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第三章 町のパン屋に求めるパン
7.料理の真実
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「……にんじん、嫌いなんじゃないの?」
「あたしのおうちで出るのは嫌いよ。でも、ここのメイドさんのお料理だと食べられたの。そういうことってあるわよね」
ミーティはスー君に対して、七歳の余裕を見せつけるように言った。
「すごいなぁ……ぼくもそうなれたらいいのに」
スー君がミーティに羨望の眼差しを向けたのをきっかけに、俺は一つ咳払いをした。
「ごちそうさまでした、すごく美味しかったです。それで少し……考えが浮かんだかもしれません」
「本当ですか?」
「もう少しお聞きしたいことがあるんですが……ミーティ、スー君と遊んでおいで。帰るときに声をかけるから、ね」
俺が言うと、ミーティはすぐにその意図に気付いてにっこりと微笑んだ。
「スー、あなたのお部屋に行ってみてもいい? 一緒に遊びましょ」
「うん! ぼくね、絵本いっぱい持ってるよ!」
二人が出て行ったのを見て、俺はゆっくりと口を開いた。
「……ディーナさん。スー君、野菜を食べるようになるかもしれません」
「どうやって……?」
「……怒らないでくださいね。お料理すごく美味しかったんですけど……」
俺はディーナさんの顔を上目遣いに見て、リックとも目を合わせた。
「……僕も同じことを考えていると思います。美味しいけど、一つ」
「構いません、教えてくださいな」
ディーナさんは席から立ち上がりかけていた。
俺は深呼吸をして、意を決して伝えた。
「お料理……薄味、ですよね?」
「え……?」
「美味しいんです、すごく。チキンも野菜もすごく素材の味がして美味しい。ただ、スー君は一つ一つの野菜に対して明確に嫌いな理由を持っています。スー君にとって野菜の味が強く感じられる料理というのは、たぶん大人が思う以上に食べにくいものなんです」
「……そんな」
「ちょっと荒療治になるかもしれないけど、味が濃くて、スー君が嫌がるポイントを避けた野菜入りのパンなら、食べられると思います。そういうパンを、俺が作ります」
ディーナさんはまだ思考が追いついていないのか、口に手を当てたまま困惑しているようだった。
すかさず、リックが柔らかく付け加える。
「料理に問題があるわけでも、スー君が悪いわけでもないんですよ。相性の問題ですから、選択肢を増やすことで解決できると僕も思います」
リックの気の利いた声掛けのおかげでディーナさんはようやく表情を和らげ、椅子に座り直した。
「そう……そうですよね、きっと色々な食べ方を知れば、好きになれるものがあるはず……」
「あまり心配なさらないでくださいね。父も心配していたので、フロッキースのみんなで良いパンを考えます。同じことで悩んでいるお母さんたちは多いですから、みんなで解決しましょう」
その後、俺たちはディーナさんの家のメイドからもよく出している料理の話を聞き、夕方になって店に帰った。
収穫はもちろんそれだけではない。
「じゃあミーティ、スー君から聞いた野菜の話を聞かせてくれる?」
「もちろん。スーは良い子よ、どの野菜がどんなふうに嫌なのかきちんと教えてくれたの」
羽根ペンを持ったリックの正面にミーティが座る。
「……全部覚えた?」
俺が尋ねると、ミーティはすまし顔のまま、カールした髪をふわりと右耳に掛けた。
「レイ、誰に聞いてるの。できないことなら最初から引き受けたりしないわ」
ディーナさんの家にミーティを連れて行ったのは、実はこのためである。
今回はあくまでもスー君の好みを聞くことが目的だった。だが、五歳のスー君にとって俺とリックは歳の離れた大人でしかない。
年齢が近く見た目も可愛らしいミーティが友達になり、彼の心を開くこと。
さらに、ミーティならばスー君が話した内容を正確に覚えられるだろうことも見越しての人選である。
さっそくミーティがリックに語ったスー君の好き嫌いは、なんと二十七種類もの野菜についてだった。
「すごいな……本当に一回で覚えられたなんて信じられない量だ」
「だってスーったらすっごく詳しく話すのよ! マッシュルームの話だってね、歯に当たったときにコリッとするのが嫌で、特に下の方が変な感じがするとか、そんなふうに言われたらマッシュルームの食感ってどんなだったかしらって想像するでしょ? そうすると、もう、スーの前でマッシュルームの食感を思い出そうとしたり、キャベツの芯の白いところの匂いを思い出してみたり、ブロッコリーの粒々の数を考えたり、こんなこと忘れようがないわ」
ミーティの話はもっともで、確かにただ話を聞くというより、五感のあらゆる部分を使わざるを得ない会話だったのだろう。
「……でもこう見ると、嫌いと一口に言っても色々な嫌いがあるんだなと思いますね。単純に味が嫌いなものもありますが、食感や匂い、見た目で食べられないものもあるんだなぁ」
リックはメモをしげしげと眺め、唸った。
「俺もそこがヒントだと思うよ。例えばキャベツの芯やいんげんの皮のすじなんて取り除けばいいし、匂いなら他の野菜で消す手も使える。幸い、スー君はガーリックが効いたポークソテーは大好物らしいから」
俺はリックの手から羽根ペンを取り、いくつかの野菜にチェックを付けた。
