惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア

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第四章 偏食の騎士と魔女への道

75.ナスタチウム

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 兵士団が遠征に出るまでの数日間、俺は空いた時間があればメロンパンを焼き続けた。もちろん何度も作ってレシピは頭に入っているが、効率良く確実に完璧な仕上がりになるよう、その日の天候の具合も見ながら作り続けた。

「……またメロンパン?」

 俺が焼いたメロンパンが並んだ食卓を見て、さすがのミーティも顔を顰めた。

「ごめんごめん、今日も練習に焼いたから……いらなかったら俺が食べるからいいよ、普通のパンを食べて」
「食べるけど……毎日毎日こんなに甘いのばっかり食べてたら太っちゃうわよ」

 むぅっと頬を膨らませたミーティの髪を撫でて、リックが笑う。

「ミーティはちょっと太った方がいいよ、手足なんて細過ぎて心配になっちゃうから」
「嫌だわリッキー、乙女心わかってないっ」
「俺は岩塩のを貰うよ。この塩気がちょうどいいんだよな」

 並べられたメロンパンの山から一つを取ったエルダさんが言った。
 ここ数日、四種類のうちエルダさんは岩塩のもの、ミーティはレモン、リックは紅茶で、フロッカーさんはプレーンを食べることが多かった。

「だいぶ安定して焼けるようになったな。遠征が無事に終わったら店に出すにも問題ないだろう」

 メロンパンの完成度は上がっていたが、店に出すことは実はまだできないのだった。
 もちろんハロルド兵士団長のためのパンだからということもあるが、店の客に出してしまって何か(例えば評判の良し悪しや値段、無いとは思うが食べた人の体調が悪くなるなど)あった場合、それが遠征にどんな影響を与えてしまうかわからない。

 フロッカーさんも兵士団の遠征が終わるまではメロンパンのことは告知すら禁止としていたので、遠征前に焼いたものはどれだけ出来が良くても家の中で消費するしかないのだった。

「ねえ、遠征が無事に終わらないことってあるの?」

 ミーティがレモンシュガーのメロンパンを齧りながら上目遣いにリックを見た。

「……絶対に無いとは言い切れないけど、ハロルド兵士団長は本当に強い人だからきっと成功させてくれるよ。この僕が打ち合いをして一瞬で負けちゃうくらい強いんだから」
「リッキー負けちゃったの?」
「この国で一番強い人だからね。遠征の日はミーティも一緒に見送りに行こうよ、ハロルド兵士団長にナスタチウムの花を渡そう」
「ナスタチウム?」

 聞き慣れない花の名前に俺が首を傾げると、リックが教えてくれた。

「ナスタチウムは勝利を祈る花で、この辺りでは戦士の出立に贈る風習があるんです。赤や橙の花で、遠征の朝には花屋さんが配っています。それを兵士団の荷物や馬の鞍に挿すんですよ」
「へえ……」

 そういうことならきっとハロルド兵士団長はたくさんの花を贈られることになるんだろう。もちろんショーン曹長も、町中の女性たちから花を貰うことになるだろう。

「……兵士団長さんはたくさんお花を貰うから一番前で見てなきゃ無理よ。リックもレイも夜中からずっとパンを焼くんでしょ? 場所取りもできないじゃない」

 ミーティは唇を尖らせた。

「大丈夫だよ、僕もレイさんももう何度もハロルド兵士団長に会って話もしてるんだから。ミーティの花だけは絶対に直接渡せるようにしてあげる」
「ほんと?」
「おいおい、そんな約束していいの? 遠征の朝なんてお互い忙しいのに……」

 俺は初めてハロルド兵士団長を町中で見た時のことを思い出しながら言った。
 ちょっと町を歩くだけで人だかりができてしまうほどの人気なのに、遠征の朝に花を直接渡すなんていくら顔見知りでも難しいんじゃないだろうか。

「僕に任せてください。良いアイデアがあるんですよ」

 リックはにっこりと笑って言った。
 俺は薄らと感じた嫌な予感にはあえて気付かないふりをしておいた。
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