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第四章 偏食の騎士と魔女への道
16.手のひら
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「……まあ、そういう約束なら破るわけにはいかないな。それで、どんなパンを作ってくれるんだ? きみの店のパンは美味いから、俺のために新しいパンを考えてくれるなんて光栄だ」
「あ、ええと……まだ作れたわけじゃないのでイメージですが……兵士団長のお好きな甘い味のパンにする予定です。一つ食べるだけで、こう、力が出るような」
俺はまだ作ったことのないパンを具体的に説明することには、実は気が進まなかった。その通りにいかないこともあり得る世界なので、期待だけさせてがっかりさせたくはないのだった。
「そうか、甘いパンか……! いいな、甘いパンなら朝でも食べられるし、力が出るなら討伐にもぴったりだ。それで、どうやって作るんだ? 大きさや形は? よかったらこのあと俺の部屋で詳しく話を……」
「え、部屋?」
俺がぎょっとしたのは言うまでもないが、俺よりも大袈裟なリアクションをしたのはショーン曹長だ。整った顔の作画を恐ろしく乱し、体がビリビリするほどの大声を上げた。
「っ、そんなことをさせられるわけないでしょうがァッ!」
その後しばらく静まり返った部屋で、次に口を開いたのはハロルド兵士団長だ。
「はぁーあ。冗談だよショーン、俺が勝手すると兵士団長の威厳がなくなってしまうんだよな、個人的なパンの話は諦めるよ。俺はおまえの言う通りにパン食って魔物斬ってりゃいいんだろ、酒も女も博打も一切やらずにな」
俺はいよいよハロルド兵士団長の言葉に何か作り上げられた英雄像とは全く違うものを感じたが、そこで無鉄砲に口を開く気にはなれなかった。
「……おいパン屋! おまえここで見聞きしたことを人に話したりするなよ! 絶対に!」
もちろん、すぐさまショーン曹長にそう怒鳴られたからである。
「ショーン、客人に当たるな。大体おまえ、勘違いするなよ? 俺はおまえが母ちゃんのように口うるさいから言うことを聞いているだけで、度が過ぎるなら兵規違反でおまえを解任するくらいの権限は持ってるんだからな? 行儀は良くしておけ、子リスが」
「っ、心得ております! 大変失礼致しました!」
ハロルド兵士団長はソファーで足を組み、その足に肘をついて窓際のショーン曹長を睨み上げている。
「あの……試作品ができたらすぐにお持ちしますね、えーと……ショーン曹長が窓口でよろしいんですよね……?」
俺が恐る恐る尋ねると、ショーン曹長は身なりを整えてから一つ咳払いをした。
「……そうだ。申し訳ないが、城に持ち込む食品はまず門で衛兵に一口、そして献上先の近臣、つまりこの場合は俺だが、俺がもう一口食べ、問題がなければ兵士団長にお渡しする。疑っているわけじゃないが、規則なんでな」
「はい、それはもう……よろしくお願いします」
俺はもう帰りたくなってとりあえず頭を下げた。
恐いと思っていたショーン曹長は意外と恐くないが、優しいと思っていたハロルド兵士団長は色々と恐しい。二人の関係もなんだか歪で、俺は思いもよらない兵士団の厳しさを痛感し、優しくて常識的なリックはこんなところでやっていけるのだろうかと心配したくなった。
「なあショーン、規則は構わないが、ちんたら食うんじゃないぞ? できるだけ俺が焼きたてを食べられるように急いで食って持ってこいよ」
「……はい」
「あと、できれば腹の空いた状態で食べたい。だがパン屋は忙しいだろうから、もし飯時にパンが届けられたならショーンはまず俺が飯を食うのを全速力で止めに来い。そしてさらに急いでパンを食べて俺に持ってくるんだぞ。おまえが遅くてパンが冷めたら今度の遠征はおまえを後方支援に回すからな」
「……はい」
「それから、仮におまえの味見で口に合わなかった場合でも必ず俺のところへ持ってこい。俺のためのパンなんだ、おまえの判断で突き返すことは絶対に許さない。感想も俺が食べるまでは言うな、楽しみがなくなる」
「……はい。はい、もう全て心得ております、私はただ規則上必要な検分と取り次ぎ役に徹します、本当に」
あれこれと注意事項を述べたハロルド兵士団長は最後のショーン曹長の返答にはやや不満そうに片眉だけ上げたが、ひとまず追及が終わると満足そうに部屋を出ていった。
しんとした部屋で俺はそうっと口を開く。
「……なんか、大変なんですね、色々と」
「……そうだ。大変なのだ、私は。それでも美味いパンを用意して喜んでもらうくらいしないと、私はあの方の御恩に報いることができないからな……」
「……美味いパンを用意するのは俺ですけど」
「っ、わかってる! 自分にできることは少なくても、どんな方法でも少しでもハルさんが戦いやすくなってくれるならそれで良いということだ。甘いパン作り、頼んだぞ」
