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第四章 偏食の騎士と魔女への道
57.庭付きの家
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「とは言ったものの、この箱でのリベイクって難しいですよねぇ」
夕食を終えた俺とリック、そしてエルダさんは地下の倉庫で鉄の箱を囲んで顔を突き合わせている。
「……持って帰ってきてもらって悪いが、実際の遠征中にこの箱ごと温めるには焚き火を使うんだろう? 焚き火と窯とじゃ全然違うだろ……」
エルダさんは腕を組み、眉間に皺を寄せている。
「でも、理屈はそんなに変わらないと思うんです。パンの水分が飛ばないようにした状態で温めたら、柔らかくなるはずなので……」
「やるとしたら、どこでやります? 正直うちの敷地には焚き火ができるほどのスペースは無いし……」
「それなんだよなぁ……」
実際、俺はこの箱でのリベイクはそれなりに上手くいくんじゃないかと思っている。
鉄の箱ということは、とてもざっくり言ってしまえばオーブンみたいなものだろう。
例えば中に水の入った器を一緒に入れたり、濡らした布と一緒に入れたりして乾燥さえ防げば、あとはどれくらいの火加減でどのくらいの時間かけたら一番美味しくなるかを繰り返し実験するだけなのだ。
が、それをどこでやるというのだろう。
そのことに思い至ったのは箱を持って帰る最中のことだった。
フロッキースの店自体はそれなりの大きさとはいえ、敷地の中に庭はない。
かといってカンパラは町の中で好き勝手に焚き火ができるほどの田舎でもないので、自由に火を付けてパンのリベイクができる場所があるとすれば、自分の家の敷地しかあり得ないのだった。
「いっそ町の外でやりますか? 少し歩けば川沿いでいくらでもやれそうですし」
「っ、無理無理! 町の外で美味しいパンの匂いなんてさせて、魔物が来たら大変だよ! 俺は絶対に無理!」
「町の近くなら大丈夫ですよ、そんなに強い魔物もいませんし聖水でも撒いておけば近寄ってきませんから。僕がいればもしもの時には守ってあげられますし」
城での訓練で自信を付けているのか、リックは力強く胸を叩いてみせた。
しかしもちろんそんなことで安心できるほど俺のハートは強くない。
「無理。リックがハロルド兵士団長くらい強くないと俺のビビりは克服できないんだ。ショーン曹長くらい強かったとしてもまだ不安になるだろうな、つまりリックだけじゃ怖いから無理」
「そんなぁ……僕ってそんなに頼りないですか?」
手でバツを作って拒否する俺にリックはしょんぼりと項垂れたが、エルダさんは意外にも俺の味方をした。
「坊ちゃんの腕は信じてますが、町の外は俺も反対です。川の近くでやるとしても、家を出てそこまで箱とパンを運んで何度も実験をするのにさすがに二人では行かせられません。丸一日、二人の手が借りられないのは工房としても困りますし、まして預かり物の大事な箱もある。やはり最低でも町の中、どこかの空き地か……城の敷地内でやらせてもらうべきでしょう」
エルダさんは大人だ。
冷静な視点で俺たちが町の外へ出るべきではない理由を教えてくれる。
「城の敷地内……焚き火なんて絶対嫌がられるよなぁ」
「城は無理でしょうね……ただの焚き火とはいえ火を放つなんて、もし何かに燃え移ったりしたらたぶん家族全員処刑されますよ……」
リックは青い顔をしてぶるりと肩を震わせた。
そんなのは俺だってもちろんごめんである。
「町の中でやれそうな空き地って言ってもなぁ。この町もずいぶん整備が進んで、誰の持ち物でもない広い敷地なんて残ってないしな……レイ、また城に行って相談するしかないんじゃないか?」
エルダさんに促され、俺はテーブルに伏せて嘆いた。
「広い敷地かぁ……あー……俺が貴族だったらでっかい庭付きの家で思う存分、焚き火するのに……」
