惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

11.覚悟

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「遠征用だと、何かまずいんですか……?」
「……わしはあの曹長は気に入らんが、兵士団長殿を思う気持ちに嘘はなかろう。兵士団長はこの国の英雄で……魔物討伐には欠かせない人間だ。力になれるなら、誰だって力になりたいと思うのが普通だな」
「……」

 フロッカーさんは静かに目を伏せ、広げた手のひらをじっと見た。

「だが、その英雄の口に入るものを作る覚悟が……レイ、おまえには本当にあるのか? 食とはすなわち人の血肉だ。変なものを食べさせれば、それは英雄の体を内側から傷付けることになる。そして英雄の体を傷付けることは、この国の平和を脅かすことになる」
「覚悟……」
「あまり待たせるわけにはいかんだろうが、もう一度よく考えてみると良い。リックだけじゃなくエルダやミーティにも話を聞いてみろ、どちらを選ぶにせよおまえには無い視点を持っているだろうからな」

 フロッカーさんの言葉は重かった。
 焼き上がったカルツォーネを買っていく人々は相変わらず主婦や若者たちばかりだ。
 この人たちにも生活はあって、自覚は無くてもそれぞれが命と、健康を守りながら生きている。そしてきっと自分だけではなく、家族や大切な人のそれらを守っている人もいるんだろう。

「……なるほどな。それで浮かない顔をしていたのか」
「え……俺、そんな顔してました?」
「あんまり暗いんで城に行って店の営業停止でも食らったのかと思ったぞ」

 ショーン曹長の依頼、そしてフロッカーさんに言われたことを伝えると、エルダさんはいつもの調子で俺の肩を叩いて笑った。

「……エルダさんはどう思いますか? ハロルド兵士団長のパンを作ること……」
「おまえはどう思うんだ。オーナーに言われた、その覚悟はあるのか?」
「覚悟は……わかりません。というか、言われるまで考えもしなかった。でも確かにハロルド兵士団長が俺の作ったパンのせいで力を発揮できなくて、魔物に負けたり……何かあったらと思うと怖くなります」

 俺は正直に言い、工房の作業台の上の白い粉を見つめた。

「そうだな。それならやめるべきだ」
「っ、でも! ハロルド兵士団長はこの国の人たちのために戦ってくれていて……店に来たとき、すごく痩せていたし顔色も良くなかった。遠征では食べられるものが限られているせいだそうです、誰よりも前線で戦わなきゃならないから、どんどん痩せちゃうんだって……ショーン曹長が……」
「じゃあ、おまえが力になってやればいい。覚悟を持って完璧なパンを焼いて、彼の剣を胃袋から支えるんだ」
「でも、そのためには覚悟が……」

 俺は頭を抱えた。
 エルダさんは短く息を吐き、小さく笑った。

「優柔不断だな。おまえは兵士にはなれないだろうな、魔物を前に迷っていたら真っ先にやられてしまう」
「……わかってますよ、俺は戦いには向きません。エルダさんはそりゃ、体も大きいし……戦っても強いんでしょうけど……」
「まあ、俺は大剣でも振れるからな。でも、一対一で戦ったら俺より坊ちゃんの方が強いんだぞ」
「え? リックが?」
「……本人は言わないだろうが、あれで相当な努力家だ。絶対に店を継がないと示すにはそれくらいしなきゃオーナーも納得せんだろうからな」

 俺はリックの顔を思い浮かべた。
 普段の物腰の柔らかさからは想像できない努力が、あの体には詰まっている。
 覚悟を持って兵士団に入るために努力している、ということだ。

「俺にも持てるのかな……覚悟って」

 俺は俺の、白くて弱々しい手のひらを見つめて呟いた。



「ミーティ、ちょっといいかい?」

 夕方、俺は少し早めに作業を切り上げさせてもらって、ミーティの部屋を訪ねた。

「どうしたの? 珍しいわね、レイがあたしの部屋に来るなんて。あ、ドア閉めちゃダメよ、少し開けておいて。リッキー以外の男の人とはお部屋で二人きりにならないようにしてるの」

 ドレッサーの前で髪にリボンを付けながら、ミーティはませた口調で言った。

「……すみませんね、レディの部屋に押しかけちゃって」
「いいのよ、何かお困りごと? 困っている人は助けなさいっていつもおじいちゃんに言われてるから、あたしでよければ力になるわ」

 ミーティはまだ鏡の中から目を離さないが、まるで年下の男の子に接するように柔らかな口ぶりである。

「困っている人……ミーティは困っている人がいたら、助けるべきだと思う? 例えば、自分に助ける力があるのかわからなくても」
「……助けない理由があるの?」
「いや、助けないというか……助けようとして、逆に迷惑がかかっちゃうかもしれなくて」
「難しい話ね。レイは誰を助けたいの?」

 遠回しに言おうとして禅問答のようになってしまったせいか、鏡の中のミーティが首を傾げた。
 俺はなんとなくミーティの前で兵士団の話を避けたかったのだが、思い直してはっきりと伝えることにした。
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