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第三章 町のパン屋に求めるパン
1.フロッキースの変化
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バンビニの祭りが終わって、フロッキースでは大きく変わったことが二つある。
「いってきまぁす!」
「ミーティ! おつかいのあとは寄り道しないで帰ってくるんだよ!」
「はーい!」
元気よく店の正面のドアから飛び出していったのは買い物かごを持ったミーティである。
「心配が絶えないね、リック」
「本当ですよ……この間まで僕がいなきゃ外に出られなかったのに」
リックは昼下がりの店で棚の上を拭きながら盛大な溜め息を吐いた。
ミーティは変わった。
バンビニの祭りでピザを分け合った男の子——フィロと友達になり、それをきっかけにして複数の友達ができた。
祭りの夜にはできたばかりの友達と町の広場で城の音楽隊のパレードを見に行き、家に帰ってきたときには両手に抱えきれないほどの子ども向けの菓子を持っていた。
町の中には子どもたちだけで訪ねると菓子や玩具などのおまけをくれる場所があり、そこで集めたのだという。
ミーティは弾けんばかりの笑顔で興奮したまま町の中で見た色々なものの話をし、知り合ったばかりの友達の話を事細かに語って聞かせた。
リックは複雑そうな顔をしていたものの、フロッカーさんは笑顔のミーティを抱き上げて喜んだ。
友達という存在を知ったミーティは、町に出ることを怖がらなくなった。
同じ年頃の子どもたちが平気で遊んでいることを知ったせいもあるだろうが、それだけではない。
町には色々な人がいる。
大人も子どもも、話してみなければわからないそれぞれの考え方や感覚を持っていて、それが聡明なミーティにとって何よりの刺激になったのだろう。
「今日のおつかいは何を頼んだの?」
「仕立て屋さんに服を取りに行ってもらってるんです。バンビニで仲良くなった……ルルアって女の子の家ですよ、この間ご挨拶にいってそのついでに僕のシャツを頼みました」
ミーティはそういうちょっとしたおつかいをしたがるようになった。
これも仲良くなった子どもたちの影響らしく、フィロは一つ年下なのに家で頼まれれば一人でおつかいをすることがあるのだと知って「あたしにもできると思う」とフロッカーさんに直訴したのだ。
俺はもちろん賢いミーティならできるだろうと思ったが、少し心配するフロッカーさんと、大いに心配し大反対するリックに、ミーティは勇敢だった。
祭りで歩いて覚えたらしい町の地図にめぼしい店を書き込んだ地図を自作し、一人で行ける範囲を示した。
実に聡明。新卒社会人だったら真っ先に花形部署に配属されるタイプだろう。
そういうわけでミーティは毎日何かしらのおつかいをリックやフロッカーさんにねだり、表に駆け出してゆくのである。
「ああ、ミーティが言ってたな。リックが男前だからって店の奥さんがずいぶんまけてくれたんだろ?」
「たまたまですよ、僕がミーティの保護者だから……」
「ミーティちょっとむくれてたぞ、リックは女の人にニコニコしすぎだって」
「それを言うならミーティだってあんなに男の子たちと親しげに話して、勘違いされますよ。本当に、悪い虫がつきそうで心配です」
結局は似たもの同士の二人なのだろう、血は争えないという言葉が浮かぶ。
「おおい、レイ。そろそろピザの時間だぞ、工房に戻りなさい」
「あっ、はい! 行ってきます!」
俺を呼びに来たのはフロッカーさんだった。
バンビニの祭りが終わって大きく変わったことのもう一つは、店の新商品としてピザを売り始めたことだ。
「エルダさん、今日はトマトソースにチキンとアスパラガスのピザにします」
「おう、じゃあ少し長めに焼くか」
「お願いします」
バンビニの祭りで出したピザの屋台は盛況だった。
夜にはすべての生地が完売し、多くの子どもたちがピザの味を知った。
家に帰った子どもたちがその話を大人に聞かせたのだろう、翌日から、いつものあの固いバゲットを買いに来る主婦たちが、子どもが話していたピザはないのかと尋ねてくるようになった。
そこで毎日昼過ぎの時間帯に何枚かのピザを焼いて販売し、店の前に作ったテラス席で食べられるようにしたのだ。
焼けるのは多くても五枚程度で、味は日替わりで一種類のみである。それもすぐに完売してしまうが、町の大人たちにもだんだんとピザの美味さが広まりつつあるのは喜ばしいことだった。
ピザの味と成形はパン職人見習いの俺に一任されていて、そのこともまた誇らしかった。
「せっかく評判なのに、毎日少ししか焼けなくてもどかしいだろう。フロッキースがもっと儲かったらオーナーに頼んで窯を増設してもらうか」
エルダさんは俺を気遣ってそう言うが、俺としては現状にそれなりの満足をしていた。
仮に多く焼いたとしても薄焼きのクリスピータイプのピザの特性上、持ち運びに適しているとは言えず(バイクで配達できるならいざ知らず、だ。)買ってすぐに食べてもらうのが一番良いからだ。
「まあ、焼きたてが美味しいものですから……」
「口コミで広まって客も増えてるからな。おかげでバゲットのついで買いも増えてるんだ、これまで昼過ぎには売れにくかったが」
「お役に立ててるなら、俺もよかったです」
俺はようやく上手くできるようになったピザの成形で生地を大きく薄く伸ばしをしながら、そう返した。
