも一貫して五部をオススメしている。漫画史上最高の一編だと思っている」
「ちょっと脱線しちゃったね……とにかく。——だから、黙ってる人もできる限り早いうちにゲロったほうがいいと、ボクは思う。繰り返すけど、そのやり方はもう通じない時代になったんだ」
ミカはとても充実した顔で何度も首肯すると、静かに手のひらを叩いた。
「ブラボー……きみ——いや、あなたのような悪魔がまだこの世にいたなんて……私は正直言ってひどく感動している……」
「え! あ……あ! ありがとうございます!」
それからミカは手を差し伸べた。
友情の誓いだ。
「あなたのような悪魔に会えて、光栄だ。歓迎する、エルマータ」
「はい……こちらこそ、喜んで!」
「良かったわね、ミカちゃん。良いお友達になれそうで」
「うん。ねーね! 私たち、とっても気が合いそう……!」
「あぁぁ……」
深くため息を溢したのはマギだけではなかった。
対面で、タマの隣でキツく二人を見据えていた悪魔次女ユラもそうだった。
二人の視線が交差し、同調する。
ここでも何やら言葉の要らない友情が芽生えるのだった。
カットが入った。
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