ショーン曹長は別れ際、俺の手をぎゅっと握ってそう言った。
綺麗な顔に似合わない、マメだらけの固い手だった。
「あ、ええと……まだ作れたわけじゃないのでイメージですが……兵士団長のお好きな甘い味のパンにする予定です。一つ食べるだけで、こう、力が出るような」
俺はまだ作ったことのないパンを具体的に説明することには、実は気が進まなかった。その通りにいかないこともあり得る世界なので、期待だけさせてがっかりさせたくはないのだった。
「そうか、甘いパンか……! いいな、甘いパンなら朝でも食べられるし、力が出るなら討伐にもぴったりだ。それで、どうやって作るんだ? 大きさや形は? よかったらこのあと俺の部屋で詳しく話を……」
「え、部屋?」
俺がぎょっとしたのは言うまでもないが、俺よりも大袈裟なリアクションをしたのはショーン曹長だ。整った顔の作画を恐ろしく乱し、体がビリビリするほどの大声を上げた。
「っ、そんなことをさせられるわけないでしょうがァッ!」
その後しばらく静まり返った部屋で、次に口を開いたのはハロルド兵士団長だ。
「はぁーあ。冗談だよショーン、俺が勝手すると兵士団長の威厳がなくなってしまうんだよな、個人的なパンの話は諦めるよ。俺はおまえの言う通りにパン食って魔物斬ってりゃいいんだろ、酒も女も博打も一切やらずにな」
俺はいよいよハロルド兵士団長の言葉に何か作り上げられた英雄像とは全く違うものを感じたが、そこで無鉄砲に口を開く気にはなれなかった。
「……おいパン屋! おまえここで見聞きしたことを人に話したりするなよ! 絶対に!」
もちろん、すぐさまショーン曹長にそう怒鳴られたからである。
「ショーン、客人に当たるな。大体おまえ、勘違いするなよ? 俺はおまえが母ちゃんのように口うるさいから言うことを聞いているだけで、度が過ぎるなら兵規違反でおまえを解任するくらいの権限は持ってるんだからな? 行儀は良くしておけ、子リスが」
「っ、心得ております! 大変失礼致しました!」
ハロルド兵士団長はソファーで足を組み、その足に肘をついて窓際のショーン曹長を睨み上げている。
「あの……試作品ができたらすぐにお持ちしますね、えーと……ショーン曹長が窓口でよろしいんですよね……?」
俺が恐る恐る尋ねると、ショーン曹長は身なりを整えてから一つ咳払いをした。
「……そうだ。申し訳ないが、城に持ち込む食品はまず門で衛兵に一口、そして献上先の近臣、つまりこの場合は俺だが、俺がもう一口食べ、問題がなければ兵士団長にお渡しする。疑っているわけじゃないが、規則なんでな」
「はい、それはもう……よろしくお願いします」
俺はもう帰りたくなってとりあえず頭を下げた。
恐いと思っていたショーン曹長は意外と恐くないが、優しいと思っていたハロルド兵士団長は色々と恐しい。二人の関係もなんだか歪で、俺は思いもよらない兵士団の厳しさを痛感し、優しくて常識的なリックはこんなところでやっていけるのだろうかと心配したくなった。
「なあショーン、規則は構わないが、ちんたら食うんじゃないぞ? できるだけ俺が焼きたてを食べられるように急いで食って持ってこいよ」
「……はい」
「あと、できれば腹の空いた状態で食べたい。だがパン屋は忙しいだろうから、もし飯時にパンが届けられたならショーンはまず俺が飯を食うのを全速力で止めに来い。そしてさらに急いでパンを食べて俺に持ってくるんだぞ。おまえが遅くてパンが冷めたら今度の遠征はおまえを後方支援に回すからな」
「……はい」
「それから、仮におまえの味見で口に合わなかった場合でも必ず俺のところへ持ってこい。俺のためのパンなんだ、おまえの判断で突き返すことは絶対に許さない。感想も俺が食べるまでは言うな、楽しみがなくなる」
「……はい。はい、もう全て心得ております、私はただ規則上必要な検分と取り次ぎ役に徹します、本当に」
あれこれと注意事項を述べたハロルド兵士団長は最後のショーン曹長の返答にはやや不満そうに片眉だけ上げたが、ひとまず追及が終わると満足そうに部屋を出ていった。
しんとした部屋で俺はそうっと口を開く。
「……なんか、大変なんですね、色々と」
「……そうだ。大変なのだ、私は。それでも美味いパンを用意して喜んでもらうくらいしないと、私はあの方の御恩に報いることができないからな……」
「……美味いパンを用意するのは俺ですけど」
「っ、わかってる! 自分にできることは少なくても、どんな方法でも少しでもハルさんが戦いやすくなってくれるならそれで良いということだ。甘いパン作り、頼んだぞ」
ショーン曹長は別れ際、俺の手をぎゅっと握ってそう言った。
綺麗な顔に似合わない、マメだらけの固い手だった。
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