惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

59.黒子のパン職人

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 俺がメロンパンを焼いている間にリックは花屋に行ってやけに豪勢な花束を買ってきた。

「……まるでプロポーズにでも行くような花束だね」
「花屋で誰に贈るんだって聞かれたからクドゥスの奥さんって答えたんですよ、そうしたらご主人が彼女の好きな花を全部入れるって、こんなに……」
「そりゃ花屋にぼったくられとるぞ、まだまだ青いな、リック」

 フロッカーさんが鼻で笑った。

「パンも焼けたからさっそく行こうよ。鉄の箱と固くなったメロンパンと……」
「いきなり実験用のものを持っていくんですか?」
「十中八九、すぐに庭を貸してくれると思うからね。一度帰ってきて用意して、なんて面倒だろ? というか、もし渋られたら了承してくれるまでリックが頑張るんだよ。手を握るとか、ハグをするとか」

 半分は冗談でそう言ったものの、半分は本気である。正直言ってのんびりはしていられないのだ。
 リックだってこれが上手くいって兵士団内での覚えが良くなることに多大なメリットがある(今だって訓練に参加できているという意味ですでに恩恵を享受しているとも言える)のだから、ハグとは言わなくてもにっこり笑ってウインクするくらいの愛想は振り撒いてほしい。

「うーん……せめて旦那さんが留守であることを祈りましょう」

 リックもまた本気なのか冗談なのか区別のつかない返事をして、わざわざ小綺麗な格好に着替えると花束を抱えて俺と共にフロッキースを出発したのだった。



「まあまあまあ! リックちゃんの方から来てくれるなんて嬉しいわ、今日はなんて良い日なのかしら!」

 町の北、お金持ちばかり住むエリアの中でも一際大きなその家の門まで出てきたクドゥスさんは、ひらひらのドレスを蝶のようにはためかせながら頬を染めた。

「突然すみません。どうしてもクドゥスさんにしか頼めないことがあって……ちょっと秘密のご相談なんですが、お時間よろしいですか?」

 渋っていたくせにリックのこういう化けっぷりには本当に感心してしまう。
 クドゥスさんには頼めない、とか、秘密のご相談、とか、男の俺が聞いていてもなんだか聞いてあげたくなるような言葉のチョイスをしているのだ。
 抱えきれないほどの花束と共にあの爽やかな顔で困ったように笑ってそう言われたら、別にリックのファンじゃなくたって話くらいは聞いてみようと思ってしまうものだろう。

「もちろんよ、さあ上がって。私でよければなんでも言ってちょうだいよ、私とリックちゃんの仲じゃないの」

 どんな仲だ、というツッコミは置いておく。

 クドゥスさんは俺のことはまるで見えていないくらいの扱いをしてくれているが、家の中まで案内されて入った先のリビングでは、無事にお手伝いさんが俺の分の紅茶を用意してくれてほっとする。

「お土産に新作のパンをお持ちしました。紅茶にも合うと思うので、おひとついかがですか? まだ店にも出していないので他の方には内緒にしてくださいね」
「そうなの? 嬉しいわ、良い匂いがしていると思ってたのよ。なんだか甘くてお菓子みたいな」

 俺は黒子に徹し、カゴの中から出したメロンパンをクドゥスさんとリックの前に差し出した。
 プレーンのそれはまだ温かい。

「……メロンパンです。まだ温かいので、そのまま手で持ってお召し上がりください」
「メロンパン? メロンが入ってるの?」
「いいえ、形がメロンに似ているんです。ちょっとお行儀が悪いんですが、実はこれ、お城からの依頼で作っているもので……」

 ハロルド兵士団長のことを隠すかどうかは迷ったところであったが、これは俺とリックが二人で相談し、クドゥスさんの口の堅さを信用して話そうということになった。

 婦人会なんて噂が広まってしまうんじゃないかと思ったが、クドゥスさんは会長まで務めるほどのご婦人である。広めて良い噂とそうでないものくらい区別を付けられなくて、この大きな町の婦人会をまとめ上げることなどできないはずだ。

 リックがメロンパン作りの話を説明すると、クドゥスさんは興味深そうに頷きながら聞き、まるで研究者のような真剣な顔でメロンパンを齧った。
 身内とハロルド兵士団長、ショーン曹長と衛兵以外に食べてもらうのが初めての俺はそれだけで少し緊張する。

「……お味はいかがですか?」
「……お菓子みたい。びっくりしたわ、これってパンなの? ねぇ……あなたが考えたの?」

 俺は急にクドゥスさんに目を見つめられて、驚いてしまう。

 あ、俺のこと見えてたんだ。
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