惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第二章 少女の友達

13.初めての客

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 接客をしなければ、とか、早くピザを作らなければ、とか、そういう意識ではないものが俺の体を突き動かしていた。

 ミーティが見ているのだ。

 俺が一人でもしっかりやらなければ、リックは心配して表に出てこなければならなくなるだろう。
 そうなればたった七歳の少女が、この盛大な祭りの日にがらんとした店の中、せっかくのおしゃれも無駄にして一人ぼっちで過ごすことになってしまう。

 だから俺はしっかりしなくちゃならない。
 俺の心に傷はない。ただちょっと、引っ込み思案なだけで、やろうと思えばできるはずだ。
 ずっとそうやってきたのだ。
 いつだってなんとなく、それなりに。
 それでいいじゃないか。

「あー、あっ、いらっしゃいませぇ……えーと、ご注文をどうぞ……」

 店の前にいたのは三人組の男の子たちだった。

 俺は打ち粉をした台の上に一枚目のピザ生地を広げ、目の前の子どもたちの目ではなく鼻の頭の辺りを見ながら(もちろん、目を見ると緊張が増すからだ。)口角を無理矢理上げた。

「ちゅーもん?」

 男の子のうちの一人が首を傾げた。

「これだろ、ソースの……おれ、トマト嫌い! シチューにしようぜ!」
「シチューは昨日食べたから、オレンジのやつがいい! あと、コーンとサラミ!」
「ぼく、チーズがいい!」

 三人は看板をろくに見ていないのか、手順を無視して好き勝手に騒ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと待って、まずはピザの分け方を……全部同じ具材にするか、ハーフか、クォーターか、どれがいい?」

 俺はしっかりとリックが絵を描いた看板を指差しながら、屋台から身を乗り出して言った。

「えっと、おれたち三人だから……」
「さ、三人ならクォーターがおすすめだよ。全員がそれぞれ好きな組み合わせで焼いて、シェアして食べられるから……」
「じゃあおれはシチュー! 乗っけるのはじゃがいもとチキン!」

 リーダー格の一人が声高に言うと、他の二人もそれぞれ「オレンジソースにコーンとサラミ」、「トマトソースにチーズとベーコン」という組み合わせで続いた。

「あとのワンブロックはどうする? カルボナーラ風も食べてみない?」
「かるぼ……? それってどんな味?」
「ミルクとコンソメの味だよ、具材はマッシュルームとチキンがおすすめ」
「じゃあ、それにする!」

 俺はなんとか一組目の接客をしながらピザの用意を進めることができた。

「すぐに焼けるから座って待っててよ、どこでも好きに座っていいからね」

 俺は三人に屋台のそばの席を勧め、さっそく四つの味に分かれたクォーターのピザを持って工房へ向かった。

「おう、注文が来たか!」
「お願いします! いきなりクォーターの注文で、ちょっと焦っちゃいました」

 石窯の前で待ち構えていたエルダさんにピザを渡して工房を出ると、ちょうどリックと鉢合わせた。

「っ、大丈夫ですか? すみません、ミーティが……」
「俺は全然大丈夫だよ、リックはミーティを見てあげて。フロッカーさんもいるし、こっちはなんとかするからさ」

 俺は年上らしく格好付けるつもりでリックの肩をぽんと叩き、屋台に戻って、そしてすぐに数秒前の自分の振る舞いを後悔した。

「レイ、こりゃ忙しくなるぞ……」

 店のドアの前で呟いたのはフロッカーさんだった。
 その目には、俺が今見て絶望しているものと同じものが映っているのだろう。

「なにこれ……」

 屋台の前には子どもたちが十数人、すでに列を成してひしめき合っていた。

「あそこの客の分は作ったんだろ?」
「はい、今もう工房で焼いてます……すぐに焼きあがるはずです」
「そうか。ではわしは工房に戻って、それが焼き上がり次第ここに運ぼう。窯を遊ばせておく時間を減らすんだ」
「っ、お願いします!」

 並んでいる子どもたちは五、六歳から十二、三歳くらいのようだった。
 皆、看板の絵を見ながら何を注文するか話し合っているらしく、ざわざわと騒がしい。

「あのー、注文していいですか?」

 尋ねてきたのは列の先頭にいる利発そうな男の子で、先程の三人よりもやや年長に見える。
 後ろに従えているのは弟妹なのか、少し幼い男女が手を繋ぎ合い、似たような丸い目をしてこちらを見上げている。

「あっ、どうぞ、まずはソースを……」
「はい、お待ちどう。熱いから気を付けて食べなさい」

 俺が次の客の注文を取り始めた時、ちょうどフロッカーさんが焼き上がったピザを持って戻ってきたところだった。

「すっげー! いいにおいがする!」

 できたてのピザを見た男の子たちから歓声が上がった。
 列になっている子どもたちが一斉にそちらを向き、またざわざわと騒ぎ始めた。
 男の子の一人が熱さを警戒しながらトマトソースの一切れを手に取ると、ふつふつとしたチーズがとろりと伸びた。

「おれもチーズ乗せればよかった! トマトの、おれのと交換して!」
「ぼくも! あとでもう一回来ようよ!」

 俺はそのやりとりから目を逸らし、ひっそりと胸を押さえた。

 俺の提案は間違っていなかった。
 目を細めて子どもたちを見るフロッカーさんの横顔が朝の光に照らされていた。
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