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第二章 少女の友達
18.幸せな失恋
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「あっ、レイさん! すみません、遅くなって……追加の生地できました、今持っていきます」
工房の入り口で鉢合わせたリックを、俺は黙って抱えていたピザを乗せた鉄板ごと工房の中へ押し戻した。
「……リック、今は表に出ない方が良い」
俺はわざともったいぶった口調で言い、ピザ生地をフロッカーさんに渡すと、そのままリックの手から捏ね上がった生地の入った木箱を奪った。
「え? どういうことです?」
「リックの可愛い恋人なんだけど、今ちょっと若い男と浮気中なんだ。ショックを受けるだろうから見ない方がいいよ」
「……」
リックは急に真顔になり、きゅっと口を引き結んだ。
「……仕方ないだろ、リックには内緒って本人が言うんだから。怒鳴り込んだらいよいよ捨てられるかもしれないぞ」
これまで俺の劣等感を存分に刺激してきたプレイボーイに復讐するかのごとく、俺は舌を出した。
固まったリックの背後でくつくつと笑う声が聞こえたかと思うと、堪えるように口元を手で覆ったフロッカーさんが石窯の扉を閉めながら肩を震わせている。
「ふっ……くくっ、リック、してやられたな」
「そういうわけだから、リックはしばらく工房で……」
「レイさん。そこ、通してください」
言いかけた俺を遮ったのは、真顔のままのリックだった。
「……俺の話聞いてた?」
「ミーティが、なんですか? 若い男って? この目で見なきゃ信じられません。どいてください」
リックは普段より低い声で言うと、俺の肩を両手で掴んで払い除けるように揺すった。
「っ、どかないって! ミーティに怒られちゃうだろ!」
「僕が怒ってるんですよ! 男と一緒なんて危ないでしょうが!」
「危ないってなんだよ! 相手だって同じくらいの子どもだよ!」
「ミーティは普通の子より可愛いから気をつけなきゃいけないんです! 邪魔しないでくださいよっ!」
さすが兵士団を目指しているだけあって、リックの本気の力は凄まじかった。
数秒も揉み合うと俺はいとも簡単に工房の隅に押し除けられ、生地入りの木箱を落とさないだけで必死だった。
リックの手がドアにかかり、まずいと思った瞬間、外からドアが開かれた。
「……どうしたんですか坊ちゃん、そんなに慌てて。シチューなら仕込み終わりましたよ、キッチンにありますから」
現れたのはエルダさんだった。
筋肉質の分厚い胸板に阻まれると、俺には楽勝のリックであってもそう簡単には突破できないらしい。
「エルダさんちょっと急いでるのでそこ通してくれますか! ミーティが危ないので!」
リックはまるで檻の中に入れられた小動物のように右往左往しながらエルダさんの胸板に向かって叫んだが、エルダさんの返事は身も蓋もないものだった。
「お嬢さん? お嬢さんなら外で男の子と楽しそうにおしゃべりしてましたよ。友達ができたみたいでよかったですね」
「あー……エルダさんそれは……オーバーキルです……」
俺は思わず目を覆った。
その言葉は俺に冗談混じりで言われるよりよほど堪えるだろう。
思いの外に過保護なリックは、引き攣った顔をして後退りをした。
「……エルダさんまで、そんなこと」
「何がです? オーナー、窯の方は俺が替わります。キッチンに簡単に食事を用意してあるので、少し休んでください」
「ああ、今焼いてる一枚が上がったらそうさせてもらうよ。リック、おまえも上に行ってなさい。二階の窓からならミーティの様子も見えるだろう。くれぐれも邪魔はするなよ、この家で一番大事なのはミーティの幸せだからな」
おまえは二番、と、フロッカーさんの声はつくづく楽しげだった。
俺はなんだか気の毒になってしまって、茫然自失のリックの肩を叩いてその顔を見上げた。
