惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第二章 少女の友達

2.友達ができるパン

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「父さんがそんなことを?」

 ベッドで横になりかけていたリックはそのまま動きを止め、目を瞬いた。

「友達ができるパンって言われてもな……もちろん俺だってミーティには楽しく暮らしてほしいと思ってるけど、一体なにを作ればいいのやら」

 パン職人見習いの俺に個室が与えられるはずもなく(そもそもこの家には余分な空き部屋などないのだが)相変わらずリックの部屋の床に寝袋を敷いて眠る日々だった。
 フロッカーさんと交わしたバンビニで出すパンの話は、夕飯の後も明日の仕込みの間中もずっと俺の脳内のかなりの部分を圧迫し続けていた。

「そうですか……僕もミーティに同じ年頃の友達がいればと思うことはあります。でも、ミーティは家の外をすごく怖がっているんです。外に出たまま帰らなかった父親のことをまだ覚えているんだと思います」
「それは、やっぱりお祭りの日でも同じかな?」
「去年は僕と一緒に外に出て屋台を見て回ったりはしましたよ。ただ、僕がいればいいからと言って他の子どもたちとは関わろうとしません。たぶん声の掛け方もわからないんでしょう」

 リックは寂しそうに言い、短く溜め息を吐いた。
 俺は寝袋の中で天井を見つめ、ミーティの笑顔を思い浮かべた。
 栗色の髪は太陽の下がよく似合う気がした。

「……ミーティが学校に入るのはいつ? 学校に行けば自然に友達ができないかな……学校に入るのは楽しみにしてただろ?」
「八歳、つまり来年からです。ミーティが楽しみにしているのは勉強ですよ、僕と遊んでいると言っても勉強を教える方が喜びますし」
「そうなの? 勉強で喜ぶなんてすごいな」
「友人というか、遊び相手が僕や父さんなので……おもちゃを買ってあげることはできても、例えば人形遊びは僕らにはわからないでしょう? 勉強ならクイズのように僕らでも相手ができるから、それで」

 ミーティの遊んでいるところ、と言われても、確かに俺にも覚えはなかった。
 よく持ち歩いているシュガーという名前のウサギの人形も、持っているだけでままごとのような遊びをしているのは見たことがない。

「年相応の遊び方がわからないってことか……」
「だけど学校に行くなら勉強だけじゃなくて、外に出ることにも、友達を作ることにも前向きな方が良いじゃないですか。世界には家の中より楽しいことだってあるんだから」

 世界には家の中より楽しいことだってある。

 俺は家の中にも楽しいことがあると思うタイプのインドア派だが、リックの言うこともまた素直に正しいと思えた。俺が家の中で楽しめるのは、外も知った上で、家の中での楽しみにより大きな魅力を感じたからだ。
 複数のことを知っていて一つを選ぶのと、一つしか知らないのとでは、選んだものが同じだとしても意味合いは変わってくるだろう。

「そうだな……勉強をたくさんすることと同じくらい、遊びも大切だ。生きるためにはパンがあれば良いけど、俺はやっぱり色んなパンが食べたい」

 俺はリックのいるベッドの方へ寝返りを打ち、自分に言い聞かせるように言った。

「……友達ができるパン、作れそうですか?」
「考えてみるよ。ミーティが楽しくなって、友達を作りたくなるようなパン」

 俺のような平凡な人間が聡明な少女に教えられることはきっと多くない。
 それでも、友達がいるのはそんなに悪いことではないはずだ。それくらいなら俺にだって教えられるかもしれない。
 困った時に助け合える人は家族だけじゃなくて、楽しいことは勉強だけじゃなくて、パンはバゲットだけじゃない。

 人生には選択肢があって良い。

 俺はその夜、栗毛の犬とフリスビーで遊ぶ夢を見た。
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