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第四章 偏食の騎士と魔女への道
23.それぞれの事情
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俺は挨拶も早々に工房に向かい、窯の前で汗を拭くエルダさんににじり寄った。
「エルダさん!」
「なんだ、騒々しい。クッキーは買ってきたのか?」
「全部食べちゃいましたよそんなの! それよりあれは……! あの、なんか粉屋のお嬢さんが来てるんですけどその人がリックの許嫁だって……!」
「ああ、ローザ嬢か。坊ちゃんから聞いてなかったのか?」
「聞いてませんよそんなの! なんっ……許嫁とかいるんですか!? しかも粉屋さんってことはなんていうかその……!」
「もともとオーナーと粉問屋のガッシュさんは親友同士なんだよ、あっちは一人娘だからもうずいぶん昔からそういう話らしいが」
俺自身も何がしたくてそんなにエルダさんに詰め寄ってしまったのかはわからないが、聞けば聞くほど納得せざるを得ない話だった。
要するに、親同士が仲が良く、かつ仕事の上でのメリットもある幼馴染で、おまけに二人は美男美女ときている。
ずいぶん昔からということはおそらくリックのお兄さんがいた頃、この店を継ぐ人間がいた頃からの話なんだろう。だとすれば尚更納得してしまう。店は長男が継ぎ、次男は付き合いのある粉屋の婿養子となる。自然な話だ。
「……でも、リックはこの店を継ぐんじゃないんですか?」
「俺もそう願っちゃいるが、こればかりはオーナーと坊ちゃんの問題だからな。まあ、オーナーは店の場所自体にこだわりはないようだからもし坊ちゃんがローザ嬢のところへ婿入りするならそこで店を開くんじゃないか? 坊ちゃんがオーナー、職人はまた探せばいいさ」
エルダさんはまるで他人事のように言うので、俺は肩透かしを喰らったような気分だった。
リックには兵士団に入る夢がある。
けれど店を継ぐことも望まれている。
さらに粉屋への婿養子としても望まれている。
俺は頭が混乱してきてしまった。
「あーもうよくわかんなくなってきた……」
「別におまえが悩むことじゃないだろう。どっちにしろ職人は必要なんだ、おまえはパン作りに精を出せばいい」
「それはそうなんですけど……いや、俺はミーティが可哀想というか……」
「……ま、坊ちゃんが結婚すれば落ち込むかもしれないがいずれお嬢さんにだって良い縁談が来るだろ」
「……」
エルダさんの言うことはいちいちもっともなことばっかりだった。
ミーティだってあと数年すればリックと本当に結婚するわけにいかないこともわかるだろうし、その頃には他に好きな人もできるかもしれない。町へ出て楽しみを知ったように、学校に行って学ぶことでどんどん成長するんだろう。今だってすごく可愛いのだから美人になるのは間違いないし、頭だって良い。年頃になれば本当に縁談だっていくらでも舞い込んできて、俺の心配なんて必要なく幸せになるんだろう。
俺が自分の考えを上手く言葉にできないまま仕事を終えて工房を出ると、ちょうどリックと鉢合わせた。
「ああレイさん、お疲れ様です。クッキーはどうでした?」
「……それどころじゃなかったよ。あんな美人の許嫁がいるなんて聞いてないぞ、ミーティがあんなに声を荒げてるのも初めて見たし」
俺は腹に抱えたモヤモヤを弱々しいパンチに込めてリックの肩を小突いた。
「え? あー……いや、ローザのことは、なんというか……」
「いいよ、寝る前にでも聞かせてくれ。なんだか今日は疲れた、早く夕食にしよう」
なんとも言えない顔をしたリックに俺もまた苦笑で返し、二人連れ立ってキッチンに向かった。
が。
「遅かったじゃない、リッキー。今日は私が作ったのよ、たくさん食べてね」
俺たちを出迎えたのは綺麗な赤髪を一つに結んだローザさんだった。
そしてその向こうに見えたのは椅子に座って満足そうな笑みを浮かべたフロッカーさんと、ぴくりとも動かないミーティである。
「……ありがとう、ローザ。すごく美味しそうだね」
「そうでしょ? リッキーの好きなチキンソテーとマッシュポテトよ、野菜のグリルも」
俺はその美味しそうな料理を見て、せめて腹の虫が鳴かないようにと神経を尖らせた。