でかい庭付きの家に住む貴族。
俺の頭の中に、不意に一つのイメージが浮かんだ。
夕食を終えた俺とリック、そしてエルダさんは地下の倉庫で鉄の箱を囲んで顔を突き合わせている。
「……持って帰ってきてもらって悪いが、実際の遠征中にこの箱ごと温めるには焚き火を使うんだろう? 焚き火と窯とじゃ全然違うだろ……」
エルダさんは腕を組み、眉間に皺を寄せている。
「でも、理屈はそんなに変わらないと思うんです。パンの水分が飛ばないようにした状態で温めたら、柔らかくなるはずなので……」
「やるとしたら、どこでやります? 正直うちの敷地には焚き火ができるほどのスペースは無いし……」
「それなんだよなぁ……」
実際、俺はこの箱でのリベイクはそれなりに上手くいくんじゃないかと思っている。
鉄の箱ということは、とてもざっくり言ってしまえばオーブンみたいなものだろう。
例えば中に水の入った器を一緒に入れたり、濡らした布と一緒に入れたりして乾燥さえ防げば、あとはどれくらいの火加減でどのくらいの時間かけたら一番美味しくなるかを繰り返し実験するだけなのだ。
が、それをどこでやるというのだろう。
そのことに思い至ったのは箱を持って帰る最中のことだった。
フロッキースの店自体はそれなりの大きさとはいえ、敷地の中に庭はない。
かといってカンパラは町の中で好き勝手に焚き火ができるほどの田舎でもないので、自由に火を付けてパンのリベイクができる場所があるとすれば、自分の家の敷地しかあり得ないのだった。
「いっそ町の外でやりますか? 少し歩けば川沿いでいくらでもやれそうですし」
「っ、無理無理! 町の外で美味しいパンの匂いなんてさせて、魔物が来たら大変だよ! 俺は絶対に無理!」
「町の近くなら大丈夫ですよ、そんなに強い魔物もいませんし聖水でも撒いておけば近寄ってきませんから。僕がいればもしもの時には守ってあげられますし」
城での訓練で自信を付けているのか、リックは力強く胸を叩いてみせた。
しかしもちろんそんなことで安心できるほど俺のハートは強くない。
「無理。リックがハロルド兵士団長くらい強くないと俺のビビりは克服できないんだ。ショーン曹長くらい強かったとしてもまだ不安になるだろうな、つまりリックだけじゃ怖いから無理」
「そんなぁ……僕ってそんなに頼りないですか?」
手でバツを作って拒否する俺にリックはしょんぼりと項垂れたが、エルダさんは意外にも俺の味方をした。
「坊ちゃんの腕は信じてますが、町の外は俺も反対です。川の近くでやるとしても、家を出てそこまで箱とパンを運んで何度も実験をするのにさすがに二人では行かせられません。丸一日、二人の手が借りられないのは工房としても困りますし、まして預かり物の大事な箱もある。やはり最低でも町の中、どこかの空き地か……城の敷地内でやらせてもらうべきでしょう」
エルダさんは大人だ。
冷静な視点で俺たちが町の外へ出るべきではない理由を教えてくれる。
「城の敷地内……焚き火なんて絶対嫌がられるよなぁ」
「城は無理でしょうね……ただの焚き火とはいえ火を放つなんて、もし何かに燃え移ったりしたらたぶん家族全員処刑されますよ……」
リックは青い顔をしてぶるりと肩を震わせた。
そんなのは俺だってもちろんごめんである。
「町の中でやれそうな空き地って言ってもなぁ。この町もずいぶん整備が進んで、誰の持ち物でもない広い敷地なんて残ってないしな……レイ、また城に行って相談するしかないんじゃないか?」
エルダさんに促され、俺はテーブルに伏せて嘆いた。
「広い敷地かぁ……あー……俺が貴族だったらでっかい庭付きの家で思う存分、焚き火するのに……」
でかい庭付きの家に住む貴族。
俺の頭の中に、不意に一つのイメージが浮かんだ。
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