リックは悲しげな目をしていた。
けれどその口元にほんの少しの笑みを湛えているのを、俺は見逃さなかった。
工房の入り口で鉢合わせたリックを、俺は黙って抱えていたピザを乗せた鉄板ごと工房の中へ押し戻した。
「……リック、今は表に出ない方が良い」
俺はわざともったいぶった口調で言い、ピザ生地をフロッカーさんに渡すと、そのままリックの手から捏ね上がった生地の入った木箱を奪った。
「え? どういうことです?」
「リックの可愛い恋人なんだけど、今ちょっと若い男と浮気中なんだ。ショックを受けるだろうから見ない方がいいよ」
「……」
リックは急に真顔になり、きゅっと口を引き結んだ。
「……仕方ないだろ、リックには内緒って本人が言うんだから。怒鳴り込んだらいよいよ捨てられるかもしれないぞ」
これまで俺の劣等感を存分に刺激してきたプレイボーイに復讐するかのごとく、俺は舌を出した。
固まったリックの背後でくつくつと笑う声が聞こえたかと思うと、堪えるように口元を手で覆ったフロッカーさんが石窯の扉を閉めながら肩を震わせている。
「ふっ……くくっ、リック、してやられたな」
「そういうわけだから、リックはしばらく工房で……」
「レイさん。そこ、通してください」
言いかけた俺を遮ったのは、真顔のままのリックだった。
「……俺の話聞いてた?」
「ミーティが、なんですか? 若い男って? この目で見なきゃ信じられません。どいてください」
リックは普段より低い声で言うと、俺の肩を両手で掴んで払い除けるように揺すった。
「っ、どかないって! ミーティに怒られちゃうだろ!」
「僕が怒ってるんですよ! 男と一緒なんて危ないでしょうが!」
「危ないってなんだよ! 相手だって同じくらいの子どもだよ!」
「ミーティは普通の子より可愛いから気をつけなきゃいけないんです! 邪魔しないでくださいよっ!」
さすが兵士団を目指しているだけあって、リックの本気の力は凄まじかった。
数秒も揉み合うと俺はいとも簡単に工房の隅に押し除けられ、生地入りの木箱を落とさないだけで必死だった。
リックの手がドアにかかり、まずいと思った瞬間、外からドアが開かれた。
「……どうしたんですか坊ちゃん、そんなに慌てて。シチューなら仕込み終わりましたよ、キッチンにありますから」
現れたのはエルダさんだった。
筋肉質の分厚い胸板に阻まれると、俺には楽勝のリックであってもそう簡単には突破できないらしい。
「エルダさんちょっと急いでるのでそこ通してくれますか! ミーティが危ないので!」
リックはまるで檻の中に入れられた小動物のように右往左往しながらエルダさんの胸板に向かって叫んだが、エルダさんの返事は身も蓋もないものだった。
「お嬢さん? お嬢さんなら外で男の子と楽しそうにおしゃべりしてましたよ。友達ができたみたいでよかったですね」
「あー……エルダさんそれは……オーバーキルです……」
俺は思わず目を覆った。
その言葉は俺に冗談混じりで言われるよりよほど堪えるだろう。
思いの外に過保護なリックは、引き攣った顔をして後退りをした。
「……エルダさんまで、そんなこと」
「何がです? オーナー、窯の方は俺が替わります。キッチンに簡単に食事を用意してあるので、少し休んでください」
「ああ、今焼いてる一枚が上がったらそうさせてもらうよ。リック、おまえも上に行ってなさい。二階の窓からならミーティの様子も見えるだろう。くれぐれも邪魔はするなよ、この家で一番大事なのはミーティの幸せだからな」
おまえは二番、と、フロッカーさんの声はつくづく楽しげだった。
俺はなんだか気の毒になってしまって、茫然自失のリックの肩を叩いてその顔を見上げた。
リックは悲しげな目をしていた。
けれどその口元にほんの少しの笑みを湛えているのを、俺は見逃さなかった。
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