惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

46.茶葉

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 苦味がある、という言葉を聞いた俺が固まったのは言うまでもない。

「あ……す、すいません……」
「いや、良い。工夫してくれているんだろ? 三種類もあって全てが俺の好みに合うなんていうのは難しい話だ。そうだろ、ショーン」

 ハロルド兵士団長は怒ってはいないとでも言いたげに淡々と言ったが、俺はかえって緊張した。
 これが本当に遠征中だったなら、ハロルド兵士団長の士気は下がってしまったかもしれないのだ。

 この仕事を受ける前にフロッカーさんに言われた“覚悟”が頭をよぎった。

「はい。遠征計画を立てる私も、毎回必ず三パターン以上の計画案を用意します。その時々のハロルド兵士団長や先鋭隊の能力に合うものがどれかはわかりませんから」

 ショーン曹長も、ハロルド兵士団長と同じように淡々と答えた。

「へえ……遠征計画ってそういう風に考えて作るんですねぇ」
「……紅茶の方は、少し茶葉を減らしてみます。香りもここまで強くなくて良いかとも思いましたので。あの、他のものも召し上がってください、忌憚のないご意見をお聞かせください……」

 俺は凹むのは後だと自分を奮い立たせ、ぐっと唇を噛んでレモンと岩塩の方を勧めた。

「じゃあ、レモン味をいただこう。ちなみに、ショーンは検分でどれを食べたんだ?」
「私もレモンを頂き……あ、いえ、検分役は味を見たわけではありませんので」
「ふん……お、これは良いな。甘いままでレモンの香りだけがすっきり感じられる。これは美味いな、ショーン」
「……私も美味いと思いました。甘いものはあまり得意でない私ですが、レモンの香りがするだけでくどくなくて美味いと思えました」

 ショーン曹長がちらりとこちらを見て言った。
 俺は驚いて、思わず小さく頭を下げる。

「んー、普通のメロンパンの方が甘くて良いんだが、二個食べるなら二個目はレモン味が良いかもしれないな」
「は、はい、そうやって味を変えながらたくさん食べていただきたくて……」
「うん、おまえの気持ちはわかっている。どれ、もう一つも食べてみよう。岩塩だったな」

 ハロルド兵士団長は満足そうに笑い、岩塩の付いたメロンパンを手に取った。

「……あの、兵士団長。その紅茶の方はもう召し上がらないんですか?」
「あ? 食べたいのか?」
「い、いえ……ただ、ええと、お残しになるならもったいないような……」

 俺はショーン曹長のその申し出に内心少し驚いたが、ハロルド兵士団長はニヤリと笑った。

「なぁんだ、食べたいならそう言え。レモンが美味かったから他も食べたくなったんだろう? でもレモンは俺が食べるからダメだ。紅茶は良いぞ、あんまり甘くないからおまえの口には合うかもしれん」
「も、申し訳ありません……いただきます」

 ハロルド兵士団長の食べかけの紅茶メロンパンはショーン曹長の手に渡り、そして遠慮がちにその口へ運ばれた。

「……ハロルド兵士団長、あの、ショーン曹長に味の感想を聞いても良いでしょうか……?」
「うん? うん。どうだ、ショーン。俺に遠慮せず正直に言ってみろ」

 検分で食べた時よりもずいぶんお上品にメロンパンを食べたショーン曹長が咀嚼を終えてごくりと喉を動かすと、ハロルド兵士団長が尋ねた。

「……この紅茶はなかなか良いものですね。城でも使っているものですよ」
「あっ、そうなんですか? 実は紅茶はかなり奮発してて……」

 俺が言うと、だが、とショーン曹長が少し眉を顰めた。

「この紅茶の良さは、当然だが湯で淹れて初めて引き出されるものだ。もちろん茶葉の状態でも香りは良いが、たぶんそのまま茶葉を混ぜたのでこの苦味が残ってしまったんだろう」
「え……そう、なんでしょうか」
「いや、責めてるわけじゃない。ただ、昨日の今日で新作を考えたので茶葉を選ぶ時間は無かったんだろう? 素人の私からの案など話半分に聞いてくれたら良いんだが、もう少し安価なものの方がかえって茶葉自体の苦味が出ずに匂いだけ付けられるかもしれない。私の部屋に良い茶葉がいくつかあるから、それを使ってみてくれないか」

 俺は思わずリックと顔を見合わせた。
 ショーン曹長はやはり、恐いだけのハロルド兵士団長の付き人ではない。ハロルド兵士団長のためなら正しく、何でもする人、なのだ。

「……ショーン、茶葉を取ってこい。俺がこのパンを食べてる間にな」
「はっ。失礼致します」

 すぐに応接間を出ていくショーン曹長の背中にハロルド兵士団長はひらひらと手を振りながら岩塩のメロンパンをかじった。

「……しょっぱい」
「あ……塩なので……」
「……しょっぱいけどもう一口食べたくなるな。なんだろうな、食欲が刺激される」
「そういうパンなんです。もう一口、って食べやすくなるように」
「なるほどな……ショーンが戻ったらこれも食べさせよう、あいつこれ好きだと思うぞ」

 ハロルド兵士団長からの総評は、まずまずといったところだろう。だが、ショーン曹長の意外な顔を見ることができて、俺のやる気はまたふつふつと湧いてくるのだった。
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