俺がミーティのためにこの完璧な美人にできることは、もはやそのくらいしかなかったのである。
「エルダさん!」
「なんだ、騒々しい。クッキーは買ってきたのか?」
「全部食べちゃいましたよそんなの! それよりあれは……! あの、なんか粉屋のお嬢さんが来てるんですけどその人がリックの許嫁だって……!」
「ああ、ローザ嬢か。坊ちゃんから聞いてなかったのか?」
「聞いてませんよそんなの! なんっ……許嫁とかいるんですか!? しかも粉屋さんってことはなんていうかその……!」
「もともとオーナーと粉問屋のガッシュさんは親友同士なんだよ、あっちは一人娘だからもうずいぶん昔からそういう話らしいが」
俺自身も何がしたくてそんなにエルダさんに詰め寄ってしまったのかはわからないが、聞けば聞くほど納得せざるを得ない話だった。
要するに、親同士が仲が良く、かつ仕事の上でのメリットもある幼馴染で、おまけに二人は美男美女ときている。
ずいぶん昔からということはおそらくリックのお兄さんがいた頃、この店を継ぐ人間がいた頃からの話なんだろう。だとすれば尚更納得してしまう。店は長男が継ぎ、次男は付き合いのある粉屋の婿養子となる。自然な話だ。
「……でも、リックはこの店を継ぐんじゃないんですか?」
「俺もそう願っちゃいるが、こればかりはオーナーと坊ちゃんの問題だからな。まあ、オーナーは店の場所自体にこだわりはないようだからもし坊ちゃんがローザ嬢のところへ婿入りするならそこで店を開くんじゃないか? 坊ちゃんがオーナー、職人はまた探せばいいさ」
エルダさんはまるで他人事のように言うので、俺は肩透かしを喰らったような気分だった。
リックには兵士団に入る夢がある。
けれど店を継ぐことも望まれている。
さらに粉屋への婿養子としても望まれている。
俺は頭が混乱してきてしまった。
「あーもうよくわかんなくなってきた……」
「別におまえが悩むことじゃないだろう。どっちにしろ職人は必要なんだ、おまえはパン作りに精を出せばいい」
「それはそうなんですけど……いや、俺はミーティが可哀想というか……」
「……ま、坊ちゃんが結婚すれば落ち込むかもしれないがいずれお嬢さんにだって良い縁談が来るだろ」
「……」
エルダさんの言うことはいちいちもっともなことばっかりだった。
ミーティだってあと数年すればリックと本当に結婚するわけにいかないこともわかるだろうし、その頃には他に好きな人もできるかもしれない。町へ出て楽しみを知ったように、学校に行って学ぶことでどんどん成長するんだろう。今だってすごく可愛いのだから美人になるのは間違いないし、頭だって良い。年頃になれば本当に縁談だっていくらでも舞い込んできて、俺の心配なんて必要なく幸せになるんだろう。
俺が自分の考えを上手く言葉にできないまま仕事を終えて工房を出ると、ちょうどリックと鉢合わせた。
「ああレイさん、お疲れ様です。クッキーはどうでした?」
「……それどころじゃなかったよ。あんな美人の許嫁がいるなんて聞いてないぞ、ミーティがあんなに声を荒げてるのも初めて見たし」
俺は腹に抱えたモヤモヤを弱々しいパンチに込めてリックの肩を小突いた。
「え? あー……いや、ローザのことは、なんというか……」
「いいよ、寝る前にでも聞かせてくれ。なんだか今日は疲れた、早く夕食にしよう」
なんとも言えない顔をしたリックに俺もまた苦笑で返し、二人連れ立ってキッチンに向かった。
が。
「遅かったじゃない、リッキー。今日は私が作ったのよ、たくさん食べてね」
俺たちを出迎えたのは綺麗な赤髪を一つに結んだローザさんだった。
そしてその向こうに見えたのは椅子に座って満足そうな笑みを浮かべたフロッカーさんと、ぴくりとも動かないミーティである。
「……ありがとう、ローザ。すごく美味しそうだね」
「そうでしょ? リッキーの好きなチキンソテーとマッシュポテトよ、野菜のグリルも」
俺はその美味しそうな料理を見て、せめて腹の虫が鳴かないようにと神経を尖らせた。
俺がミーティのためにこの完璧な美人にできることは、もはやそのくらいしかなかったのである。
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