ピザはこれで良い。焼けるだけを焼き、すぐに食べられる場所を提供しながら売る。
ただ、次のパンを考えなければならない。
ピザのように美味しく、もっと量産できて、持ち運びやすいパンを。
「いってきまぁす!」
「ミーティ! おつかいのあとは寄り道しないで帰ってくるんだよ!」
「はーい!」
元気よく店の正面のドアから飛び出していったのは買い物かごを持ったミーティである。
「心配が絶えないね、リック」
「本当ですよ……この間まで僕がいなきゃ外に出られなかったのに」
リックは昼下がりの店で棚の上を拭きながら盛大な溜め息を吐いた。
ミーティは変わった。
バンビニの祭りでピザを分け合った男の子——フィロと友達になり、それをきっかけにして複数の友達ができた。
祭りの夜にはできたばかりの友達と町の広場で城の音楽隊のパレードを見に行き、家に帰ってきたときには両手に抱えきれないほどの子ども向けの菓子を持っていた。
町の中には子どもたちだけで訪ねると菓子や玩具などのおまけをくれる場所があり、そこで集めたのだという。
ミーティは弾けんばかりの笑顔で興奮したまま町の中で見た色々なものの話をし、知り合ったばかりの友達の話を事細かに語って聞かせた。
リックは複雑そうな顔をしていたものの、フロッカーさんは笑顔のミーティを抱き上げて喜んだ。
友達という存在を知ったミーティは、町に出ることを怖がらなくなった。
同じ年頃の子どもたちが平気で遊んでいることを知ったせいもあるだろうが、それだけではない。
町には色々な人がいる。
大人も子どもも、話してみなければわからないそれぞれの考え方や感覚を持っていて、それが聡明なミーティにとって何よりの刺激になったのだろう。
「今日のおつかいは何を頼んだの?」
「仕立て屋さんに服を取りに行ってもらってるんです。バンビニで仲良くなった……ルルアって女の子の家ですよ、この間ご挨拶にいってそのついでに僕のシャツを頼みました」
ミーティはそういうちょっとしたおつかいをしたがるようになった。
これも仲良くなった子どもたちの影響らしく、フィロは一つ年下なのに家で頼まれれば一人でおつかいをすることがあるのだと知って「あたしにもできると思う」とフロッカーさんに直訴したのだ。
俺はもちろん賢いミーティならできるだろうと思ったが、少し心配するフロッカーさんと、大いに心配し大反対するリックに、ミーティは勇敢だった。
祭りで歩いて覚えたらしい町の地図にめぼしい店を書き込んだ地図を自作し、一人で行ける範囲を示した。
実に聡明。新卒社会人だったら真っ先に花形部署に配属されるタイプだろう。
そういうわけでミーティは毎日何かしらのおつかいをリックやフロッカーさんにねだり、表に駆け出してゆくのである。
「ああ、ミーティが言ってたな。リックが男前だからって店の奥さんがずいぶんまけてくれたんだろ?」
「たまたまですよ、僕がミーティの保護者だから……」
「ミーティちょっとむくれてたぞ、リックは女の人にニコニコしすぎだって」
「それを言うならミーティだってあんなに男の子たちと親しげに話して、勘違いされますよ。本当に、悪い虫がつきそうで心配です」
結局は似たもの同士の二人なのだろう、血は争えないという言葉が浮かぶ。
「おおい、レイ。そろそろピザの時間だぞ、工房に戻りなさい」
「あっ、はい! 行ってきます!」
俺を呼びに来たのはフロッカーさんだった。
バンビニの祭りが終わって大きく変わったことのもう一つは、店の新商品としてピザを売り始めたことだ。
「エルダさん、今日はトマトソースにチキンとアスパラガスのピザにします」
「おう、じゃあ少し長めに焼くか」
「お願いします」
バンビニの祭りで出したピザの屋台は盛況だった。
夜にはすべての生地が完売し、多くの子どもたちがピザの味を知った。
家に帰った子どもたちがその話を大人に聞かせたのだろう、翌日から、いつものあの固いバゲットを買いに来る主婦たちが、子どもが話していたピザはないのかと尋ねてくるようになった。
そこで毎日昼過ぎの時間帯に何枚かのピザを焼いて販売し、店の前に作ったテラス席で食べられるようにしたのだ。
焼けるのは多くても五枚程度で、味は日替わりで一種類のみである。それもすぐに完売してしまうが、町の大人たちにもだんだんとピザの美味さが広まりつつあるのは喜ばしいことだった。
ピザの味と成形はパン職人見習いの俺に一任されていて、そのこともまた誇らしかった。
「せっかく評判なのに、毎日少ししか焼けなくてもどかしいだろう。フロッキースがもっと儲かったらオーナーに頼んで窯を増設してもらうか」
エルダさんは俺を気遣ってそう言うが、俺としては現状にそれなりの満足をしていた。
仮に多く焼いたとしても薄焼きのクリスピータイプのピザの特性上、持ち運びに適しているとは言えず(バイクで配達できるならいざ知らず、だ。)買ってすぐに食べてもらうのが一番良いからだ。
「まあ、焼きたてが美味しいものですから……」
「口コミで広まって客も増えてるからな。おかげでバゲットのついで買いも増えてるんだ、これまで昼過ぎには売れにくかったが」
「お役に立ててるなら、俺もよかったです」
俺はようやく上手くできるようになったピザの成形で生地を大きく薄く伸ばしをしながら、そう返した。
ピザはこれで良い。焼けるだけを焼き、すぐに食べられる場所を提供しながら売る。
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