「これは?」
「スー君が俺たちの作るパンで克服できそうな野菜。カルツォーネのフィリングに使えそうなものだよ」
チェックの付いた五種類の野菜に、俺は不思議と胸が躍る思いがした。
「あたしのおうちで出るのは嫌いよ。でも、ここのメイドさんのお料理だと食べられたの。そういうことってあるわよね」
ミーティはスー君に対して、七歳の余裕を見せつけるように言った。
「すごいなぁ……ぼくもそうなれたらいいのに」
スー君がミーティに羨望の眼差しを向けたのをきっかけに、俺は一つ咳払いをした。
「ごちそうさまでした、すごく美味しかったです。それで少し……考えが浮かんだかもしれません」
「本当ですか?」
「もう少しお聞きしたいことがあるんですが……ミーティ、スー君と遊んでおいで。帰るときに声をかけるから、ね」
俺が言うと、ミーティはすぐにその意図に気付いてにっこりと微笑んだ。
「スー、あなたのお部屋に行ってみてもいい? 一緒に遊びましょ」
「うん! ぼくね、絵本いっぱい持ってるよ!」
二人が出て行ったのを見て、俺はゆっくりと口を開いた。
「……ディーナさん。スー君、野菜を食べるようになるかもしれません」
「どうやって……?」
「……怒らないでくださいね。お料理すごく美味しかったんですけど……」
俺はディーナさんの顔を上目遣いに見て、リックとも目を合わせた。
「……僕も同じことを考えていると思います。美味しいけど、一つ」
「構いません、教えてくださいな」
ディーナさんは席から立ち上がりかけていた。
俺は深呼吸をして、意を決して伝えた。
「お料理……薄味、ですよね?」
「え……?」
「美味しいんです、すごく。チキンも野菜もすごく素材の味がして美味しい。ただ、スー君は一つ一つの野菜に対して明確に嫌いな理由を持っています。スー君にとって野菜の味が強く感じられる料理というのは、たぶん大人が思う以上に食べにくいものなんです」
「……そんな」
「ちょっと荒療治になるかもしれないけど、味が濃くて、スー君が嫌がるポイントを避けた野菜入りのパンなら、食べられると思います。そういうパンを、俺が作ります」
ディーナさんはまだ思考が追いついていないのか、口に手を当てたまま困惑しているようだった。
すかさず、リックが柔らかく付け加える。
「料理に問題があるわけでも、スー君が悪いわけでもないんですよ。相性の問題ですから、選択肢を増やすことで解決できると僕も思います」
リックの気の利いた声掛けのおかげでディーナさんはようやく表情を和らげ、椅子に座り直した。
「そう……そうですよね、きっと色々な食べ方を知れば、好きになれるものがあるはず……」
「あまり心配なさらないでくださいね。父も心配していたので、フロッキースのみんなで良いパンを考えます。同じことで悩んでいるお母さんたちは多いですから、みんなで解決しましょう」
その後、俺たちはディーナさんの家のメイドからもよく出している料理の話を聞き、夕方になって店に帰った。
収穫はもちろんそれだけではない。
「じゃあミーティ、スー君から聞いた野菜の話を聞かせてくれる?」
「もちろん。スーは良い子よ、どの野菜がどんなふうに嫌なのかきちんと教えてくれたの」
羽根ペンを持ったリックの正面にミーティが座る。
「……全部覚えた?」
俺が尋ねると、ミーティはすまし顔のまま、カールした髪をふわりと右耳に掛けた。
「レイ、誰に聞いてるの。できないことなら最初から引き受けたりしないわ」
ディーナさんの家にミーティを連れて行ったのは、実はこのためである。
今回はあくまでもスー君の好みを聞くことが目的だった。だが、五歳のスー君にとって俺とリックは歳の離れた大人でしかない。
年齢が近く見た目も可愛らしいミーティが友達になり、彼の心を開くこと。
さらに、ミーティならばスー君が話した内容を正確に覚えられるだろうことも見越しての人選である。
さっそくミーティがリックに語ったスー君の好き嫌いは、なんと二十七種類もの野菜についてだった。
「すごいな……本当に一回で覚えられたなんて信じられない量だ」
「だってスーったらすっごく詳しく話すのよ! マッシュルームの話だってね、歯に当たったときにコリッとするのが嫌で、特に下の方が変な感じがするとか、そんなふうに言われたらマッシュルームの食感ってどんなだったかしらって想像するでしょ? そうすると、もう、スーの前でマッシュルームの食感を思い出そうとしたり、キャベツの芯の白いところの匂いを思い出してみたり、ブロッコリーの粒々の数を考えたり、こんなこと忘れようがないわ」
ミーティの話はもっともで、確かにただ話を聞くというより、五感のあらゆる部分を使わざるを得ない会話だったのだろう。
「……でもこう見ると、嫌いと一口に言っても色々な嫌いがあるんだなと思いますね。単純に味が嫌いなものもありますが、食感や匂い、見た目で食べられないものもあるんだなぁ」
リックはメモをしげしげと眺め、唸った。
「俺もそこがヒントだと思うよ。例えばキャベツの芯やいんげんの皮のすじなんて取り除けばいいし、匂いなら他の野菜で消す手も使える。幸い、スー君はガーリックが効いたポークソテーは大好物らしいから」
俺はリックの手から羽根ペンを取り、いくつかの野菜にチェックを付けた。
「これは?」
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